193話

「なん……だ、ありゃぁ」


 フランク兵士達と共にクバサに戻ってくると、そこには異様な風景が広がっていた。

 翼竜種ワイバーン等の飛行系魔物を始めとして、人型や獣型など様々な魔物が四方八方からクバサに攻め込んでいた。


「アルカ様達が洞窟に入ったあたりで、いきなり押し寄せてきたらしいっす。アルバさん達のお仲間が今、迎撃してくれてるっすけど、なにぶん人数が足りなくて」


 フランク兵士は、焦ったような表情でそう説明する。

 確かに、フラム達は強い。

 が、それでも一人で対処できる範囲には限界がある。

 街中という条件のせいで、広範囲型の魔法も使えないというハンデを背負ってしまう。

 そうなると、じり貧になってしまうのは自明の理だ。

 とりあえずは、フラム達を手伝いに行かなければならない。


「グラさんは、アルカ様の護衛をお願い。俺とアルディはフラム達を手伝ってくる」


「いえ、私も行きます」


 安全の観点から、グラさんに護衛をお願いしたのだが、アルカはきっぱりとそう言い放つ。


「私は、試練を終えて王たる資格を得ました。次期王として、民が困っているのに自分だけ安全な場所に居るわけにはいきません。せめて……住民の避難の手伝いだけでもしたいのです」


 アルカは、真剣な表情でこちらを見ながらそう言う。

 俺としては、あんまり危険な目に遭わせたくないのだが……多分、彼女はガンとして譲らないだろう。


「危険だと思ったらすぐに逃げてくださいよ」


「分かりました」


「……という事で、グラさん。彼女を危険から守りつつ国民の避難の手伝いをお願い」


 グラさんならば、実力もあるし土魔法による避難の手伝いも余裕だろう。


「了解じゃ。お主らも気を付けろよ」


 グラさんの言葉に、俺とアルディは頷くとクバサへと急ぐのだった。



「うわぁ、中も酷いなぁ」


 王都へ入ると、そこには逃げ惑う国民の悲鳴と魔物達の怒号が入り混じっていた。


「きゃああああ!」


「ちっ! 石の矢ストーン・アロー!」


 翼を持ったゴブリンみたいな魔物に襲われている女性を見つけ、俺はすかさず魔法を放って魔物を倒す。


「大丈夫ですか⁉」


「は、はい……ありがとうございます」


「何があったか分かりますか?」


「いえ……私達も何が何だか……突然、魔物達が襲ってきて」


 もしかしたら事情が分かるかも、なんて思ったが、そう上手く行かないらしい。


「とにかく避難を……」


「アルバ、あそこに兵士の人が居るよ!」


 アルディの指差す先には、他の避難してきた国民を連れた兵士が居た。

 俺は、その人を呼び止めて助けた女性を任せる。

 一応この状況について聞いてみたが、やはり突然襲ってきたから分からない……という答えが返ってきた。


「原因は分かんないけど……とりあえず、ぶっ倒せば良い話だよね!」


 アルディの単純明快な言葉に、俺は呆れながらも頷く。

 そう、襲ってくるなら迎え撃てばいいだけである。

 原因やらなにやらは、落ち着いてから考えればいい。


「それじゃ、アルディ。やろうか」


「合点でい!」


 声を掛けると、アルディはガッツポーズをして答える。

 そして俺達二人は魔物殲滅の為に動き出す。


「アルバ様!」


 俺達がしばらく魔物に対応していると、マスケット銃を構えたフラムと剣を構えたジャスティナがやってくる。


「無事でしたのね!」


「そっちこそ、無事でよかったよ。被害状況とかって分かる?」


「今の所、死者は出ていないような。途中で、皇女様に会ったが彼女曰く避難は無事に終わったようだ」


 俺の問いに対し、フラムに代わってジャスティナが答える。

 なんと。そんな時間が経ってないような気がしたが、もう避難が終わったのか。

 まあ、俺達が来る前にも避難はしてただろうしこんなものか。


「それにしても、何だって急にこんなに魔物が……」


「恐らくだが……ワイズマン達だと思う」


 俺が漏らした言葉をジャスティナが拾って答える。


「え? ワイズマンって魔物まで操れるのか?」


 この世界では、魔物を調教できるというのは竜車で知っていたが、まさかこれだけ大量の魔物を操る能力がワイズマンサイドにあったとは思わなかった。


「いや、普通の魔物だとそんなのは無理だ。多分……こいつらは、ワイズマンの作った人造魔獣共……だ!」


 ジャスティナは説明しながら、襲い掛かってきた魔物を斬り捨てる。

 

