第12話 俺は唯を・・・

 でも、その時に1通のメールが入った。

『一緒に帰ろう。唯より』

 俺はこのメールを見て俄然調子が上がってきた。今まで唯の方から一緒に帰ろうと言い出した事が無かったからだ。たしか藍は各部・同好会がこの後に違法勧誘しないかを監視するため放課後の風紀委員としての巡視がある。下校はかなり先だから、藍が俺に構う事は有り得ない。まさにこれはラッキーな事だ。

 俺は素早く唯に返信すると以前の時と同じくA組で唯が来るのを待っていた。既に教室には誰も残ってない。30分程したら唯が現れたから、並んで、とは言ってもくっつきすぎると勘繰られるから、それなりの距離を保って歩き始めた。この距離は俺たちが1年生の1学期から変わってないから、誰も怪しむ事はありえない。

 そのままの距離を保ちつつ、俺たちは正門を出て地下鉄の駅に向かった。

 歩きながら唯は今日の出来事を色々と話し始めた。

「それにして、また唯とたっくんの席が隣とはねえ。まあ、それは藍さんも同じだけどね」

「まったくだ。それにしても山口先生も細工した訳でもないのにこの結果には驚いてたよな」

「そうね、クジを引いた本人が一番びっくりしたような顔をしてたからねー」

「ところで、何で一緒に帰ろうって言い出したんだ?」

「えー、それはさあ、帰る方向が同じだからに決まってるでしょ?今までは唯はわざわざ地下鉄の切符を買ってたけど、今は同じ定期だから堂々と一緒に地下鉄に乗れるからねー」

「あー、たしかにそうだ」

「でも、あんまり近寄りすぎると怪しまれるから、結構気を遣うのが難点ね」

「うーん、それは同感だな」

「じゃあ、朝はお姉さんとはどういう距離で歩いていたの?」

「!!!」

 俺は沈黙してしまった。まさか唯に『実は肩を寄せ合っていた、腕を組んでいた』とは言えないからだ。俺が浮気した、あるいは藍に乗り換えたとか思われたら、今の唯では間違いなく暴走どころでは済まない、下手をしたら人格が崩壊するはずだ。

「どうしたの?何かあったの?」

「あー、いやー・・・藍も俺との距離をどうすればいいのか分からないみたいだったから、とりあえず3月までと同じでいいんじゃあないかって感じで歩いたぞ。だから誰も俺たちがきょうだいだって事に気付いた様子はなかったさ」

「ふーん、そうだったんだあ」

「俺たちもこの距離のままでいいか?」

「あー、いいと思うわよ。さすがに副会長が同級生と肩をくっつけ合って歩いていた、腕を組んで歩いていたとか騒がれたら面倒な事になりそうだからね」

 おいおい、俺はその『面倒な事』になる寸前だったんだぞ。しかも未遂ではなくて事実だったのだから、ホントに誰かに見付かっていたら藍はどうするつもりだったんだ?

 そのまま俺たちは南北線に乗って、大通り駅からは東西線に乗って帰ったが、その間はずっと喋っていた。今までの空白期間を埋めるかの如く、次々と話が出て来て、時間が普段よりも早く進んでいたのではないかと思えた位だ。そして、それは地下鉄を降りた後も変わらなかった。

 俺と唯が家に帰って来た時、まだ母さんはWcDから買ってきてなかった。多分、仕事帰りに買い物もしてくる筈だからまだ先の話だ。

 だから俺は何も考えず階段を上がって自分の部屋に行き、唯もついてきたので鞄を床に置き、クッションとかを用意してなかったからベッドを椅子代わりにして、さっきまでの続きの会話を続けた。

 そのまま多分、10分以上唯と話をしていたと思う。

 だが、ここで俺は気付いてしまった。唯は俺の左側にいる、しかもベッドを椅子代わりにして俺と無邪気に喋っている。そして、このシチュエーションは・・・あの夢の中に出て来たシチュエーションと同じだ・・・あの後、俺は唯を・・・ダメだ、あれは俺の夢の中での出来事だ。そんな事をしたら俺たちきょうだいは破滅に向かう、絶対にダメだ。

 だが、唯はそんな俺の葛藤を知らないかの如く無邪気に話している。俺は話を合わせつつ、自分に言い聞かせた。唯は俺の妹だ、唯は俺の妹だ、唯は俺の妹だ・・・何十回自分に言い聞かせたか分からない。

 ダメだ、もう抑えきれない!!


「きゃっ!」

 その声に俺はハッとなって我に返った。

 俺は・・・自分の両手を唯の肩に当て、唯をベッドの上に押し倒していた。そう、あの夢の中と同じように、そして、あの時の藍と同じように・・・

 夢と違うのは、唯の顔が恐怖で引き攣っていることだ。唯は自分がどういう状態になっているのかという事に気付いて、あきらかに動揺して、今にも泣き出しそうな顔だ。俺の夢の中では、唯は何も言わずに素直に目を閉じたのだが、今の唯は両目を開き、いや、恐怖に怯えたような顔をして俺を見ている。

 俺は自分が何をしようとしていたのかに気付いた。そして、唯の両肩に当てていた手を離し、ヨロヨロとした感じで立ち上がった。

「す、すまない・・・俺が悪かった」

 そう言って俺は唯に背中を向けた。とてもではないが唯の顔を見られない。

「ううん、たっくんは悪くない・・・こんなシチュエーションになったら、こういう展開になってもおかしくないという事に気付かなかった・・・3月までなら、唯は素直にたっくんを受け入れた筈・・・でも、今はそういう気分になれない・・・約束する、いつか必ず、唯の初めてをたっくんにあげるから今は勘弁して・・・」

 それだけ言うと唯は泣き出した。

 

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