星間のハンディマン

空戸乃間

第一話 Killer Likes Candy

prologue

 黒く、静かな大海原。

 生まれ出た星より巣立ち、重力から解き放たれた無限の海は幻想的で魅力的。宇宙が人を惹き付けて止まないのは、地球で言うところの自然の厳しさなど生ぬるい、生命を拒絶する空間が直ぐそこにあるという、未知との遭遇にも似た、好奇心によるものなのかもしれない。

 しかし、だ。

 惑星間の移動手段として宇宙船が用いられるのが至極一般的となった昨今では、一々感動する人間も減った。人は旅客宇宙船で他の星へと渡り、貨物もまた宇宙貨物船によって安全な旅をする事が出来る。一世紀前に比べれば、大気圏の外に上がっただけで歓声を上げるような奴は、田舎者としてみられるか、或いは旅慣れた者に自分の昔話を聞かされるかだ。寧ろそれだけ、人と宇宙とが近づいたとも言える。


 宇宙の旅は安全になった。それは間違いない。

 だが、|なった(・・・)だけだ。それが自然的であれ人為的であれ、危険という物はいつどこにだって存在し、そして予想していない、かつ最悪に近いタイミングで襲いかかってくるのが常だ。

 火星へと貨物を運搬中の宇宙輸送船、ロングジャム号は正しく危険に見舞われていた。目的地まであと少し、そう思って気を抜いたのが運の尽きだった。


『クソ、クソクソ! そこら中敵だらけだ!』


 悲壮感の極まった叫び声が、船を守る為に飛び立っていったパイロット達に救援を求める、しかし、何度呼び出しても応答は無く、レーダー上には獲物に襲いかかる海賊達の宇宙戦闘機ばかりが映っている。

 無限の宇宙にあり、人の数は有限だ。地球の海でさえ、いや地上でさえ完全な警察行動が不可能となれば、より広大な宇宙空間で警察機構の目が届かない事態は彼方此方で多発し、かつてのソマリアを思わせる海賊行為が宇宙でも行われるのは自明の利、そうなれば当然、被害者が自衛するのもまた自明だ。


 だが、こういった事態に備えて雇ったパイロット達からは応答の一つさえない。

 ロングジャム号が雇ったパイロットは四人、対する海賊機も四機。

 空戦が始まったのは十分程前だった。

 次々と発進していった護衛機は各々に標的を定めて散開、時間を稼いでいる間に船を逃がす算段だった。ハッキリ言ってその作戦はあまりにも稚拙、しかし、入念な打ち合わせをするには海賊に距離を詰められすぎていて、彼等には他の選択肢がなかった。


 結果は酷いものだ。

 海賊機はすでにロングジャム号の回りを禿鷹よろしく旋回し、どこから啄むべきか品定めに入っている。


『ロングジャムより護衛機、海賊がすぐそこに来ている。誰か……誰もいないのかッ⁉』


 応答はない。

 しかし、まだ一機だけ、白銀の戦闘機だけはその無線を聞いていた。そのパイロットにしてみればとんだ貧乏くじだ、なにしろ取りこぼした海賊機全てを相手取らなければいけないのだから。かつて偉い人は言った「二倍の数には勝てない」と。例えこの言葉を知らなくてもまともな脳味噌と一般的な判断力があれば、唯一無二の選択肢、撤退を選ぶのが賢い選択ってものだ。

 しかも戦力差は二倍どころか四倍で、不意打ちならまだしも、仕掛けられた側が反撃に出るには絶望的に等しい。回れ右して帰れば命は助かるかも知れない、仮に逃げたとしても四分六の判断だ。

 ところが、その戦闘機はさも当然のように海賊機の群れへと突っ込んだのだった。


 勝利を確信した海賊達の僅かな油断、その懐に飛び込むや、すれ違い様に一斉射、反応できなかった一機を喰い、連携から脱落した一機の背後に付くと回避しようとした翼を三〇㎜弾で引き千切る。


 まさにあっという間、なんとも芸術的。


 数秒間で二機を行動不能にしたがパイロットに余裕はない。

 これで二対一、問題はここから。

 船から引き離す為、離脱

 背後には海賊機が迫る

 バックミラーで目視

 距離は充分

 ピッチアップし反転攻勢

 合わせて海賊機も散開

 三機は大きく旋回し瞬間出方を覗い合う


 こうなるとミサイルなんて高価な物を積めない戦闘機が取るのは、互いのケツを取り合う昔ながらのドッグファイトだ。三機の宇宙戦闘機は互いのエンジン炎を絡めて踊り、複雑かつ美しいその軌跡で星を結べば、新しい星座が生まれるかもだ。

 やがて、海賊機の一機が苛烈な機動に付いていけず脱落

 見逃さず追撃

 膨らんだ旋回なんてただの的だ

 確実に仕留めもう一機へ――

 そう思ったパイロットが見たのは降り注ぐ機銃弾の雨だった…………

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