183話

「アルバよ、世話になったな」


「いえ、こちらこそ今日まで泊めていただいてありがとうございます」


 魔導船が出発する日、俺達は発着場へと来ていた。

 受付を済ませて、いざ乗ろうとしたところでノブナガが話しかけてきたのだ。


「いや、それはあくまでヤマタノオロチを討伐してもらった礼の一つに過ぎん。本音を言えば、まだまだ恩を返したりんわ」


 いや、充分返してもらったんだけどね。

 和食が食べれたというだけでも、俺は満足だ。

 しかも魔導船に乗る為の金まで出してくれたし。

 金なら余裕あるから大丈夫だと言ったのだが、ノブナガは頑として受け入れてくれなかった。


「本当ならば、ワシもお主らについていって旅の手助けをしてやりたいところなんじゃが……」


 ノブナガは不満そうにしながら、ちらりと横を見る。


「ダメですよ。貴女は、ヤマトを治める主なのです。それに、旅先で何かあったらどうするんです」


 ヒサヒデは、ジロリと見ながらノブナガに言う。

 そうなのだ。

 この人は、恩を返したりないから旅について行って恩返しをするとか言っちゃってくれたのだ。

 まあ、結局は今のヒサヒデみたいに家臣から思いっきり却下されたんだけどな。


「分かっておる。じゃから、見送りだけで我慢すると言っておるじゃろうが」


 耳タコだと言わんばかりに、ノブナガはうんざりした表情を浮かべて言う。

 まあ、立場が立場だけに仕方あるまい。

 それに、それだけ皆から好かれているという事でもあるんだから良いと思う。

 俺達が話していると、出発の時間が近づいているアナウンスが流れる。

 これを逃すと次の便は一週間後だ。

 流石に、そこまで悠長にしてられないので俺達は魔導船へと向かう事にする。


「それじゃ、本当にお世話になりました。落ち着いたら、今度は他の人達と一緒に来ます」


 ワイズマンの件が落ち着いたら、フラムやヤツフサと一緒に是非来たい。

 ヤツフサは、騎士としての仕事があって忙しそうかもしれないが、そこはまあ何とかしよう。


「うむ。その時は精一杯もてなそう」


「世話になった」


「またねー」


 ジャスティナとフォレも手を振りながら挨拶をする。

 リーベ? ああ、あいつならまた全裸になろうとしたから、ふん縛って魔導船の貨物庫に放り込んでいる。

 ジャスティナからも、それくらいが妥当だとお墨付きをもらっている。

 

