立春の死神
キジノメ
1話目
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ナナハル @seven_spring・1月8日
溢れる毒を拭い己の口へ運ぶ。耐えきれず吐
き出した物はヘドロを思わせる汚さだ。また
吐き、それを口へ運ぶ。断じて許すことは無
い罪を思い、毒を飲み込む。真っ黒に染まっ
た身体が教会へ行くことは可能だろうか。決
して許されない罪の贖罪を願い、十字架に祈
る。あわよくば断罪の剣を。#140字小説
ナナハル @seven_spring・1月12日
もう一ケ月もない。
ナナハル @seven_spring・昨日
春を希う死神は花見の供に命を連れていくと
言った。月光に輝く刃物が貫く先は己の心臓
か。投げやりに身を晒せば死神は笑い、怖く
ないのかと問うた。恐怖は微塵も無い。既に
生きていない者がなぜ死に恐れを抱くだろう。
口を三日月に歪ませ死神が笑う。静かでなに
よりだと刃を振りかざす。#140字小説
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どうせ放課後、廊下に誰もいない。そう思って私はスマホを片手に教室へ向かっていた。
面倒な日直日誌というのは高校でもあって、今日は私の担当だった。そう言っても書くことは何もない。冬だけど外は晴天だし、授業もいつも通り。まあ、いつもと違うことを無理やり上げれば、みんなちょっと嬉しそうだったということ。そりゃあ、明日から入試休みだもんね。学年末もこの前終わったし、出された宿題の量はとても少ない。
でもこんなことを書いても、先生は微妙な顔をするでしょ。だから当たり障りなく適当に書いて、今は出してきた帰りだ。
職員室で先生とちょっと長話をしたから、部活の生徒以外、ほとんど残ってない。それにこの私立校はあまり部活動に力を入れてないから、部活をしている生徒も少ない。おかげで教室までの廊下はがらんどうだ。
そんな中、スマホを開いて何を見ているかというと――ツイッター。
……自慢出来ないけど、私は重度のツイッター依存症です。はい。
始めたのは去年、つまり高1の時。入学祝いにスマホを買ってもらって、友達に勧められるがままツイッターを始めた。
最初はやり方もあまり分からず、適当にその日にあった事とか書いてたんだけど、段々それもやめて。
私がのめり込んだのは、他の人の呟きを見ることだった。
ツイッターは、同年代、サラリーマン、主婦、芸術家、年配、もうありとあらゆる人がいる。それだけ考え方に数があって、1単語調べただけで全く違った意見が出てくる。
それがもう楽しくて楽しくて。自分と違う意見に触れた時、目の前の色が変わっていくのにわくわくして。
……気付けばフォロー数は700を超えている。フォロワーは友達や知り合いがしてくれるくらいだから、100ちょっとだというのに。
その中でも最近ハマってるのは、「140字小説」を読むことだった。
知ってるかな、140字小説。説明すると、ツイッターは1回に書き込める文字数に限りがあって、それが140字。で、140字小説はその上限ギリギリでちょっとした小説を書くこと。
小説と認めない人もいるだろうけど、私は好きだ。文字が少ないからこそ、例えがきらりと光っていて、はっとさせられる。そんな言葉の繋げ方があるんだ、と驚くばかりだ。
それで何人かはフォローしてるんだけど、そのうちの1人が「ナナハル」さん。アカウントは「@seven_spring」で、そのまま「七の春」。
プロフィールの画像は、絵で描かれた黒いウサギのぬいぐるみ。少し俯いている姿がとても彼らしい。ほぼ毎日のように140字小説を更新していて、苦しいものを吐き出すような言葉が並んでる。
今もアカウントを見れば、新たに1つあげていた。しゃぼん玉が出てくるというのに、どうして作品がこうも暗くなるのだろう。その暗さと言葉遣いが気に入って、私はいいねとリツイートをした。
ふと顔を上げると、自分の教室の目の前。さすが2年の1月になれば、階段から自分のクラスがどれくらい離れてるか覚えるみたい。ちょっと得意になって、ひとり鼻を鳴らした。
どうせ教室に誰もいないでしょ、と上機嫌でスライド式のドアを思いっきり開ける。反対側の壁にぶつかって、盛大な音を立てながら引き戸が激突した。
1歩教室に入り、思わず足を止める。まだ1人だけ、残ってました。
ぎょっとした顔でこっちを見てるのは、七瀬だ。同じグループになったらある程度は話すけど、別に仲が良いわけじゃない。国語が得意だって噂は聞いたけど、学年末のテストでは酷い点だったらしい。
「あー、ごめんね、七瀬。誰もいないと思って」
「びっくりした……」
意味あり気に黙るから、私は慌てて両手を振った。
