第165話 まさに女王様が二人のメイドを従えているような・・・

 それだけ言うと藤本先輩はいつものクールな顔になって藍と二人で話を始めた。藍もいつものクールな顔で藤本先輩と話をしている。当然、他の連中はどこに並ぶのか話し合いを始めた。「おい、どこだと思う?」「普通に考えれば2年A組だろ?」「藤本先輩が言い出したのなら3年A組じゃあないか?」「いや、佐藤藍さんの事だから文芸部の会場が怪しいぞ」「それじゃあ、その場所で並んでればいいのか?」「でも、文芸部は旧校舎だろ?もし2年A組だったらダッシュしても間に合わないぞ」「じゃあ、どうするつもりだ?」「ショートホームルームはクラスでやるんだから本命は2年A組だけど・・・あー、分からーん」など、撮影場所を巡ってあーだこーだ言い始めた。

 俺と唯はぽかーんと見てるだけだったが、やがて正門が開くと同時に50人近い連中が一斉に走り出した。どこに向かったのかは分からないが、とにかく可能性がある場所へ行くのだけは間違いなさそうだ。

 藍は藤本先輩と並んで普通に歩いているし、それは俺と唯も同じだ。

「あのー、撮影場所って、どこになるんですかあ?」

 唯は藍に向かって話し掛けたけど、藍はクールな笑顔で

「ひ・み・つ」

とだけ言った。当然だが藤本先輩も「教えてやらないぞー」としか言わない。俺も唯も首をかしげているしかなかった。

 藍と唯は更衣室へ向かった。二人共メイド服に着替える為だが、なぜか藤本先輩も一緒に行ったので、俺は一人2年A組へ行った。今日の俺は午前中はクラスに張り付け状態で朝から色々と準備作業もあるから取りあえず向かったに過ぎないのだが、俺がクラスの前に行くと既に10人以上の連中がA組前の廊下にいた。どうやら1番人気は2年A組のようだ。でも、全員2年A組の生徒ではなく他のクラスの連中だ。鈴村はここの先頭にいたけど宮野はいなかった。

 さすがに更衣室の前で藍を待ち構えている奴はいないはずだ。後で藤本先輩に何を言われるのか想像できないからだが、旧校舎へ向かう連中もいたし、あちこち歩きまわっている連中もいた。

「おーい、すずむらー。お前は何時から並んでたんだ」

「あー、おれは6時半くらいかなあ。順番でいったら15番目くらいだぞ」

「はあ?じゃあ、6時半の時点で15人も待ってたのかよ!?」

「そういう事だ。宮野の次に来たのがA組の平野さんらしいだけど、何でもお父さんに頼んで車で送ってもらったみたいだぞ」

「マジかよ!?」

「バス組と南北線組は始発に乗った連中が大半だ。自転車組は自転車を置く場所がないから今日だけはバスや南北線で来たようだけど、藤本先輩はJRと南北線を乗り継いで登校しているから、始発の電車に乗って登校したとしか思えないぞ」

「そうだよなあ。さすが史上最強の風紀委員長、こういう所は真面目ですねえ」

「たくまー、感心してる場合じゃあないぞ。もし2年A組じゃあなかったらおれはどうしたらいいんだ?」

「そんなのは俺は知らん」

「勘弁してくれよお」

 鈴村がボヤいたら、丁度その時に廊下の向こうからメイドさんが歩いてきた。2年A組の前にいた連中が一斉に歓声を上げたが、藍ではなく唯だと分かった途端、落胆に変わった。

「あらー、みなさん、残念ですねえ。藍さんの方が良かったかしら?」

「唯さーん、揶揄わないでくださいよー。それより藍さんはどこですか?ここに来るんですかあ?」

「うーん、教えてもいいけど、黙ってようかな」

「えー、ちょ、ちょっと唯さーん、あまりおれを責めないでくださいよー。おれだって好きでいつも責められる訳じゃあないですから」

「まあ、可哀想だから教えてあげるわ。あ、やめようかなあ」

「勿体ぶらないで教えて下さい!」

「風紀委員室よ」


 唯がそう言った瞬間、ここにいた10人以上の連中は一斉に廊下を走りだした。俺も唯も唖然として見送るしかなかったが、当人たちは少しでも1番乗りの可能性があるうちは必死にならざるをえず全速力で走って行った。

