192話

 一先ずの解決をしてから、約一ヵ月が経過した。

 ワイズマン達の襲撃を警戒していたが、意外な事に何も音沙汰がなく、アルカを狙う不届きな輩の襲撃も無かった。

 そして、ついに成人の儀当日がやってきた。


「何も無く、無事にこの日がやってきましたわね」


 どこか拍子抜けしたようにフラムが言う。 

 襲撃は無い方が良いに越したことは無いのだが、無ければ無いで確かに肩透かしを喰らった感じになる。

 相手が相手だけに、まだ油断はできないが。


「すんませーん。王様が呼んでるんで来てもらっていいっすかね」


 俺達が雑談をしていると、例のやたらフランクな口調の兵士が呼びに来る。

 約束の期日だし、何かそれに関して話があるのだろう。

 俺達は、顔を見合わせて頷くとエピタフ王の元へと向かう。



「この一ヵ月の間、真にご苦労だった」


 謁見の間に集まるなり、エピタフ王は深々と頭を下げる。


「ああ、そんな……俺達は、依頼を遂行しただけなんですから頭を上げてください」


 一国の王に頭を下げさせるなど、小市民の俺には荷が重く、慌てて頭を上げさせる。


「しかし、我が娘を守ってもらったのだ。これくらいは当たり前と言えよう」


 この一ヵ月暮らして分かったのだが、この人はえらく礼節を重んじる。

 身分関係なく分け隔てなく接し、王としての資質はともかく、かなりの良い人だというのが分かった。


「それで……だな。確かに、そなたらには今日までの護衛という形で依頼はしていたのだが……」


 エピタフ王は、何やら言いにくそうに口ごもる。


「実は、な。成人の儀へ向かうアルカの護衛にアルバ、アルディ、グラ殿をお願いしたいのだ」


 何故にその三人? と思い、呼ばれた俺達は首を傾げる。


「あの……私達では駄目なのでしょうか?」


 フラムも同じ疑問を持っているのか、そんな質問をする。


「うむ。実はな……成人の儀は、とある特別な場所で行われる。その場所というのは磁鉄鉱の洞窟と呼ばれていてな。洞窟内の床、壁、天井……全てが強力な磁場なのだ」


 俺は、その言葉で大体理解する。

 

「つまり、土属性以外では、まともに動くことすらできないって事ですね?」


 人間の体にも鉄分が含まれる。

 勿論、普通の磁石ではくっつきはしないが、それが常軌を逸した強力な磁場ともなると話が変わってくる。

 土属性の人間ならば、それに抗う術があるが他属性はそうも行かない。

 故に、エピタフ王は、土属性である俺達を指名したのだろう。


「我が王家は、どういう事か代々必ず土属性だ。故に、例の洞窟にも行ける。洞窟を行って帰ってこれるならば、それ相応の実力があるとみなされ、次代の王として認められるのだ」


 なるほどな。

 その洞窟の磁場の強さがどれくらいかは分からないが、行って帰ってこれるだけの実力があればよし。無ければ、王としての資質無しと判断され、継承権ははく奪という訳か。

 確かに、単純に土属性の能力を見極めるには良い方法かもな。

 それにしても……ずっと土属性か。この世界では、中々肩身が狭かっただろうな。

 それでもなお、現在まで国としてやってこれたのは、歴代の王の手腕と魔導船技術のお蔭だろうな。

 