「誤解しないでよね! いつもはこんな開け方しないわよ」
「まさか、思ってないよ」
にこっと感じよく笑って、七瀬は目を伏せた。どうやら手元にスマホがあるみたい。両手を素早く動かして、何かを打ってる。
他に話すこともないから、そこで会話が途切れた。ちゃっちゃと帰ろう、と私は鞄を取るため、自分の席へ向かう。
私の席は、七瀬の左隣。だから、通る時にちらりとスマホ画面が見えてしまった。青い鳥のマークがあるから、ツイッターを開いてるみたいだ。
本当に、覗き見をするつもりはなかった。でも、目に入ってしまって。
黒いウサギのぬいぐるみが描かれたアイコンが、目に入ってしまって。
「七瀬って『ナナハル』さん……?」
知らぬうちに口から言葉が出ていて、気付いた時には秒速でスマホの画面を閉じた七瀬が、こちらを凝視していた。
見つめあって、数秒。時が凍ったまま動かない。七瀬は絶句したままだ。
「あの、えっと、ごめん。見る気は無かったんだけど目に入っちゃって。そのアイコンさ、『ナナハル』さんだよね……?」
半笑いして小首傾げてみると、七瀬はぎこちなく笑った。
「……ナナハル、知ってるの?」
「ファ、ファンです」
「おお……」
疑わし気な目で見てくるから、私はスマホをタップし、自分のツイッターアカウントを見せた。
「ほら、これ私のアカウント。『潮里』」
私の名前は遠宮詩織。だから名前の漢字をいじって、それをアカウント名にしてる。
それを見ると、呆然と七瀬が呟いた。
「いつもリツイートしてくれる人……」
「やっぱり、七瀬が『ナナハル』さん?」
「あっ、え」
七瀬が口を覆う。じっと見ていれば、観念したように七瀬が頷いた。
「……そうです。俺がナナハルです」
「マジかー……」
「マジです。クラスメイトが知ってるなんて、俺こそ嘘だったらいいなって思うけど」
ネガティブな発言はスルー。私は感激するまま彼に言った。
「びっくり。私、本当に好きだよ、ナナハルさんの140字小説。言葉遣いとか」
「止めて止めて、それ以上言わないで」
微妙に赤くなってる七瀬は照れてるらしい。そしてぼそっと呟く。
「……消そうかな、アカウント」
「なんでよ!」
「だってクラスメイトに知られてるとか、恥ずかしすぎる」
「止めてよもったいない。別に誰にも言わないからさ!」
「俺も消したくないから消さないけど……」
あああ、と呻く七瀬。その気持ちが分からなくて、私は誤魔化すように笑った。
いきなり七瀬が頭を下げる。
「あの、いっつもこんな暗いのを気に入ってくれてありがとう」
自分でも暗いと思ってるんだ、という言葉は飲み込んで、私は首を横に振った。
「いえいえこちらこそ! 素敵な作品に出会えてよかったです」
「それは、恐縮です」
「いえいえ……」
2人で頭を掻き、なんだこれ、と我に返った。
オフ会か。
「そうだ」
そこで私は思い出して、彼のスマホの画面を指さした。
「前からナナハルさんに、聞いてみたいことがあったんだけどさ」
「もう七瀬でいいから。あんまりツイッターの名前、連呼しないで……」
「あ、ごめんごめん。でさ、これ」
私が指差したのは、ナナハルのプロフィール欄。今日はそこに、「あと2日」と書いてある。
毎日数字が減っていくプロフィール欄。私がフォローした頃には、もうカウントダウンが始まっていた。
「ああ、これ?」
七瀬はそう言って少し顔を背け、薄く笑い直した。
言いたくないんだよ、と言っているようだった。
「ちょっとね」
「そう……引っ越しでもするの?」
「引っ越し?」
「なんか、嫌そうにカウントしてるから」
たまに、七瀬はツイートでカウントに触れている。それは大抵「あと○○日か」とか、「もう○○日しかない」という、焦りとか嫌そうな感情が伝わる書き方だった。
それで私が思い出したのは、引っ越し。何度か体験したことがあるけど、住み慣れた家を去るというのが私は嫌で、引っ越しは嫌いだ。新しい場所は、疲れる。
それで言ったんだけど、違ったらしい。七瀬はきょとんとした。
「ごめん、私が勘ぐりすぎた」
「あー、いや、別に……。まあ、そんなもんだよ。うん、『引っ越し』みたいなもの」
「ふうん?」
明らかに違うと思うけど、曖昧に頷いておいた。まあ言いたくないことが明々後日に迫っているんでしょう。
そこでまた会話が途切れた。七瀬の目線もスマホに落ちたので、私は鞄を掴む。
「七瀬は帰らないの?」
ドアに向かいながら聞くと、彼は頷いた。
「もうちょっと、ここにいるよ」
「あ、そう。じゃあね」
「うん。さよなら」
感じよく互いに笑って別れた。
そうして休日中にまた会うなんて、思ってもいなかった。
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