第40話 重い宿題

 さすがに食べる物がなくなったし、コーヒーばかり飲んでいる訳にもいかないので、このあたりでお開きにしようという事になり、俺たち4人は立ち上がった。

 高崎さんと藍は「ちょっと、失礼しますね」と言って、トイレの方へ向かった。だから、俺が全員分のトレーを片付けた後、入口付近で山口先生と並んで二人を待つ事にした。

 だがその時、山口先生はいきなり俺の首の部分に左腕を回し、俺に寄り掛かるようにして小声で喋り始めた。しかも、超がつく位に真面目な顔をして。

「佐藤拓真・・・二人を支えてやれよ」

「へ?」

「お前が佐藤唯と付き合っている事は、先生は既に知っている」

「い、いつから知ってたんですか?」

「去年の冬休みの少し前からだ。お前たちが仲良く手を繋いで歩いていた所を何度か目撃しているし、しかも昨日、お前と佐藤唯が仲良く食事している所を先生は見ていたからな。さすがに会話までは分からなかったが結構いい雰囲気のように見えたぞ」

「じゃ、じゃあ、藍は、藍の事は?」

「佐藤藍は今日が初めてだ。さっき、お前たちに会って最初に言った話は半分は合っているが半分は嘘だ。佐藤藍が泣きながらお前と歩いていた所を先生は見ていたからな」

「はー、まるでストーカーですね」

「今日はみなみと会う為、昨日は大学の同級生に久しぶりに会った後の帰り道、どっちも偶然だ」

「偶然にしては出来過ぎですよ。怖い位ですー」

「・・・さっきのお前たちの会話を聞いて気付いたが、まさかとは思うが、佐藤藍はお前の元カノか?」

「・・・その通りですよ。でも、いや、間違いなく、俺と藍の関係を知っている人は誰もいませんよ。もちろん、唯も気付いていません」

「・・・姉は元カノ、妹は今カノ・・・しかも、姉はお前と妹の関係を知っているが、妹はお前と姉の関係を知らない。そういう事で間違いないな?」

「そうですよ」

「なら、お前と佐藤藍の本当の関係を佐藤唯には絶対に言うな。ほぼ間違いなく、あいつの性格だからヒステリーを起こして、その瞬間あいつは壊れる。そうなったら全て水の泡だ」

「それが分かるなら、あんな事を言わないで下さいよー。藍が本気で俺を取り戻そうとしたらどうするつもりだったんですか?」

「だが、あれくらい言わないと、今度は佐藤藍が壊れる・・・そうだろ?」

「ええ、多分・・・俺の見立てでは、藍もかなり危ないですよ」

「だろうな。多分、二人共、お前だけが心の拠り所なのだろ?お前には辛い役目を背負わせる事になったが、先生はお前なら二人を助けられると思っている。今は形の上では二股だが先生は気付かない事にするから安心しろ。二人が独り立ちできるようになったら、その時には本当に好きな方を選べ。佐藤藍、佐藤唯のどちらを選んでも、先生はお前の決定に文句をつけないから、二人を頼んだぞ」

「・・・分かりました。頑張ります」

「ああ。期待してるぞ」

 こう言うと山口先生は左腕を俺から離した。そして高崎さんが先に戻ってきたので、何事もなかったかのように高崎さんと一緒に店を出ていった。藍が来たのはその直後だった。

 俺は山口先生から重い宿題を背負わされた事に気付いた。だが、考えようによっては、藍と唯の両方と付き合う事を黙認してくれるという事であり、今すぐにどちらかを選べと言われた訳ではないのだ。ある意味、気は楽になった。

 ただ、いずれ、俺は藍と唯のどちらかを選ばなければならない。あくまで山口先生が自分の主義を捻じ曲げてでも二股交際を認めてくれるのは、藍と唯が精神的に安定して俺がいなくても大丈夫になる迄だ。

 その時に俺は、どう決断すればいいのだろうか・・・。


 どちらを選んでも、その先に待っているのは修羅場だ。

 そして、俺たち「佐藤きょうだい」は、その時点で崩壊する。

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