第70話 自分自身のモチベーションを下げないために

 そう言って俺も舞も笑った。何となく暗そうな気がしたけど、この会話でいつもの舞に戻った。それはそれで良かった。多分、気にしていたんだろうな。

「そうだ、拓真先輩が『おはよう』コールでわたしを毎朝起こしてくれてもいいですよー」

「おいおい、俺はお前の彼氏じゃあないぞ」

「まあ、それもそうですね。あ、でも拓真先輩の事ですから、目覚まし時計が無くても彼女が起こしてくれるんじゃあないですか?」

「いやあ、うちはそんなアニメのような展開じゃあないぞ。実はさあ、うちは母さんが時間になっても起きてこないといきなり布団を引き剥がして『いつまでも寝てると弁当を作ってやる時間が無くなるから早く起きろー!』って怒鳴り込んでくるからなあ」

「へえー、そうだったんですかあ。じゃあ、今度、私がお弁当を作ってきてあげましょうか?それなら朝もノンビリ寝てられますよー。それに、何ならわたしが『おはよう』コールを担当してもいいですよ。さすがに朝からわたしが押し掛けて行ったら迷惑でしょうから遠慮しておきますけどね」

「おいおい、弁当を親以外の誰かに作ってもらったら、たちまち『佐藤きょうだいの兄貴にもついに春がやってきた』とか言ってクラスの連中が騒ぎだすぞ。だいたい、自分が目覚まし時計をセットし忘れているのに、他人を起こせるのかあ!?」

「あー、それはその通りですねー。見事に揚げ足を取られました。でも、満更ではない御様子ですね」

「まあ、そんな事をやってくれる奴がホントにいれば正直嬉しいのは事実だ。それはそれとして話を変えるけど、舞は来週の中間テストは大丈夫か?」

「うーん・・・正直な所、クラスのみんなも言ってますけど、中学の時とは授業のレベルも質も段違いだから苦戦しそうだというのが正直な所です。先週も今週もミニテストの結果は散々でしたからね。拓真先輩は特進コースのA組だから余裕じゃあないですか?」

「俺は見た目と違って全然余裕はないぞ。藍や唯、それに篠原のようにテスト前だというのにノホホンとしている奴がホントに羨ましいぞ」

「そうなんですか!?うちのクラスには早くも「追試確定だあ」とか騒いでいる男子がいますよー。わたしはそこまで酷くないですけど、せめて平均点を取れるよう、頑張る程度ですね」

「まあ、頑張れよ。期末テストからはもっと難しくなるぞ」

「はあい」

「ところで、舞がこんな遅い時間に帰るってことはミステリー研究会の帰りか?」

「はあい、そうですよー」

「そうか・・・新しい超常現象や怪奇現象は見付かったか?」

「さすがにそれは無いですよ。拓真先輩はどうなんですか?」

「俺はそれらしい話は聞かないし、体験もしてないぞ。それは藍や唯も同じだ」

「いっその事、平川先生を七不思議の1つに昇格させましょうか?」

「あー、それはいいかも。さっきも篠原が『昨日、新しい按摩器の実験台にさせられたけど、1時間もしないうちにモーターから煙が出た失敗作だった』とか言ってボヤいてたぞ」

「へえ、相変わらずですね。篠原先輩のボヤキが想像できますよー。まあ、教師を七不思議扱いにしたら、さすがに教頭先生とかが怒りますから冗談ですよ」

「それもそうだなあ」

 と、二人で爆笑となった。でも、たしかに平川先生の珍発明は篠原から耳にタコが出来るくらいに聞かされているから、マジで平川先生を七不思議の1つに昇格させたいくらいだ。村山先輩も案外乗り気かもしれないなあ。