「分かりました。その話、お受けいたします」


「うむ、すまぬな。他の者達は、休暇も兼ねてゆっくりするといい」


 その言葉に、他の者達の空気が少し弛緩する。

 ワイズマン達を警戒して、ずっとピリピリしていたのだ。少しくらいの気の緩みは仕方あるまい。


「あー、やっと終わったー! ワイズマンの襲撃も無くて本当に良かったよー」


「まあ、ワシとしては武で功績をたてられなくて、少々不満じゃがな」


「そういう事を言うと、フラグになりかねませんから言わない方がよろしいですよ?」


 フォレやノブナガ、キリエなどが好き勝手に話し出す。

 この一ヵ月の間、共に生活していたせいで妙な連帯感が生まれている。

 最近では、フラムもようやくジャスティナと馴染んできたようだ。

 ワイズマンを倒した後も、このまま仲良く皆でやっていけたらなぁ……なーんて夢を見る。

 確かに、こいつらは元々は邪神を復活させて世界を滅ぼそうとする敵だ。

 しかし一部の変態を除いて、こいつらはあまり悪い奴と思えない。

 俺達の前で露骨な悪事を働いてないというのも、もちろんあるが。

 キリエに至っては聖女だからな。あ、当然ながらリーベは論外な。


「さて、アルバ達は早速支度をしてくれると助かる。アルカも準備をしなさい」


「分かりました。お父様」


 そんな訳で俺達は早速、成人の儀を行うべく洞窟へと向かう準備をするのだった。



「という訳で、此処がその洞窟っす。中には、磁場の影響を受けない魔物も居るっすから注意が必要っすよ」


 ホバークラフトに乗って、一時間ほど移動した後、例のフランク兵士にそう説明される。


「割と魔物が強いっすけど……大丈夫っすか?」


「心配ご無用です。俺達は、これまでも結構修羅場潜って来てるんで」


 そうでなくても、こちらにはグラさんやアルディが居るのだ。

 よっぽどの事が無い限り、平気だろう。唯一の懸念はワイズマン達くらいだな。


「了解っす。それじゃ、自分達は此処で待機してるので行ってらっしゃいっす」


 砂漠の中で待機か。どのくらいでも戻ってくるかも分からないのにご苦労な事だ。


「それでは、行ってきます」


 アルカが兵士達に頭を下げると、洞窟の中へと入っていく。

 俺達も、それに続いて中へと入る。


「って、うぉ⁉」


 入った瞬間、強力な磁場により俺の体は壁にひっついてしまう。

 なるほど、これは確かに土属性以外では無理だな。

 俺は、磁場領域マグネティック・フィールドを自分の体に発動させ磁場の影響を受けないようにする。

 ここから、さらにアルカを護衛しながら魔物も退治しなければいけないから、中々にハードである。

 アルディは、そもそも磁場を受けない体なので問題なし。

 グラさんとアルカも魔法により、普通に動けるようになっていた。


「皆さん、問題ありませんか?」


 アルカの問いに俺達は頷く。

 

「それでは、奥へと行きましょう。道中、護衛はよろしくお願いします。なにぶん……戦闘は不得手な物で」


「いえいえ、戦闘に関しては任せておいてくださいよ」


「そうそう! 何せ、私達はそっちの方が得意だしね!」


「うむ、大船に乗ったつもりでいるがよい」


 アルカの言葉に、俺達はそう答える。


「ありがとうございます」


 アルカは、俺達の言葉を聞くとニッコリと笑うのだった。



 それからは、鉱物の体の魔物を何体か相手にしながら奥へと向かう。

 見た目通り、無駄に硬い敵ばかりだったが、今の俺達からすれば雑魚と変わらないので、さほど苦労せずに進めた。

 アルカにしても、戦闘は不得手と言っていたが、俺達の邪魔にならないような身のこなし。それに、この洞窟内でも普通に動ける魔法技術は、中々のものだった。

 確かに、この洞窟をクリアできるなら、王としても恥ずかしくないだろう。

 そんなこんなで、俺達は最下層らしき場所へとやってきた。


「おそらく、此処が最下層です。この扉を開ければ、ゴールだと思います」


 目の前には、巨大なスフィンクスのような物が鎮座しており、スフィンクスの足と足の間……つまりはスフィンクスの体部分に扉が付いていた。


「よし、それじゃ早速中に入ろうか」


『待たれぃ』


 いざ、中に入ろうとしたところで何処からか声が聞こえてくる。


「アルディ、今何か言った?」


「んーん、何も言ってないよ?」


「じゃあ、グラさん?」


「ワシでも無いぞ?」


 それじゃ、一体誰だ?


『上である』


 俺達が首を傾げていると、再び声が聞こえて来る。

 その声に従い上を見ると、なんとスフィンクスがこちらを見ていた。


『此処から先は、我の問いに答えなければ通る事は出来ぬ』


「問い?」


 俺の質問に、スフィンクスは鷹揚に頷く。ていうか、頷けんのかよ。

 材質石っぽいのに。まあ、ファンタジー世界でそんな事言うのも無粋か。


『此処に来るまでは、魔法の素質、体力を測るものだった。そして、此処では知恵を測る。王たる者、知識も無ければ務まらぬ』


 確かに、頭の悪い王とか嫌だしな。

 ていうか、スフィンクスで問いとか、またベタな。案外なぞなぞだったりして。


「あの……答えるのは私だけなのでしょうか?」


 答えれるか不安だったのか、アルカがそんな事を尋ねる。


『勿論、他の者が答えても良い。優秀な部下を従えるのも、また王の資質だ』


 部下じゃないんだが、それならそれで良い。

 全員に答える権利があるならば、何とかなるかもしれない。


『一問につき、それぞれ一人ずつに解答権がある。全員がはずれたら失格である。それでは、始めるぞ』


 スフィンクスの言葉に、俺達はゴクリと唾を飲み込む。


『第一問。朝は四本。昼は二本。夕方は三本足の生き物は何だ?』


 んん?