 俺達は、ノブナガ達と別れると魔導船へと乗り込む。

 しばらく待っていると、浮遊感に襲われる。

 窓の外を見れば、ヤマトがドンドン遠くなっていた。

 ここ数年で、技術も進化して昔よりも速い速度が出せるようになったらしい。

 それでも値段は変わらないのだから、世知辛い。

 まあ、今回はタダだから俺の懐は痛まないけどな。

 クバサに行ったら、俺達の魔導船も手に入るし。

 軌道が安定し、揺れが収まってくる。


「三日後には大陸か……フラム達、無事だと良いんだけどな」


 俺は、ベッドに横になりながら呟く。

 ノブナガは上等な部屋を用意してくれたのか、ベッドが横に四つならんでおり、寝ころぶとかなりフカフカだ。

 一体、いくらするのか俺には想像もつかない。


「フラムちゃん達ならきっと無事だよ。なにせ、アルバ君の仲間なんだし」


 一体何の根拠があるのかは分からないが、不思議とフォレのその言葉を聞くと安心できた。

 そうだよな。絶対無事だ。そう信じる事にしよう。


「ジャスティナは、向こうに着いたらどうするんだ?」


 一応、仲間と合流するまでとは言っていたが、強要するつもりは無いので聞いてみる。

 いや、敵のボスだった以上野放しにするのはどうかと思うんだが、流石のジャスティナも今の状況では世界を滅ぼすとか邪神を甦らせるとかそういう場合じゃないしな。

 安全と言えば安全だ。


「最初に約束した通り、仲間と合流するまでは付き合ってやる。……が、その前に寄ってほしいところがある」


「寄ってほしいところ?」


 俺が尋ね返すと、ジャスティナ頷く。


「ああ。とは言っても、クバサへ向かう途中にある街だから、そう手間にもならん」


「なんて街だい?」


 ベッドの上でゴロゴロ転がっていたフォレが尋ねる。


「聖王都セントマナトスという街だ。会いたい人物が居てな」


 聖王都セントマナトス。

 聖王ニケが治める街で、聖なる癒し手と呼ばれる回復魔法が得意なシスターが有名だ。

 名前や顔は知らないが、どんな怪我や病気も治すと言われている。

 誰にでも分け隔てなく接して聖人のようだと評判だ。

 二つ名しか知らないので、どうせ行くのなら是非お目にかかりたい。


「まあ、それくらいなら構わないよ。ジャスティナには世話になってるしね」


「すまない、礼を言う」


「良いって事よ」


 ペコリと頭を下げるジャスティナに、俺はパタパタと手を振って答える。

 ……ジャスティナは、ここ数日の間にかなり丸くなっていると思う。

 角が取れたというか何というか……少なくとも、初めて会った時のような威圧感は無い。

 特に二日前辺りから、それが顕著なような気がする。


 ――コンコン


 と、俺達が話していると扉がノックされる音がする。

 誰だろうか?


「開いてますよー」


 俺が扉の向こうの人物に声を掛けると、そいつは扉を開けて入ってくる。


「なっ⁉」


「へ?」


「い?」


 入ってきた人物を見て、俺達は三者三様に驚く。


「来ちゃった♪」


 そこには、ぶりっ子ポーズが恐ろしく似合わない女性……ノブナガが立っていた。



「――というわけで、よろしく頼むぞ」


「いや、どういう訳だよ」


 何でもかんでも、「というわけで」で通じると思ったら大間違いだよ。

 偉い人相手に思わずタメ口でツッコんでしまったが、それも仕方のない事だろう。


「……ぬう、そこは空気を読んで察してくれんと」


 ノブナガは唇を尖らせながら不満そうに言う。

 いや、俺はエスパーじゃねえから分かる訳ないでしょうよ。


「えーと……まず、恩返しで旅についていくという話はしたじゃろ?」


 したな。

 腕に自信があるから、旅について行けば役に立つとか色々セールスポイントを聞いた気がする。


「が、頭の固いあ奴らは、頭ごなしに否定をしよる」


 まあ、仮にも殿様なんだから当たり前だよな。

 ……女が当主でも殿様って言うんだろうか?


「そこでワシは考えた。言う事を聞いたフリをして魔導船に乗り込めばいいと!」


「いや、そこで名案じゃろ⁉ みたいな表情を浮かべながら言われても困りますよ。つーか、政治とかその他もろもろどうすんですか?」


 一度乗ってしまった以上、いくらノブナガの身分でも魔導船を引き返させることはできない。

 つまり、大陸まで一緒に行くことになるのだが……ノブナガの事だ。

 絶対、素直にそのままヤマトにはUターンしないだろう。


「それは全部弟のヨイチに任せて来た! ぶっちゃけ、政治に関してはあいつの方が上手いからの」


 ノブナガの弟のヨイチか。

 俺は、凡庸そうな顔立ちの青年を思い出す。

 なんというか、ご愁傷様である。


「――というわけで、よろしく頼むぞ」


 ノブナガは、冒頭と全く同じ台詞を吐いてニッコリと笑う。

 

「ちなみに、ワシを送り返そうとしても無駄じゃ。一度ついて行くと決めたんじゃから意地でもついて行く!」


「はは、こりゃ連れてくしかなさそうだよ、アルバ君」


 ノブナガの態度に、フォレが苦笑しながら俺に言う。

 まあ、そうだろうなぁ……。

 それにしても、フォレにジャスティナにノブナガか……。

 これにフラムとアルディを加えれば見事にハーレムパーティだな。

 まあ、ジャスティナとノブナガは俺を異性としては見てないだろうから、実際は違うが。

 傍から見れば天国だろうな。


「天国と聞いて」


 するとそこへ、勢いよく扉を開いてリーベが入ってくる。

 ああくそ……捕縛が弱かったか。

 俺は、部屋へ入ってきたリーベをジロリと見ながら、なぜもっと頑丈に縛らなかったのかと後悔するのだった。

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