「人造魔獣……」


 魔人の技術があるなら、それを利用して魔物を作り出すことも確かに可能だろう。

 しかし……これだけの数となると、一体どれだけの時間を費やしたのか。

 ワイズマンの行動力に戦慄しながらも、人造魔獣共を倒していくと、だんだん魔物共は、俺達相手では勝てないと察したのか近寄って来なくなってきた。


「ふん、魔物の癖に学習するとは……もどかしいったらないな」


 魔物共が距離を取る為、いまいち魔法が当たらなくてジャスティナは苛立ち始めていた。


「広範囲の魔法を放ちたいですが……街を巻き込むかもしれませんし」


 こんだけ攻め込まれてるのに、被害も何もあったもんじゃないと思うのだが、そこはフラムの真面目な性格故だろう。


「あーもう! 倒しても倒してもキリが無い! あんた達! 魔物なら怖がらないで向かって来てよね!」


 アルディもしびれを切らしたのか、ビシッと指差して怒鳴る。


「まったくだよねぇ……ケヒッ。もっと、勇気を持って行動してほしいよ……」


 アルディの言葉に答えるように、気色悪い声音が、魔物共の方から聞こえてくる。

 魔物共を掻きわけるように現れたのは、紫色の髪をだらしなく伸ばした小柄な男だった。

 頬はこけており、不健康な痩せ方をした男だ。


「クラージュ……っ」


 男の姿を確認すると、ジャスティナはギリっと歯を噛みしめながら言う。


「クラージュ?」


「ああ……元七元徳の一人で勇気のクラージュだ」


「ああもう……貴女から言っちゃったらダメじゃないですか。折角、満を持して登場したから自己紹介しようと思ったのに。それに……仲間に対して元、なんて酷くありません?」


「黙れ! 私を裏切っておいて図々しい! 本当なら、今すぐ貴様をたたっ斬ってやりたいところだ!」


「それをしないのは、ワイズマンの居場所が分からなくなるからでしょう?」


 クラージュの言葉に、ジャスティナは押し黙る。


「なんだか……口調は丁寧ですが、嫌な方ですわね」


「うんうん、陰険な性格だよね」


 俺の後ろで、フラムとアルディがそんな事を話している。

 いやまぁ、俺も同じ考えだけどな。

 見た目も相まって、陰険な部分が強調されている。


「ケヒヒッ、これはこれは手厳しい。まぁ、ワイズマンの場所は教えてやってもいいですよ。こいつらに勝てたらですが」


 クラージュは、月並みなセリフを言っていやらしく笑う。


「ほら! 貴方達、行きなさい!」


 クラージュは、魔物共に命令するが、すっかり怖気づいてしまったのか襲い掛かろうとしない。


「ソイツら、俺達にビビってるみたいだけど? アンタも素直に降参したら?」


「……まったく情けない。それでも魔物か」


 しかし、クラージュは俺の言葉が聞こえていないのか唇を噛みながらブツブツと呟く。


「……狂化の戦太鼓バーサク


 クラージュが何かを呟いたと思ったら、周りのビビっていた魔物共は、目を血走らせて叫び始める。


「さぁ……もう君達に怖い物は無い。行きたまえ」


 魔物共は、今度はクラージュの命令を聞いて一斉に俺達へ襲い掛かってくる。


「な⁉ 急にどうしたんだこいつら!」


 俺は、叫びながら魔物の攻撃を掻い潜りつつ倒していく。


「あれが奴の魔法だ! あいつは、強制的に人の恐怖を取っ払う魔法を使う! しかも、身体能力も向上するオマケ付だ!」


 確かに、さっきよりも若干手ごわくなっている感じがする。

 ただでさえ、数が多くて面倒なのに地味に手ごわくなるとか、正直投げ出したい。

 しかし、広範囲型の魔法は威力も高い。

 フラムじゃないが、他所の国で無駄に被害を出すのは少しばかり気が引ける。


「あ」


 と、そこで俺はある物を思い出す。

 広範囲で尚且つ、それなりにダメージを与える物。


「アルディ! 俺と一緒に超強化ガラスのシェルター張るよ! ジャスティナとフラムは、俺達の傍に来て!」


「分かりましたわ!」


「了解!」


「……分かった」


 俺の言葉に全員が頷くと、襲い掛かってくる魔物を蹴散らしながら集まる。


「ケヒッ! 集まって何しようって言うの? 君達は、数の暴力によって蹂躙される運命なんだから諦めなさいな。そして、無様な悲鳴を挙げてボクを楽しませてください」


「……ジャスティナ」


「すまん。“こういう”奴だ」


 ジャスティナの言葉で俺は理解する。

 こいつも、ある意味では七元徳らしいという事だ。

 えーと、ショタホモ野郎に露出狂にドMに腐女子、知識欲満たしたい変態で……最後はS野郎か。

 ……もう、七変態で良い気がする。


「ちなみにジャスティナ。お前は、どんな性癖があるんだ?」


「実は男の娘が……って、何を言わせるんだ。斬るぞ」


 ジャスティナは、俺の質問に何かを答えようとするが、すぐに我に返ると睨んでくる。

 不吉な単語が聞こえたような気がしたが、気のせいだと信じてスルーすることにする。

 気を取り直して、俺とアルディで魔力で極限まで強化したガラスのシェルターを作り出す。

 魔物達は懸命に攻撃してくるが、俺とアルディの合作シェルターはそんな事では壊れはしない。


「さてさて、取り出したるは一見、何の変哲もない圧力鍋でございます」


 シェルターが頑強だと確信すると、俺はマジックアイテムから圧力鍋を取り出す。


「「あ」」


 それが何かを理解したフラムとアルディが声を上げるが、ソレを見てないジャスティナは首を傾げる。


「ただの圧力鍋じゃないか? それをどうするんだ、一体」


「まぁ、見てなって。フラム、分かってるね?」


「は、はい」


 これから起こる惨状を予期してか、フラムはどことなくぎこちない。

 

