第41話 今だけは昔に戻っていいわよね
藍は俺の所へ来たけど、キョロキョロと左右を見ている。
「あれー、拓真君、先生たちは?」
「あー、もう行ったぞ」
「そっかー・・・じゃあ、私たちも行きましょう」
そう言うと藍はマイスドを出て、俺は藍に続く形になった。
でも、この後、藍はどこへ行くのだろう・・・。
「藍、この後どうするんだ?まさかと思うが、このまま学校へ行って運動部の連中に見せびらかすなどという事はしないよな?」
「まさかあ。そこまでやる程、私は大胆じゃあないわよ」
「じゃあ、どこへ行くんだ?」
「伊勢国書店」
「本でも買うのか?」
「そうよ。村上夏樹さんの新作を買いに行くわ」
「学校帰りに行けば良かったんじゃあないのか?」
「駄目。わざと買わずにいたんだから」
「はー・・・これが目的だったのかよ」
「そういう事。じゃあ行くわよ」
「はいはい、じゃあ行きましょう」
そう言うと俺たちは並んで歩き出した。
大型連休中なので、大通りを走る車の数は随分少ない。観光客が目立つ大通り周辺から駅前通りへ向けて俺と藍は伊勢国書店へ向けて歩き出した。
俺はその気はなかったのだが、途中で藍が俺と手を繋ぎたいと言い出してきた。俺は断るつもりだったけど、藍がそのクールな目を俺に向けた事で、あっさり俺は白旗を上げた。やはり俺は藍に頭が上がらないのだと改めて思わされた。
「今だけは昔に戻っていいわよね」
そう言われたら、俺も反論できない・・・『今だけ』という時間が、どこまでを指すのかが分からないけど、藍の好きにさせるしかなさそうだ。俺は黙って左手を藍に預けた。
だから、どこからどう見ても、俺たちの関係は姉弟ではなく、カップルが手を繋いで歩いているとしか思われてない筈だ。しかも藍はニコニコ顔で歩いている。そう、普段の藍からは考えられないような笑顔である。そのクールな顔、クールな目、そして、そのクールな口調から「A組の女王様」として熱烈な支持を得ている藍とは別人みたいだ。それと、これだけの笑顔は、以前には見せなかった筈だ。以前は時折ニコッとほほ笑む事はあったけど、ここまでの笑顔を俺に見せる事はなかったという事は、何らかの心境の変化があったのか?それとも、山口先生の後ろ盾を得たという勝者の余裕なのか、そこは分からない。
でも、ここで俺が不貞腐れたような顔をしていたら、藍も怒りだすだろう。だから、俺も邪念を捨てた。いけない事だとは思いつつも、今だけは藍の彼氏だ、唯は妹だ、そう思う事で自分を納得させた。
俺たちは信号が赤に変わったので横断歩道の手前で青に変わるのを待っていた。この横断歩道を渡れば伊勢国書店に着く。ここはスクランブル交差点なので、俺たちは斜めに横断する形だ。
「藍・・・村上夏樹の新作って何だ?」
「あれ?拓真君、あれほどの話題作を知らないなんて、酷くない?」
「悪かったな。俺はその手の話には興味がないんだよ」
「そうね。あの長田君や篠原君なら知ってる筈だけど、拓真君に期待する方が無理ね」
「篠原は雑学の分野としてタイトルと大まかなあらすじ、長田なら、下手をしたらどのページにどんなセリフがあったという所まで覚えているだろうな。だが、俺たちは三人一組でトキコーのクイズ同好会だ。お互いの得意分野で相手の不得意分野をカバーし合っているのだから、これで問題ない」
「まあ、たしかにそうね。得意分野が重なっている特化型は、その分野に対しては最強かもしれないけど、それ以外に関しては素人同然だからあっさり敗退決定よね。でも、話題作のタイトルくらいは覚えておいても損はないと思うわよ」
「タイトルねえ・・・えーと、当て字じゃあなかったかあ。なんか漢字を組み合わせて無理矢理数字に置き換えたタイトルだったような・・・」
「あっきれた。
「へえ。じゃあ、それを読み終わったら、俺にもその本を貸してくれ」
「いいわよ。せめて篠原君並みに覚えてね」
「へいへい、女王様の言いつけですので、守らせていただきやす」
「拓真君、あまりふざけていると鉄槌を下すわよ」
「うわっ、目がマジだ。真面目に読ませてもらいます」
「分かればよろしい」
そう言うと藍はニコッとして前を向いた。
が、突然、藍は驚いたような顔をしたかと思うと俺の左手から自分の手を離した。そして殆ど肩が触れ合うくらいの距離であったのに、少し距離を置いた。そう、普段、俺たちが学校で並んでいる時と同じ距離に。
「拓真君・・・今日はこれでおしまい。いいわね」
「へ?・・・まあいいけど、何かあったのか?」
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