乙女ゲームの主人公、綺麗な悪役令嬢に陥落される

もおち

第一部

第1話 主人公、悪役令嬢に陥落される

 突然ですが、私、乙女ゲームの世界に転生してました。

 舞台は剣と魔法が当たり前なファンタジー世界。眉目秀麗、才色兼備な

貴族の子息令嬢が集う魔法大学園高等部。そんなテンプレオブテンプレに特待生として入学が許されたテンプレ平民の主人公が私です。


 もう一度言います、主人公は私です。


 15年間、私はこの世界でごくごく普通に生活していました。近所の魔法学校に通いながら、仲の良い友人とともに。たまに、幼なじみの男の子と剣の鍛錬もしていました。

 今から半年前、最難関と謳われている魔法大学園高等部から『ラッキーなYOU! うちの学園来ちゃいなYO!(意訳です)』な学園長直々の手紙と入学許可証が家に届きました。私はもちろん、両親は喜びました。ついでに我が家の愛犬も。

 小さな胸(発達途中です)をときめかせ、私は学園の門をくぐりました。それがつい30秒くらい前です。


「なんてこった……」


 私は今、近くの木の幹に頭を押しつけています。前世の知識で言うと蝉になっています。煩くないように呻いています。

 前世の記憶と知識、この世界の真実、それらを全部思い出して、正直頭の処理が追いつきません。前世で愛読していた転生モノの幼少期の主人公たちが熱を出したり泣き出したり寝込んだりする理由がよく分かります。私も頭が熱いです。


「……プレイしておけば良かった」


 残念ながら、本当に残念ながら、私はこの乙女ゲームをプレイしていません。積んでました。

 先にコンプリートした乙女ゲーマーの友人(いつ寝てるの? と思うくらい乙女ゲームの消費が早かった)に総評やオススメ攻略順は聞いていました。


『もうねほんとやばいの。なにがやばいかって言えば、やばいところが多すぎてもう語彙力が追いつかない』


 あんまり役に立ちませんでした。


「なんだっけなあ……、幼なじみが隠しキャラなのと悪役令嬢ちゃんがいることは覚えてる」


 今思えば、平々凡々な地元魔法学校に、ああも際だった美形がいることをおかしいと思うべきでした。しかも幼なじみ。しかも懐かれている。攻略キャラじゃないのがおかしい。乙女ゲーマーからクレームか嘆願書が送りつけられるレベル。


「んー……」


 メインヒーロー、ギャップ萌え、爆弾という名の公式供給その他諸々、を思い出すため、うんうんと唸っていました。

 そもそも、この世界の正解とは何でしょう。

 私が攻略キャラとくっついて、ハッピーエンドを迎えることでしょうか。

 ゲームではセーブして、リセットして、複数いる攻略キャラとの物語を楽しめます。けれど、今の私にとって、この世界はゲームではなく現実です。試しに、メニューと呟きましたが、何も出てきません。セーブをリセットもできません。