 かなり二人で笑っていたけど、急に舞は真面目な顔になって

「ところで、本気で『おはよう』コールをやって欲しいなら言って下さいね。わたしも頑張りますよー」

「うーん・・・そうだなあ、舞が学年の平均点でなく、1年A組の平均点以上を全教科で取れたら頼もうかな」

「えー!いきなりハードルを上げましたね。たしか以前、藍先輩が言ってましたけど学年の平均点とA組の平均点はどの教科も10点以上違うんですよ!!」

「だからこそ、篠原の凄さが分かるだろ?あいつは普通科クラス所属で、普通科の授業を受けている。A組はただでさえ金曜日以外は1時間授業が多いし、主要5教科の教科書は同じでもテキストに違いがあり、あきらかにA組の方が濃い授業を受けながら、全クラスで同じ問題が出題される。まあ、5教科以外は同じ内容の授業を受けてテストも同じ問題が出題されるのは間違いない。にも関わらず、篠原は満点か、満点に近い点数を全教科で毎回叩きだす。特待生でもありA組所属の藍も唯も敵わないような、まさにバケモノだ。篠原がいなければ、学年の平均点はもう少し下がっているぞ」

「はー、そんな凄い人物が普通科にいるとは、トキコーも恐ろしい学校ですね」

「でも、さすがに普通科所属の舞にはハードルが高すぎるからなあ。まあ、半分以上の教科という事でどうだ?」

「いいでしょう。さすがにわたしにも得手不得手はありますが、多分、文系ならA組と互角以上に戦える自信があります。あとは数学と理科系3教科の物理、化学、生物地学をもう少し頑張れば・・・」

「どうだ、やる気が出て来ただろ?」

「あー、拓真先輩、わざとわたしのやる気を起こさせる為に言いましたね!どうせ後で約束を反故にするつもりなんでしょ!?」

「まあ、さっきの舞の話を総合すると、普通科の平均点も厳しいって言っていたから冗談のつもりだったけど、言ったからには責任は取るぞ」

「その言葉に二言は無いですよね」

「ああ、無い」

「やったあ!・・・とは言ったものの、現実は結構厳しいですよ。まさにトホホですよ」

「頑張れよー。お、この駅で降りるんだろ?」

「あ、もうそんな時間なんだあ。よーし、今日から本気で頑張りまーす!」

 ドアが開いたので舞は軽く右手を上げて降りて行った。そのまま舞は階段を上がって行ったが、その走って行く姿は元気そのものだ。

 俺はそのまま一人で次の駅まで乗って、歩いて家まで帰った。帰ったら既に藍も唯も帰ってきていて、夕飯の支度も出来ていたので母さんを含めた4人で夕飯を食べた。夕飯を食べながら俺は帰りの東西線で舞に会った事を話し、目覚まし時計をセットし忘れたので遅刻しそうになったという話をしたら、母さんから「あんたは目覚まし時計が鳴っても起きない子だから、人の事を心配するより自分の心配をしなさい」と突っ込まれ、藍や唯にも笑われた。

 夕食後はいつも通りシャワーをして、その後はクソ真面目にテキストと問題集を開いて中間テスト対策の勉強を始めた。俺の成績は自慢ではないが国語と数学系の問題以外はA組のほぼ平均だ。まあ、舞に「半数以上の教科でA組の平均以上」という課題は、実は俺自身の最低限の課題でもあるのだ。舞に言ったセリフは、実は唯から言われたセリフそのものであり、俺自身が唯から「最低このレベルでないと困る」と耳にタコが出来るくらいに聞かされているからだ。俺は今のところ全教科A組の平均点以上をなんとか稼いでいるが、さすがに後輩である舞には負けたくないから、自分自身のモチベーションを下げないためにも、そして『佐藤きょうだい』最低にならないようにする為にも、頑張る必要があるのだ。

 珍しく日付が変わる位まで真面目にテスト勉強していたけど、さすがにこの時間までやったから大丈夫だろうと思い、今日は普通にベットで横になった。いつもならここでをやってしまうのだが、さすがに今日は疲れていたのか横になった途端に寝てしまった。


 そして、次の日の朝、目覚まし時計すらかけてなかったので母さんが

「いつまで寝てるのよ!!(#^ω^)」

と、朝からご機嫌斜めになって俺の布団を引き剥がした。

「拓真!昨日の今日でしょ!!藍ちゃんや唯ちゃんも起きてご飯を食べているから、さっさと起きてご飯を食べなさい!!」

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