「あーあ、鈴村君たち、目が血走ってたわねえ」

「ホント、あいつら必死だよな」

「でもねえ、もう1番乗りは無理だよ」

「はあ?じゃあ1番乗りは誰だ?」

「あー、それはですねえ」

 丁度その時、俺のスマホに1件のメールが入った。俺はポケットからスマホを取り出して画面を見たら、それは藍からだった。

 メールには題も文もなかったが、1枚の写真だけが貼られていた。そこに写っていたのは・・・

「藍と藤本先輩!?という事は1番は藤本先輩かよ!?」

「せいかーい。因みに唯が2番だよー」

 そう言うと唯はスマホを取り出し、俺に2枚の写真を見せてくれた。1枚は普通に二人のメイドが並んだ写真だが、もう1枚は二人で腕を組んでニコニコしている写真だ。

「・・・という事は藤本先輩が風紀委員室を指定し、1番乗りは藤本先輩にする事で騒ぎを収めたって訳かあ」

「そうだよー。まさか風紀委員室を撮影に使うとは誰も思わないでしょ?風紀委員室前で順番待ちで騒ぎを起こす訳にもいかないし、まさに理想だね。唯が藤本先輩とお姉さんのスマホを使って撮ったんだよ。あ、内山君が1人だけ生徒会室の前で待っていて、唯たちが風紀委員室に入っていくのに気付いて追いかけて来たから男子一番手は内山君よ。唯が内山君のスマホで写真を撮ってあげたんだ」

「じゃあ、内山は藍と唯の両方で男子一番手になったのかあ。中村の悔しがる顔が目に浮かぶなあ」

「あ、そうそう、内山君に頼んでスリーショットの写真も1枚だけ撮ったんだよ」

 そう言うと唯はスマホで1枚の写真を見せてくれた。そこには藤本先輩を真ん中にして右に藍、左に唯が並んだ写真が写っていた。

「へえ、まさに女王様が二人のメイドを従えてるような感じだな」

「まさにそんな感じね。あ、暇だからたっくんも唯と撮影しない?」

「別にいいけど、誰が撮るんだ?」

「どうせ誰も見てないから、自撮りしましょう!」

 そう言って唯は俺と腕を組んだかと思うと、自分のスマホで俺とのツーショットを撮影し始めた。

「おーい、誰かが見てたらどうするんだ?」

「大丈夫大丈夫。昨日から腕を組んで撮影している子も多いから、誰も怪しまないわよ」

「言われてみればそうだな。こうなった時の保険か?」

「まあ、そういう事よ。宇津井先輩とは昨日生徒会室で肩を組んで撮影したし、本岡先輩とは唯が背中から抱き着くような恰好で写真を撮ったからね」

「うわっ、大胆だな」

「生徒会メンバーは特別サービスで撮影ポーズの注文を受け付けてあげたからね。藤本先輩とは本当に抱き着いて写真を撮ったし、相沢先輩なんか、唯がほっぺにチュした瞬間を撮ってもらってるからねえ」

「マジかよ!?結構大胆だな」

「まあ、『ミス・トキコー』の事では色々と迷惑を掛けたのは事実だから、特別サービスね。でも、特別サービスしたのは生徒会メンバーだけだよ」

「そうだろうなあ」

 俺と唯が色々と話をしているうちに内山と中村が教室に入ってきた。当然ながら内山はニコニコだが中村はため息をつきながらだ。

「おーい、中村くーん、内山君に唯に続いて藍さんも1番手を取られた気分はどうなの?」

「最悪。マジで朝から疲れた」

「まあ、その気持ちが分からない訳でもないわ。じゃあ、特別サービスで今日の唯の一番手は中村君を指名しまーす」

「えー!本当ですかあ!?感激です!!」

「いいわよー。内山君は撮影係ね」

「まあ仕方ないかあ。今日は唯さんの言う通り中村に譲るよ」

中村はニコニコ顔でスマホを取り出して内山に渡し、唯の横に並んだ。本当の今日の一番手は俺なのだが、ここは知らぬが仏、黙っておこう。

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