 前世では28年生きました。享年です。死因は交通事故です。ここもテンプレです。いい加減にしてください。

 この世界では15年生きました。愛着が沸くには十分すぎる年数です。大好物はママン特製ホワイトシチューです。

 43年。合計ではありますが、約半世紀、生きました。

 1+1=2。やったね花丸! な単純な考え方は出来ません。


「どうしたものか……」


 私は呟きました。


「何がどうなさったの?」


 呟きを返されました。

 私はおかしな悲鳴(おおよそ淑女が出さないであろう悲鳴)をあげ、おそるおそる振り返りました。

 少女がいました。学園の制服を着ていることから、生徒だということが分かります。私とは違う色のリボンタイをしています。少なくとも、私と同学年ではありませんでした。

 眉目秀麗、才色兼備の集うこの学園に相応しい容姿をしていました。艶のある長い黒髪に、陶磁器のように白い肌。少し青みがかった黒い瞳はまるで宝石のようでした。

 サクランボのような小さな唇が動きます。


「気分でも、悪いのかしら」


 少女は私に訊ねます。

 私は少女を凝視します。

 私は少女を知っています。今世ではなく、前世にて。


「マリアンナ……」


 私は少女の名前を呟きました。

 ゲームで主人公をあれやこれやといじめたらしい少女。誹謗中傷当たり前、召使いに命じて主人公の実家に火をつけようとしたクレイジーガール。悪役令嬢様です。

 メインヒーローのハッピーエンドで見れた、少女の惨たらしい最後は、プレイヤー全員が歓声を上げたらしいだとか。

 そんな少女が目の前にいます。何度でも言いますが、私は主人公です。アイアム主人公。


 選択肢を間違えば、私の享年が更新される状況です。


「? え、ええ。私の名前はマリアンナよ」


 少女――マリアンナは不思議そうな顔で自己紹介しました。悪役令嬢ご本人様確定です。

 首に冷や汗が流れます。


「貴女、本当に気分が悪いんじゃなくて? 顔が真っ青よ」


 全力で貴女のせいなのですが。

 と言ったら、刺されそうなので、私は頑張って笑います。


「だ、大丈夫です。単なる貧血です。問題ありません」


 あはははと笑います。嘘は言っていませんが、自分のあんまりな演技で私は自分を殴りたいです。

 マリアンナが目を見開きました。


「まあ! 大変ではなくて!」


 マリアンナが私の手をおもむろに掴みました。

 私は叫びました。


「え?! な! ちょ! うぇ!」


 頭の中がパニックでした。手首から先がさようならになると思いました。襲いかかってくるであろう痛みに耐えるため、目をぎゅっとつむりました。


「……?」


 痛みが、いつまでたってもきませんでした。

 薄く、目を開けました。

 マリアンナの指が、私の掌を滑っています。指の動きを目で追えば、文字を書いていました。細い指でした。手入れが行き届いた爪が綺麗でした。


「――」


 マリアンナの唇かゆっくり動いています。治癒魔法の一種の呪文が私の耳に入ってきます。

 マリアンナが、私を手当してくれています。

 悪役令嬢が、主人公を手当してくれています。


「――どうかしら? 気分は良くなったかしら?」


 マリアンナが訊ねます。心配そうに、眉を下げています。

 私はぶんぶん首を縦に振りました。マリアンナへの恐怖の現れもありましたが、貧血は緩和されていました。


「よかったわ」


 マリアンナが笑いました。ほっとしたような顔で笑いました。

 悪役に、全く相応しくない顔でした。


「最後に」


 マリアンナはそう言うと、私の手を持ち上げました。

 私は訳が分からなくなっていました。なぜこんなにも、マリアンナが優しいのか。メインヒーロー至上主義だと聞いていましたけど、なんですか猫ちゃん被ってるんですかメインヒーローの頭髪私の見える範囲ではどこにも見当たりませんけど。と大混乱でした。

 だから、マリアンナの唇が、私の手の甲に触れるのを止められませんでした。


「おまじないよ」


 ふふ、とマリアンナが笑います。愛らしく、少々悪戯っぽく。


「また気分が悪くなったら、医務室に行くといいわ」


 じゃあね、とマリアンナが呆然としている私に背を向けました。凛とした背中に、長い黒髪が流れています。

 遠くの方で、チャイムが鳴りました。入学式開始の合図でしょう。遅刻確定です。

 そんなこと、今はどうでもいいです。


「……」


 私は両手で顔を覆いました。ついでにしゃがみました。おろしたての制服に土が付くのも厭わずに。

 さっきまで目の前にいた少女は、確かにマリアンナでした。本人もそう言っていました。けれど、なんということでしょう、悪役要素が全っ然見られませんでした。醸し出されてもいませんでした。もっと言うなら、すごくいい匂いが香っていました。


「……ぎゃん」


 私は悶えました。

 乙女ゲームに登場する女の子は総じて可愛いです。悪役令嬢も例に漏れず、総じて美人です。性格が全部ぶち壊しますが。

 つまり、性格の良い悪役令嬢は、ただの美人です。ステータスに悪役度なんてありません、ただの性格の良い美人です。

 それに何の問題がありましょう。


「……セコムになりたい」 


 例え、さっきのがマリアンナの演技だったとして、私は後悔しません。むしろ『ですよねー』と安心します。ちょっと泣くでしょうけれど。

 けれどもし、あのマリアンナが裏表のないマリアンナだったらば、私は全力でメインヒーロールートを回避します。おそらく存在しないであろうマリアンナとのエンドを目指します。


「……友達になりたい」


 あわよくば、親友になりたい。

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