「でりゃあっ!」


 シェルターの上を開けると、俺は圧力鍋をぶん投げる。

 充分に空へ上がった所で、フラムが炎属性の魔法弾で圧力鍋を打ち抜いた。


「グガァ⁉」


「ギシャアアア⁉」


 すかさずシェルターの穴を閉じた直後、圧力鍋が爆発し無数の釘やら何やらが魔物共へと突き刺さる。

 しかも、刺さると同時に体の中で更に爆発するから尚更だ。

 これは、以前にも使った事がある圧力鍋爆弾だ。ただし、殺傷能力を上げるために改良してある。

 中に詰めてある、一見釘に見えるあれは俺が魔法で創りだしたものだ。

 対象に当たった瞬間に、さらに無数の小さい棘をまき散らすように設定していたのだ。

 流石に大型の魔物には聞かないが、小型の魔物には効果絶大である。


「うわぁ……相変わらずえぐい」


「……ですわね」


 実験も兼ねて、何度か見たことあるであろうその光景を見てフラムとアルディは引いている。


「アルバ……お前、やっぱりこっち側が合ってるぞ」


 ジャスティナまでもが、そんな事を言う。


「だからー、戦いに綺麗も汚いも無いんだって。勝てばいいの勝てば」


 実際、魔物共には有効だったし。


「あ……ぐぁ……」


 俺達が会話をしていると、苦しそうな声が聞こえてくる。

 そちらを見れば、クラージュも爆撃を喰らっていたのかあちこちに釘が刺さっていた。

 そういえば、前にジャスティナが勇気は戦闘力自体は低いとか言っていた気がする。


「なんだよ……なんだよ、その攻撃は! そんなものボクは知らない!」


 なんだよって言われてもなぁ……地球の知識としか言いようがない。

 地球舐めんなよ、ファンタジー。

 クラージュがダメージを負った事で魔法が解けたのか、周りの魔物共は再び恐怖状態に陥っていた。


「ま、まぁ……あれだ! その状態では、戦う事も出来ないだろう。大人しく捕まってもらうぞ」


 ジャスティナは、ゴホンと咳払いをしながら叫ぶ。


「させないよ」


 しかし、どこからか聞きたくないのに聞き覚えのある声が聞こえる。

 瞬間、何かが俺達の横を通り過ぎてクラージュを抱え上げた後、空中で停止する。


「エスペーロ!」


 そう、正体は背中から悪魔にも似た黒い羽を生やしたエスペーロだった。


「クラージュは大事な仲間だからね。君達に捕まえさせるわけにはいかないんだ」


 ジャスティナを裏切っておいて、何をいけしゃあしゃあと言ってるのだろうかコイツは。


「エスペーロ、お前なら分かるだろ。この街を襲った理由は何だ?」


 元々、クラージュを捕まえようとしてたのも街を襲った理由を聞きたかったからだ。

 理由が聞けるなら、この際エスペーロでも良い。


「ごめんね、いくら君の頼みでも「お願い、お兄ちゃん!」ワイズマンは、この国の造船技術に目を付けてたらしいね。この国を武力で掌握しようとしてたみたい」


 俺のお兄ちゃん攻撃に、エスペーロはあっさりと理由をバラす。

 ふっ、ちょろいぜ。

 あくまで、これは目的のための手段であるので、念のために言っておくが決して俺の趣味では無い。

 だから、そんな冷めた目でこっちを見ないで貰おうか、そこの女性トリオ!


「まあでも、失敗したみたいだし……俺達は引き上げることにしよう」


「待て!」


「大丈夫。ワイズマン曰く、決着をさっさとつけたいみたい。いずれ、君達の元に招待状が届くと思うよ」


 エスペーロはそう言うと、俺達の制止を無視して上空へと飛んでいく。


「……なん、だ。あれ」


 エスペーロを目で追っていると、厚い雲の合間から有り得ないものが出てくる。


「お城が……浮いている?」


 フラムも信じられないという感じで震えた口調でそう言う。

 そう。エスペーロが飛んだ先には、巨大な城が浮いていた。

 あんなデカい物が、今までどうやって隠れてたのかと不思議に思うが、魔法が存在する世界で、それを追及するのはナンセンスだ。


 巨大な城が浮いている。その事実だけが、ただただ存在していた。

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