第72話 差出人は誰だ?

 俺と唯の関係を知っているのは、生徒では藍、泰介、歩美ちゃんの三人だ。たしかに藍は俺を唯から取り戻そうとしているのは事実だが、こんな卑怯な手を使うとは考えにくいし、リスクが大きすぎる。泰介と歩美ちゃんは現在進行形でラブラブだから、こんな危ない橋を渡るような事をやる意味がない。あとは担任である山口先生だが、当然、恋愛キューピッドである山口先生がこんな事をやる事はあり得ない。それに山口先生は、俺が藍と唯の二股になっている事に目を瞑ってでも「二人を任せたぞ」と言った位であるし、教師がこんな事をやったら懲戒免職になってもおかしくないから、絶対にあり得ない。

 一番可能性が高いのは、藤本さんファンクラブか相沢さんファンクラブの一部の過激なメンバーが、俺と唯が付き合っている事に気付いて、唯を出場辞退に追い込む為の嫌がらせの意味で俺に送り付けた事だ。唯に送り付けると落選運動として指導の対象になるから、俺に送り付けてきたのだろう。

 もう一つの可能性は、過去に唯にコクったけど「ごめんなさい」された誰かが、俺と唯が付き合っている事に気付いて、嫉妬のあまり俺を脅迫している可能性だ。

 俺に興味を持った女子が、直接俺に対して「彼女と別れろ」という手紙を送り付ける事はさすがにあり得ない。普通は唯に対して「彼氏と別れろ」と送り付けるのが普通だから。

 でも、この手紙の内容を唯が知る事だけはマズイ。あいつの精神状態は今でも不安定だ。もし自分が原因で俺が脅迫されたと知ったら、ますますあいつは不安定になって、下手をしたら、その瞬間に壊れる。だから、絶対に唯に知られるのだけは避けねばならない。

 そうなると、相談できるのは藍と山口先生しかいない。でも、山口先生に知らせると騒ぎが大きくなりそうな気がする。だから先に藍に相談すべきだろう。だが、いつ話をするべきか・・・。

 迷っていても仕方ないから俺は藍にメールで連絡する事にした。「非常に困った問題が発生した。でも、唯に知らせる事はもっとよくない方向に行きそうだから藍にだけ相談したい。いつなら相談していいか教えてくれ」とだけ書き、送信はしなかった。そして、教室に戻ったら、丁度唯だけが座っていて藍は室内にいなかったから唯に気付かれないようにメールを送信した。俺は藍からメールで返信がくるとばかり思っていたけど、結局藍から返信は来なかった。ただ、2時間目の授業が始まる直前に教室に戻ってきて、俺に一言「放課後、図書室に来てね」とだけ言った。図書室に来い、という事は、文芸部の活動場所である図書室で話を聞くという事になるが、ある意味、放課後の図書室は色々な人が出入りしていて逆に目立たないからいい選択だと思った。さすが藍である。

 

 そして放課後、俺は藍に言われた通り図書室へ行った。

 俺たちA組は特進コースなので、他のクラスよりも授業時間が1時間多い。当然、俺が図書室へ行った時には他のクラス所属の文芸部員や、純粋に本を読みに来た生徒、テスト勉強している生徒や本の貸し借りをする生徒も大勢いる状況だった。

 俺は図書室の奥の方の目立たない位置に座って、クイズ番組の問題集を読んでいたが、しばらくして右肩をポンと叩かれた。何事かと思って顔を上げたら、藍が俺の右側に座って左手で俺の右肩を叩いたという事に気付いた。

「どうしたの?急にあんなメールを私に入れて・・・何かあったの?」

「あったもなにも、とにかくこれを見てくれ」

 俺は鞄の中に入れていた封筒を藍に渡した。藍もその封筒の中に入っていた便せんに書かれた内容を見た途端、顔色を変えた。そして慌てて左右を見渡して周囲に誰もいない事を確認すると、手紙を俺に返しつつ俺に顔を近づけて小声で

「拓真君、この手紙をいつ、どこで受け取ったの?」

「今朝、俺が登校したら靴箱に入っていたんだ。俺はてっきり俺あてのラブレターが入っているのかと思って気楽に構えていたんだ。幸いにして、唯も、それに内山たちも俺の靴箱に手紙が入っていた事に気付かなかったから大ごとにはなってないけど、藍ならどうする?差し出し人は誰だと思う?」

「うーん・・・」

 藍は考え込んでしまった。無理もないか・・・このまま放っておくと、ますますエスカレートする可能性もあるし、だいたい、唯の精神状態が安定してないのは藍が一番知っている。唯は今でも夜は一人で寝られない位に精神的には不安定で、先日の実行委員会でも泣き出す寸前だった位だ。

「・・・拓真君、別の誰かの靴箱に入れるつもりで、間違って拓真君の靴箱に入れた可能性は?」

「さすがにゼロではないけど、俺の靴箱の右と左は、悪いけど非リア充の学年代表とまで言われている奴だぞ。それに、俺は一番下の段だから上は藍だぞ」

「あー、そういえばそうだったわね。本人たちには失礼だけど、あの二人、彼女が出来たら登校したと同時にクラスみんなの前で宣言してやるって公言して憚らないから、この二人と間違えられた可能性はゼロね」

「まあ、仮に藍が誰かと付き合っていると勘違いして藍宛に出したとしたら、一昨日生徒指導室の名前で出された落選運動禁止の通知内容にまともに引っ掛かるからなあ。自分から生徒指導室に行きたい馬鹿か、逆に『トキコーの女王様』藤本先輩の説教を受けたい超がつく程のMの奴という、どっちもあり得ない選択肢だぞ。しかも唯は俺の隣の列の1番上だから唯宛に出したとは考えられないぞ」

「そうね・・・普通なら、唯さんを狙っている男子が拓真君の靴箱に入れたと考えるのが自然よね。ただねえ、さすがにこれを藤本先輩に話すと、拓真君と唯さんが付き合っている事がバレてしまうから言えないわねえ。かと言って山口先生の耳に入ると『トキコーの〇クセン』モード全開で犯人捜しに乗り出しそうで、もっとややこしい事になりそうだから、こっちにも話しにくいわ。でも、差出人が誰だという事よりも、拓真君と唯さんが付き合っているという事に誰かが気付いたという方が重要よ。ただ、校内有数の有名人である唯さんが拓真君と付き合っているという噂が全然聞こえてこないという事を考えると、差出人本人は気付いたけど、あえてその事を口外していないと考えるべきね」

「俺もそう思うぞ。でも、校内では俺と唯の立ち位置は以前と変わってないはずだぞ」

「ええ、私も以前と変わったようには見えないわ」

「だとしたら、俺が唯と二人だけで登校したり下校したりした事が何度もあるのは藍も知ってるだろ?だから、俺も唯も気付かないうちに誰かに目撃されたと考えるべきじゃあないかなあ」

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