第35話 後ろ盾

 俺も藍もその言葉にビクッとなった。そして藍は慌てて俺を掴んでいた手を離した。

 俺と藍は顔を互いに見合わせた後

「「もしかして、この声は・・・」」

 俺たちは恐る恐る後ろを振り返った。そう、そこには俺たち2年A組の担任、山口久仁子先生が立っていたのだ。

「まあ、さっきのは冗談だ。先生は誰と誰が付き合うとか、そういう事についてとやかく言う気はないぞー。ただ、教師としての立場上、最低限の守るべき事は守れとだけ言っておく。おー、それと佐藤藍、どうしたー、顔色が悪いぞー。もしかして、佐藤唯やクラスの連中に黙ってデートしていた所を担任に見られたから、どうやって言い逃れしようかと考えているんじゃあないだろうなあ」

 そう言いつつ山口先生はニヤニヤして俺たちを交互に見ている。そりゃあそうだろ、何しろさっきまで俺と藍は腕をがっしり組んで歩いていたから、それを見たら、どう考えたって、それなりの関係であるとしか思えないし、だいたい山口先生は俺と藍が一緒に住んでいる事を知っているのだ。だから俺が藍に簡単に手を出せる状況なのを分かっている。それを知っていてなおかつニヤニヤしているのだから、ある意味、生徒以上に見られてはいけない人に見られたという事でもある。

「や、山口先生・・・いつ俺たちの事に気付いたのですか?」

 俺は恐る恐るといった感じで山口先生に聞いてみた。藍はいつの間にか顔が真っ青だ。さすがの女王様といえども、苦手な人はいるみたいだ。俺も正直言って、トキコーの生徒に見付かるのは覚悟していたけど、教師、しかもクラス担任に真っ先に見付かるとは思ってなかったから、正直、どういうリアクションを取ればいいのか分からない。

 山口先生はそんな俺たちの反応を楽しむかのようにニヤニヤしながら

「あー、つい先程だ。佐藤藍に似た奴が男と腕を組んで歩いている事に気付いたから、こっそり近づいてみたら本物だったし、しかも『A組の女王様』とは思えないようなニコニコ顔でデートしていて、さらに言わせてもらえれば、その相手が義理とはいえ弟だからなあ。これはいいネタになると思って、ついつい声を掛けてしまったという訳さ」

 そう言いつつ、右手の人差し指と中指を立ててVサインを出した。特ダネをゲットしたと言わんばかりだ。

「山口先生!この事は誰にも言わないで下さい。お願いします!」

 藍がいきなり先生に頭を下げた。その態度からは、とてもではないが『A組の女王様』と呼ばれている藍の面影は微塵もない。俺も藍に倣って頭を下げた

「山口先生、すみませんでした・・・出来れば誰にも言わないで欲しいんですけど・・・特に唯には・・・ダメですかね」

「安心しろー。先生はこういう事に関してはとやかく言う気はないし、だいたい誰と誰が付き合っているなどという噂を立てた所で、面白くも何もないからなあ。ただし、佐藤拓真!もし佐藤藍を見捨てて佐藤唯に乗り換えるとか、あるいは二股をかけるようなら、その時には容赦なく先生がお前のアレを切り落とすから覚悟しておけ!」

 そう言うと山口先生は藍にドヤ顔をした。

 俺はその言葉を聞いて「ヤバイ事になった」と思った。どうも山口先生は藍と付き合う事に関しては黙認してくれるようだが、唯と付き合うのなら、その時には俺を許さないぞと言っているのと同じだ。つまり、山口先生は俺に対して『付き合うなら藍にしろ』と言ってるような物だ。

 その言葉を聞いた藍は右手で敬礼しながら

「はい、分かりました。拓真君を唯さんに取られないよう、私も精進します!」

「よーし、その意気だ。先生はお前を応援するぞ!」

「はい、ありがとうございます」

 そう言って藍はニコっとして俺に振り向いた。

 おいおい、これはマジでヤバイ事になった・・・藍は山口先生という強力な後ろ盾を得たのも同然だ。俺は校内でも、校外でも唯と付き合っているという事がバレたら山口先生の逆鱗に触れる事になる。

 山口先生は男女交際に関しては基本的に黙認している。いや、誰かから恋愛相談されると、キューピッド役を引き受けてでも仲を取り持つ事をやってくれるとして特に女子の間では有名なのだ。その代わり、男も女も、二股・三股などという事が発覚した場合は容赦しない。だから、山口先生がキューピッド役をしたカップルが「別れる」などと言い出すのはので少なくとも卒業するまでは絶対に別れないという事でも知られている。そうなると藍は今まで以上に俺に対し積極的に絡んでくる筈だ。マジで勘弁して欲しいぞ。

 ところで・・・どうして山口先生は連休中の大通り公園に一人でいるんだ?まさかとは思うが・・・

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