 おい、これって……。


「な! そんな……難しいです」


「うーむ、分からんのう」


 アルカとグラさんは盛大に悩んでいるが、どう考えても答えはアレだよなぁ。


「ねね、アルバ。これって答え……」


「うん、多分今考えてるやつだと思う」


 アルディが話しかけてきたので、俺は頷く。


「あの……」


『何だ? 答えが分かったか?』


「あ、はい。答えは人間ですよね?」


 これは、地球ではあまりにも有名すぎるなぞなぞだ。

 朝の四本は、ハイハイで歩く赤ん坊。昼の二本は二足歩行で歩く大人。夜の三本は杖をついた老人である。


『……正解だ』


 スフィンクスのその言葉で、アルカは感心したようにこちらを見る。


「アルバさん、凄いですね! こんな難しい問題をすぐに解いてしまうなんて!」


「ははは、まあね」


 地球では有名な問題だから。なんて言う訳にも行かないので、俺は適当に返事をする。


『では、第二問。ある子供が学園を仮病を使って休んだ。子供が家で休んでいると窓の外で牛のモーという……』


「仮病」


 これまた有名ななぞなぞだった為、俺は問題の途中で答える。


『き、貴様……問題の途中で答えるなど、どういうつもりだ』


 スフィンクスは、問題を遮られたのが嫌だったのか、少し不機嫌そうに話す。


「いやまぁ、分かっちゃったからねぇ。それで、答えはどうなの?」


『せ、正解だ! ならば、第三問! 答えは簡単だ。あ……』


「簡単」


『ぐ、ぐうううううう! 正解だ!』


 またもや速攻で答えられてしまい、スフィンクスは悔しそうにする。

 うん、あれだ。知恵だ何だって御大層な事言ってたけど、小学生レベルのなぞなぞだわ。

 緊張して損したわ。

 それからも、地球で聞いたことのあるなぞなぞを次々と俺は解いていく。


『さ、最終問題……』


 少し疲れたような口調でスフィンクスは言う。

 ……少し、いじめすぎたかもしれない。


『クバサ皇国の歴代の王……その中でも、女性だった王の名前を答えよ』


 なん……だと?

 ここにきて、クバサ皇国の歴史である。

 俺が住んでた国の歴史なら、まだ辛うじて分かるが、この国となると皆目見当もつかない。


『ん? どうした? 答えられんのか? ふははははは! ならば、貴様らは此処で失格だなぁ!』


 さっきまで、すぐに答えていた俺が解答に詰まっているのを見ると、スフィンクスは凄く嬉しそうな口調で話す。

 む、むかつくうううう! くそ、鬼の首を取ったように高笑いしやがって!


『うむうむ、最終問題まで来たのは褒めてやるが、貴様らも此処まで「……です」む?』


「古い順から、クレオ、ヨキーヒア、クッコロ、オノコマです。私が王になれば、アルカーリアも追加されますね」


 そうだった! アルカはこの国の皇女様だったな。

 当然、この国の歴代の王なども詳しい。


「ふふ、伊達に歴史を学んでませんよ。これでも、王となるべく勉学に励んでましたから。それで? 正解ですか?」


 アルカは、スフィンクスに向かってクスリと笑う。

 この皇女様。中々良い性格をしてらっしゃるな。


『…………正解だ』


 長い沈黙の後、スフィンクスは絞り出すようにそう言うと扉を開く。


『さっさと、中の物を取ったら帰れ!』


 スフィンクスは、最後にそう叫ぶとそれからは一言も発さなくなる。


「……なんだか、彼? には申し訳ない事をしましたね」


 アルカは、すまなそうな表情を浮かべながらそう言う。

 まあ、一応試練なんだから気にしなくても良いと思うけどな。

 そんなこんなで中に入ると、部屋の奥には台座があり、そこには指輪が置かれていた。


「これが……王家に伝わる指輪……」


 指輪は、エメラルドがはめられていて、何かの紋章が入っていた。

 多分、王家の紋章とかそんなものだろう。


「……それでは、戻りましょう」


 アルカは、しばらく指輪を見つめていたかと思うと俺達の方を振り向いてそう言う。

 

「あそこに魔法陣があるので、そこから帰れるのだと思います」


 アルカは、事前に話を聞いていたのだろう。

 きょろきょろと辺りを見回した後、白く発光する魔法陣を指差す。

 アルカの指示に従い、魔法陣に乗ると白い光に包まれ、俺達は洞窟の入口へと飛ばされる。


「皇女様! 大変っす!」


 俺達が洞窟から戻ってくると、例のフランク兵が慌てて近づいてくる。


「さっき伝令から状況を伝えられたんすけど……皇都が、襲撃されてるっす!」

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