第73話 火のない所に煙は立たぬ

 俺の言葉にしばらく藍は考え込んでいたが、やがて顔を俺の方に向けて

「多分、その線が強いわね」

「やっぱりそう思うか?」

 藍は俺の考えに同意した。いや、。あの話を藍に知られたら・・・。

「でも、私たち三人が同居している事に気付いたら、逆にこんな手紙を送り付ける事は出来ないと思うわよ。だから、あくまで登校、下校の様子を見て、しかも1回位だったら偶然の可能性もあるからそんな事までは気にしないけど、複数回に渡って目撃したから実力行使に及んだんじゃあないかしら?」

「ああ、俺も同感だ」

「そうなると、下校時が怪しいわ。学校を出てから家に着くまでの間で複数回目撃されたという事になるわね」

「でもなあ、極論を言えば全校生徒が怪しいという事になるぞ。あえて対象を絞るなら地下鉄で通学している奴という事になるけど、偶然、友達の家に遊びに行った帰りとかに俺の家周辺で目撃した可能性も捨てきれないし・・・」

「対象が多すぎて頭が痛いわねえ」

「だが、この事を唯が知ったら、もっとヤバイ事になると思うけど藍もそう思うだろ?」

「それは間違いないわね。あの子の事だから責任を痛感して、それこそ自分自身を責めてしまって、下手をしたらその瞬間に壊れるわよ」

「だよなあ」

「とにかく、さりげなく周囲に気を配って不審な人物がいないかチェックする事ね。幸いにして、中間テストが終わった翌週までは私が朝の担当になる事はないわ。当面は三人で登校して三人で帰るのがベストのような気がするけど、どうかなあ」

「ああ、いいぞ」

「ただ、拓真君に聞きたい事があるわ。さっきから、あなたの態度や言い回しが妙に気になるのよ。まさかとは思うけど『火のない所に煙は立たぬ』という格言通り、何か心当たりがあるんじゃあないの?正直に白状しなさい!」

 藍は俺を見下ろすような、そう、あのクールな目を俺に向けた。こうなると俺はもう藍に逆らえない。うまく押し切れると思ったが、やはり駄目か・・・俺の態度や喋り方が不自然だったのか?だが、ここで嘘を言っても仕方ない。正直に言うのが後々のためだろう・・・。

「じ、実は・・・3件、心当たりがある・・・」

「3件?」

「1つ目は、ゴールデンウィーク五連休の初日に、藍が不在の時に二人でお昼ご飯を新札幌で食べた・・・」

「2つ目は?」

「ゴールデンウィークの連休直前と連休直後、藍が風紀委員で早く行った時に、家から地下鉄の駅まで肩が触れ合う位の距離で歩いた・・・」

「もう1つは?」

「多分、これが一番ヤバかったと思うけど、昨日の朝、唯と手を繋いで家から地下鉄の駅まで行った・・・」

「はー・・・どれを目撃されても彼氏彼女の仲だと疑われるわよ!ただ、先週以前に見られていたらとっくに行動に移しているだろうから、拓真君の予想通り昨日の可能性が高いかも・・・でも、本当に昨日の件が原因かは分からないわ。まあ、憶測で言っても始まらないから、これ以上は責めないでおくわ」

「ごめん・・・」

「まあ、今の拓真君の彼女はだから、私がとやかく言っても仕方ないわね。でも、拓真君たちは1年生の時も何度か二人で一緒に登校したり下校したりしていたんでしょ?逆に言えば、今まで「副会長が男と一緒に登校している」とかの噂が出なかった方が不思議よ。よっぽど運が良かったとしか言いようが無いわね」

「・・・少し気を付けるよ」

 おいおい、『表向きには唯さん』とは・・・俺は所有者藍、使用者唯のレンタル彼氏なのかあ!?マジでツッコミたくなるぞ!ただ、やはり今は藍の協力が不可欠だ。何を言われても甘んじて受け入れるしかない。

「・・・でも、私も拓真君と肩が触れ合う位の距離で家から駅まで行った事もあるし、ゴールデンウィークの札幌の中心部で腕を組んでいたり手を繋いでいたりした事もあるから他人事ではないわね。私の時だって噂にならなかったのが不思議な位よ」

「それもそうだな。ところで、俺たちがこの問題で犯人捜しをするにしても、コソコソと直接会って話をしていると唯に気付かれる可能性があるけど、どうする?」

「うーん、じゃあ、基本的にスマホをサイレントモードにしておいて、メールで連絡しあうという事でいい?」

「じゃあ、それでいこう」

「サイレントモードだから、こまめにスマホをチェックしてよ」

「分かった。忘れないようにするよ」

「頼んだわよ。じゃあ、私は生徒会室に戻るわ」

 俺は座ったまま軽く右手をあげ、藍も軽く右手を上げてから立ち上がり、図書室から出て行った。

 とりあえず藍と情報を共有する事はできたし、藍も俺と同じ位の危機感を持っている事が分かってホッとしたのも事実だ。藍にとって唯は俺を巡っての恋のライバルであり叩き潰すべき相手でもあるが、同時に守るべき家族であり友人でもある。その唯が潰れる事は藍にとってもマイナス以外の何物でもない。だから、少なくとも手紙の差出人が誰なのかが分かるまでは何が何でも唯を守ってくれるはずだ。

 だが、肝心の差出人は分からない。

 この封筒も便せんも、100円ショップでも買えるようなごくありふれた物であるし、手紙を入れる事が出来た時間は昨日俺が帰ってから今朝登校するまでの間になるが、その間に俺の靴箱に手紙を入れるのは簡単に出来る。この付近の防犯カメラは廊下の両方向と生徒昇降口を映している3か所だけだから、あきらかに靴箱は死角になっている。つまり誰が入れたのかを特定する事は不可能だ。

 なんだかんだで問題が山積み状態になってきたが、何1つ解決してないぞ。

 七不思議の件、今回の脅迫の件、そして、最大の問題は、俺は藍と唯のどちらを選ぶのか・・・どの問題1つを取ってみても、対応を誤れば俺たち『佐藤きょうだい』は崩壊へと突き進む事になる。

 どうすればいいのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る