第267話 門前払いも失礼ですから

『今日、何か予定はあるか?会って話したい事があるんだけど』


『今日は無理ですよ。でも、明日は特に入ってません』


『札幌駅南口のスナバに来れるか?』


『いいですけど時間は?』


『午前10時でも大丈夫か?』


『分かりました。必ず行きます』


 俺は本当は土曜日のうちに全て片付けたかったが無理な物は仕方なかった。

 唯は夕方近くになってから帰ってきた。もうその時には「お兄ちゃん」という言葉を使っていたが、その理由を父さんや母さんには「いつまでも小学生みたいな言い方をしていると絵里お姉さんに笑われそうだから」と言っていたようだが本当は違う。でもその説明の方が自然かもしれない。

 翌日の日曜日、俺は相手を待たせるのは失礼だと思って午前9時にはスナバの前にいたけど、その相手は時間ギリギリになって現れた。


「拓真せんぱーい、遅くなってすみませーん」


 そう、俺が呼び出した相手は舞だ。俺は舞に重要な話をしなければならないのだ。

「いや、別に待ってないぞ。俺もさっき来たところだ」

「・・・拓真先輩、嘘は言わない方がいいですよ」

「へ?」

「正直に言いますが9時半の段階でわたしは来てました。その時に拓真先輩が既に待っている事にも気付きました。でも、正直乗り気ではないのでわざと時間ギリギリまで拓真先輩の前に姿を見せなかっただけです」

「・・・お前、今日、俺が話したい内容が分かってるのか?」

「まあ、ほぼ確実に。でも、立ち話も何ですからスナバでコーヒーでも飲みながら話しましょう」

「あ、ああ」

 そうだよなあ、このタイミングで呼び出すなんて普通は「あの件」しか考えられないからなあ。

 店内はまだそんなに大勢の人がいる訳ではない。だから問題なく座れる。俺たちは先に注文してから空いてる席にいくつもりでいる。

「・・・拓真先輩、先に言っておきますが、ここの勘定は各々という事でいいですか?」

「へ?・・・い、いや、呼び出したのは俺だから俺が払うよ」

「さっきも言いましたけど、呼び出した理由が見え見えなので本音では乗り気ではないです。だから拓真先輩に奢ってもらう訳にはいかないんです。以前『コーヒーを奢ってくれるだけで結構です』と言ったのは覚えてますけど別の機会にさせて下さい」

「分かった。舞がそこまで言うなら各々で」

「ありがとうございます」

 やれやれ、今日の舞は朝から機嫌が悪そうだ。まあ、仕方ないよな。

 俺も舞も示し合わせた訳ではないがシフォンケーキとコーヒーだ。それを各々トレーに乗せて窓際の席に向い合せで座った。

 舞は席に座ると「はーー・・・」と深いため息をついて少しだけコーヒーを飲んだ。俺はそんな舞を見て苦笑いするしかなった。

「・・・拓真先輩、今日わたしを呼び出したのは藍先輩と唯先輩の件ですよね、それも何らかの仲裁案が欲しくて呼び出したんですよね?」

「・・・やっぱりそう思うか?」

「当たり前です。正直に言いますが藤本先輩がわたしに泣きついてきましたから」

「藤本先輩が?」

「そうです。一昨日の金曜日の放課後、風紀委員室に来て欲しいって電話が入ったので行ったら『実は拓真から藍と唯の件で相談に乗って欲しいと言われたけど何も解決案を出す事が出来なかった。何かいい案がないか?』ってマジ顔で相談されましたよ」

「・・・・・」

「さすがのわたしも藤本先輩に『お役に立てなくてごめんなさい』としか言えなかったですよ。だから先輩から『会って話したいことがある』っていうメールが入った時にピンときましたよ」

「そうか・・・」

「でも、門前払いも失礼ですから、せめて愚痴を聞くくらいなら出来ると思って今日はここまで来ました」

「そうか・・・」

 それだけ言うと舞はシフォンケーキを少しだけ口にした。俺はさっきから何も飲み食いしてない。

「・・・恐らく、藍先輩も唯先輩も相手が諦めてくれるまでは自分から負けを認める気はないと思います。拓真先輩がどっちを選んでも負けた側の感情にしこりが残りますから拓真先輩が悩むのも無理ないと思います。これが普通の『女の争い』なら藍先輩でも唯先輩でも好きな方を選んでハイお終い、何の問題もありません。これはわたし自身の勘ですけど、同じ屋根の下で暮らす義理とはいえ姉妹の間でしこりが残るのは好ましくないという拓真先輩のお考えに藍先輩と唯先輩が気付いたとしてもお互いに譲る気はないでしょうね。だから正直わたしも匙を投げてますよ」

「・・・・・」

「拓真先輩、愚痴くらいなら聞きますよ。何ならコーヒーのお替りが出来る店に移って愚痴を聞いてもいいですよ。今日なら夕方まで聞いてあげてもいいですから」

 さすが舞だ。俺が何も言わなくても俺の悩みを的確に見抜いていた。それはそれで恐るべき事ではあるが、これから話す事を舞は予想できていたのだろうか?でも、それは見方を変えれば舞への仕打ちでもある。これをスンナリ受け入れてくれるだろうか・・・だが、迷っていても仕方ない。

「・・・舞、ちょっといいか?」

「あー、はい、いいですよ」

「・・・俺と付き合ってくれ」

「へ?」

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