第3話 学校へ

 今日は本来なら新学期最初の登校日ではない。だが、藍も唯も生徒会メンバーの一員として、明日の入学式の準備や事前作業のため学校に行かねばならない。だからそれに合わせて俺も学校に行く。正確には俺と母さんも学校へ行き、藍と唯の事で学校側に事情を説明に行くのだ。

 藍と唯の登校時間は普段と同じだ。だが、俺は本来登校する義務はないので時間に縛られる必要はない。でも、母さんが車で一緒に乗せて行くと言ったので時間に間に合うよう準備し始めた。

 朝食の時は俺はジャージ、藍と唯はパジャマの上に1枚セーターを羽織っていたが、今は三人共制服に着替える為、自室に戻った。

 藍も唯も本当はもう少し広い部屋が欲しかったのだろうが、お互い、親戚から邪魔者扱いされて行く場所が無かったというのを知っていたから文句を言わず使っている。その証拠に二人共にかなりの荷物をリサイクショップに持ち込んだ事でも分かる。

 俺はジャージを脱いでトキコーの制服に着替えた。学年が変わったとはいえ学年指定色のネクタイは変わる事が無いので、今年も俺たちのネクタイは水色だ。参考までに今年の新1年生は昨年の3年生が使っていた赤であり、今年の3年生は緑色だ。俺が制服に着替えて居間で待っていると次に降りて来たのは藍だった。当然だが俺と同じ水色ネクタイを着用し、クリーニングしたばかりの制服をビシッと決めている。さらに背中まであるストレートの黒髪を右手でさらりと払う仕草は、その口調と相まって「A組の女王様」と言われているだけの貫禄を見せている。さらに言えばそのスタイルは見る者を魅了する。スラリとした長い手足にモデル顔負けの美貌と胸の大きさ・・・本人は教えてくれなかったが俺の見立てで推定Eカップ、まあ、本当はDカップだと思うけど、それでも高校生男子にとっては目の毒だ。

 それに引き換え、唯はかなり手間取っているようだ。髪はショートなので藍より手入れは楽だと思うのだが、いまだにドタバタという音がしているという事は何か探し物でもしているのだろうか?

 ようやく唯が降りてきた。どうやらお気に入りのヘアピンが見つからなくてドタバタしていたようで、そのヘアピンをつけての登場だ。

 この辺りが子供っぽい所であり、その話し方や仕草、妹キャラを地で行くような可愛らしさと愛嬌のある笑い方が人気を醸していて、ついたあだ名が「A組の姫様」。ギリギリ貧乳ではない、微妙な推定Bカップの所も姫様と呼ばれる所以でもある。

「遅いわよ!いくら何でも待たせすぎです」

「あー、すみませーん、ちょっとドタバタしちゃって」

「はー、それでも生徒会の副会長ですか?」

「いやー、それを言われると何も言い返せないですねえ」

「拓真君を見なさい。一番早く降りてきて私たちを待っていてくれたのですよ。少しは見習いなさい」

「だってー、たっくんは別に髪の手入れが必要ないし、それに身だしなみに気を遣う必要がないから一番早いのが当たり前でしょ?」

「だから、その『たっくん』はやめなさい。『拓真君』と呼びなさい!」

「えー、別にいいじゃん」

「あのー、父さんも母さんも唯が俺の事を『たっくん』と呼ぶ事に反対してないから別にいいのでは?」

「はー、拓真君まで唯さんを甘やかして・・・仕方ありません、『たっくん』で結構です。ですが『お姉さん』は勘弁して下さい。少なくとも学校で『お姉さん』は禁句です!」

「あー、それは唯も言わないつもりだよー。だって、さすがに学校で『お姉様』とか言ってたら百合の世界に入ったのかと勘違いされるからね」

「唯さん!」

「あー、ゴメンゴメン、ちょっと言い方が悪かったですー。すみませんでした。とにかく、学校では今まで通り『藍』って呼べばいいのね?」

「姉に向かって呼び捨てとは何事ですか?『藍さん』と呼びなさい!」

「うわっ、さすが女王様ですね・・・まあ、別に唯は『藍さん』でも構わないので、学校では『藍さん』にしまーす」

「出来れば家でも『藍さん』にして欲しいのですが・・・これ以上言っても無駄のようですね。はー」

「じゃあ、藍さんも唯も、母さんがエンジンを掛けて待っているから行くぞ」

「・・・あのー」

「ん?藍さん、何か俺に言いたい事でもあるのか?」

「・・・いや、やめておきます」

「???」

 こうしてようやく姉妹の揉め事(?)が一段落して俺たちは母さんが運転する軽自動車に乗り込んだ。

 唯は本音では俺と一緒に後部座席に座りたかったようだが、やはり母さんには俺との関係を話せないでいるので、素直に藍と一緒に後部座席に座り、俺が助手席に座っている。

 だが、想像していたとは言え、車内は重苦しい空気に包まれている。あきらかに母さんは一生懸命話し掛けようとしているのだが、母さんと藍、母さんと唯の間だけしか話が噛み合わないのだ。たまらず俺が車のラジオのスイッチを入れ、しかもボリュームを大き目にした事で会話は中断し、その後は喋らなくなり・・・いや、正確には俺と母さんの間の会話だけになり、後ろの二人はお互いに外の景色を見ているだけで決して相手の顔を見ない。

