第17話 懺悔

「言っておきますが、僕はウイスキーボンボンとジンジャーエールを飲んだら帰りますよ。それ以上飲むと徒歩で帰れなくなりますので」

「私が背負って差し上げますよ、エバンズさん。ご心配なさらず」

「いえいえ、結構ですから!」


 この機会に飲んでやろうという魂胆がみえみえのベアーに、エバンズはそうはいくか、と身構えながら歩いた。

 教会を出て、徒歩5分くらいのところに確か小さなパブがあったはずだ。

 酒に弱い自分は、いい店を知らない。同僚のテオたちとの付き合いでたまに行くことがあるが、酒をのまない自分はその店がいいのか悪いのかも分からなかった。だいたい、自分は楽しんで酔えないので、酒場は苦痛の場所でしかない。


 その時、ちりんちりん、と後ろからベルの音がした。

 振り向くと同時に、エバンズの横を自転車がいきおい良くかすめて通り過ぎた。


「うわ! 危ないなあ」


 声を上げる自分に自転車の主は振り返ることもなく、颯爽と去る。

 自転車に乗っている少年の制服が例の名門校の制服であることを街灯で認め、エバンズはむかりとした。


「きゃあ!」


 ちょうど曲がり角を曲がったところだった犬の散歩中のご婦人が、少年の自転車と出くわした。

 婦人を避けようとした自転車は急方向に曲がり、バランスを崩した少年は横転した。


「大丈夫ですか!」


 エバンズはあわてて、地面に座る女性と少年のもとへ駆けつけた。

 女性はびっくりしてしりもちをついただけのようで、平気だと頷いた。


「君は? 怪我はないかい?」


 振り返って少年を見たとたん、立ち上がった少年は自転車を置いていきなり走りだした。


 ぴんときた。

 自分は今、制服姿だ。

 この子、昼間の少年のうちの一人か。


「まちなさい!」


 エバンズは追いかけた。

 足には自信がある。

 ハイスクールでは純粋に陸上部に入ればよかったと、ラグビー部に入ってしばらくしてから後悔した。


 少年に一言、言ってやりたかった。

 指導、で終わればいいんだろ。


 少年の脚が絡まって転んだ。彼は運動部ではないようだ。

 エバンズはすかさず少年をおさえつけ、仰向けにさせた。


「白状しなさい!」


 できるだけ怖い声を出してみた。

 僕……じゃない、ウォルフガングさんに謝りなさい。


「あの女が死んだのは僕のせいじゃない!」


 エバンズと目が合った少年は泣きそうな声でそう叫んだ。


「僕だけじゃない、みんなもだ! 僕はやめようって、言ったんだ! とっくにやめたのかと思ってた!」


 エバンズは言葉を失った。


「君……なんのことを言ってるの?」


 は、と少年が息をのんだ。

 次の瞬間、少年はエバンズの股間を蹴りあげた。


 ……人生に何度か経験した中でも、最高レベルの衝撃にエバンズは息を止め、身を丸めた。

 少年はエバンズの身体の下からはい出すと、後も見ずに逃げ出した。


「エバンズさん!」


 少年の自転車に乗って追いついてきたベアーが自転車をおり、うずくまっているエバンズのもとへ走ってきた。 


「大丈夫ですか? 持ち上げましょうか?」

「……!」


 声が出ず、エバンズは首を振った。

 往来に人がいなければそうしてほしいのはやまやまだが、こんなにも通行人の視線を感じる状態では恥ずかしくてたのめない。


「わかります。私もボールが直撃した経験が」

「……!」


 ベアーの言葉に頷くしかできない。

 息を刻みながら吐き、エバンズは上に上がってくる痛みが通り過ぎるのを待った。


 あの少年……。ただじゃおかないぞ。

 見つけ出して両親の前で説教してやる。内申に響かせてやる。


 くそ、とエバンズは額を地面につけてひたすら耐える。


 ベアーはエバンズを置いたまま、少年の自転車に戻り、前かごに入っていたミニバッグを調べ出した。


「財布と、コミックだけですね。……と、シルバーのネックレス」


 ネックレス?

 顔をよじって、エバンズはベアーの方を向く。

 鎖の先に丸いリングのようなものがついた装飾品をベアーはこちらに掲げて見せた。


「ガラナ族の象形文字に似てますね。ちがいますか?」


 聞くベアーに、そんなこと知らないよ、とエバンズは心の中で答える。

 このヒト、物知りだ。やっぱり文化人なのかな。


「サラに聞いてみましょうか。彼女なら、もしかして知っているかも」


 なぜ、そこにサラが出てくるんだ、とエバンズは思いながらようやく緩和してきた苦痛にため息をついた。




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