 この二人、決して仲が悪いとは思えない。むしろ、藍は藍なりに姉として俺と唯との仲を壊さないよう必死になっているように思えてならないのだが、唯はある意味無頓着に俺と今カレ・今カノの関係なのをいい事にして、妹だけど藍より上だと言いたがっているようなのだ。それは昨日の朝、パンを焼くという些細な事で不機嫌になった事でも容易に想像できる。

 ただ、さすがに唯もうちに来て早々「私は拓真さんの彼女です」とは言い辛いのも分かる。親戚中で邪魔者扱いされていた所を拾ってくれたという気持ちがあるから、父さんと母さんの前では、ちょっと天然が入った女子高生として振舞っている。ある意味、自分の本性を曝け出しているが本音を喋っている訳ではない。

 そうこうしているうちに母さんが運転する車は学校に到着し、母さんはお客様用駐車スペースに車を止めた後、生徒用玄関から建物内に入った。新しい靴箱の位置は既に表示されていた・・・まあ、結論から言えば俺たちの場所は去年と一緒なのだが、そこに入れた後、四人で職員室へ行った。

 職員室へ入ったら、一番先に行ったのは新渡戸にとべ稲蔵いなぞう教頭先生の所だ。今年の担任が分からないので教頭先生の所へ行き、母さんが簡単に事情を説明した。

 当然、教頭先生も前代未聞、寝耳に水と言った感じで頭を抱え込んでしまった。教頭先生は藍と唯の父親の葬儀には顔を出しているので、藍と唯の両親が亡くなった事は既に知っている。だが、その藍と唯が同級生の俺の家と養子縁組をしたというのを聞かされたから、何を言えばいいのか分からなくなってしまったようだ。

 ただ、藍と唯は生徒会役員としての仕事があるのでここで職員室から退室して生徒会室へ向かった。やがて教頭先生は手元の内線電話で校長室へ連絡し、その判断を仰ぐ事にした。

 その電話が終わると教頭先生は俺と母さんを校長室へ案内した。校長室へ入ると俺と母さんはソファーに座るよう促され、そこに座った。さらに2人の先生が入ってきて、合計6人で話し合うようだ。俺の左には母さん、正面には教頭先生、母さんの正面に松浦まつうら武司たけし校長先生、俺の右前の席には昨年の担任だった榎本えのもと武明たけあき先生が座っている。さらに母さんの左前の席には昨年は1年C組の担任だった山口やまぐち久仁子くにこ先生が座っている。という事は山口先生が今年の俺たちの担任という事だな。

 この6人が揃った所で改めて母さんが藍と唯と養子縁組した事を伝え、その証拠として戸籍謄本の写しを校長先生に見せた。そして、元々俺と藍、唯は玄孫同士であった事と養子縁組するに至った経緯を簡単に説明した。

 その話が終わった後、教頭先生から「去年の担任の榎本先生で社会の担当」「今年の担任の山口先生で国語の担当」と紹介され、さらに教頭先生が個人の意見として見解を述べた

 最良なのは3人を別々のクラスに分ける事なのだが、俺たちはいわゆる特進コースにあたるA組であり、特進コースは学年に1クラスしか無いので3人を別々のクラスに分ける事は出来ない。かと言って、特進コースの生徒を普通科クラスに編入させる訳にもいかない。過去に在学中に生徒同士がきょうだいになる例はあったが普通科クラスだったので別々のクラスに分ける事で対処できたが、1クラスしかない特進コースで、しかも3人同時というのは記憶にないと言った。

 でも、一つだけ救いがある。俺たち3人はきょうだいになる前から「佐藤藍」「佐藤拓真」「佐藤唯」つまり、三人共に同じ姓なのだ。既にクラスの大半の人が藍と唯の親が亡くなった事を知っている(まあ、葬儀に大半が出席していのだから当たり前だ)が、義理のきょうだいになった事を知っている人はいない筈なので、教頭先生としては、特に公表はせず今まで通りに接していきたいと述べた。それについては山口先生も榎本先生も同じ意見であり、母さんも同意したので、とりあえずの決着を見た。ただ、教頭先生は職員会議で確認して文書で返答するとも述べ、最終的に校長先生も了承した。

 ただ、教頭先生からは冗談交じりの顔と口調ではあったが、くれぐれも藍と唯に手を出すなよ、と言われ、俺は昨晩の夢の事を思い出して苦笑いをするしかなかった。厳密に言えばまだ俺は藍とも唯ともやってないけど、言われなくても、それがきょうだいの崩壊を意味する事くらいは分かっているつもりだ。

 俺と母さんの用事はここまでだ。藍と唯は明日の準備作業などでお昼近くまでかかるので、その時間まで残っていると母さんの仕事に間に合わなくなる。それは朝食の段階で藍や唯にも言ってあったので、この話が終わった段階で俺と母さんは車で帰る事になる。そして、俺は藍と唯にメールで先に帰ると連絡した。

 だが、ここで俺はミス、まあ小ミスを犯した。でも、その時には何もミスを犯したとは思ってなかった。

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