180話

 結果から言えば、俺の目論見は成功だった。


「はっはっは! 酒は美味いし女もそれなりに器量が良い! いい気分だな!」


 アルコールにより顔を赤くしながら、オロチ(いちいち正式名称を言うのがめんどい)の一体が、楽しそうに豪快に笑う。


「ささ、一之首様。もう一献」


「うむ!」


 俺が酒を杯注ぐと、赤ら顔でオロチは頷く。

 一之首というのは、今俺が酒を注いだ相手の事だ。

 どうやら、こいつらは人型になると番号で呼び合うらしい。

 一之首、二之首、三之首……という感じだ。

 正直、全員同じ顔なので区別がつかないが、それぞれ固定の首を担当しているので何とかなっている。

 ただ、八人に対して俺達は五人なので、一人で二人を相手にしてたりする。

 ちなみに、俺はジャスティナと一緒に三人相手だ。


「貴様、中々良い体をしているな?」


「うふふ、五之首様ったら……おさわりはダメですよ?」


 少し離れた場所では、五之首とリーベが楽しそうに酒を酌み交わしていた。

 いや、なんでバレねーんだよ。バレない方が良いのだが、何か納得いかん。

 フォレやヒサヒデの方も確認すると、何とかうまくやってるようだった。

 ヒサヒデが青筋を浮かべてるのが見えたが気のせいだと思いたい。

 後は、こいつらをこのまま酔い潰して倒すだけだ。

 ……しかし、順調なのは此処までで、ソレは起こってしまった。


「しかし、お前……顔は折角綺麗なのに、傷だらけとは勿体ないなぁ?」


 すっかり出来上がった六之首(多分)は、ジャスティナの肩を抱きながら、酒臭そうな息を彼女に吐きかける。


「え、ええ……昔、ちょっと魔物に襲われてしまいまして」


 ジャスティナは、眉をひくつかせながら答える。

 おお! 良いぞ、ジャスティナ。よく耐えた。

 正直、ジャスティナが途中でキレないか不安だったが、上手くやってくれてるようで何よりだ。

 

「こんな綺麗な娘に傷を負わせるなんて不届きな魔物だな。どれ、今度からは我が守ってやろう!」


 どうやら、六之首はジャスティナを気に入ったようで先程から、あんな風に絡んでいる。

 ジャスティナは、「ありがとうございます」と短く礼を言う。

 だが、そこで止めておけばいいのに六之首は止まらなかった。

 

「傷もそうだが、胸が無い・・のは少し気になるな」


 その言葉に、ジャスティナは一瞬体がピクリと震える。


「……我は、小さい胸好きだぞ?」


「ありがとうございます」


 六之首とジャスティナの会話を聞いて、一之首が優しいまなざしをこちらに向けながらフォローしてくる。

 大きなお世話じゃい。俺は男だから気にしてないっつーの。

 ていうか、元は一体でも首によって嗜好が違うんだな。


「やっぱり小さいなぁ……ていうか無いな。永遠にゼロだなこれは」


 そして、六之首はついに自ら命を絶ってしまう行為に及んだ。

 揉んだのだ。何を? 胸を。誰の? ジャスティナの。

 六之首は、ジャスティナの肩に回していた腕をそのまま胸へと滑り込ませ揉む。

 これが現代なら、セクハラで速攻通報である。

 だが、此処は異世界だ。そんな法律は無いし、殺されても文句は言えない。

 ブチッ。

 刹那、何かが切れたような音が聞こえる。


「ましゅらんぼう⁉」


 飛んだ。それはもう綺麗に放物線を描きながら六之首は飛んだ。


「……貴様は、触れてはいけないものに触れた」


 ユラリと幽鬼のように立ち上がりながら、地の底から響くような低い声でジャスティナは喋る。

 あ、これアカンやつや。


「ろ、六之首ーーーー! き、貴様! いきなり何をする⁉」


 殴り飛ばされた六之首を見て、他の奴らが色めき立つ。

 ああもう、作戦が台無しだよ。

 もう少しで酔い潰せそうだったのに。

 ……まあ、ジャスティナにしては耐えた方か。


「貴様らは……一切合切容赦なしに葬り尽くす」


 ジャスティナは、殺意の波動に目覚めたのか敵の親玉という事を思い出させるようなプレッシャーを放ちながら右手をかざして剣を召喚する。

 ジャスティナの魔法は召剣魔法。異世界からあらゆる魔剣聖剣を召喚するチート魔法だ。

 それに邪神の呪いである戦闘能力アップが加われば、まさに無双である。


「クサナギノツルギ……貴様ら竜種によく効く妖刀だ」


 ジャスティナの右手に握られていたのは日本刀だった。

 刃渡りは二m程で、佐々木小次郎の物干しざおかよとツッコみたくなる長さだった。

 それを片手で軽々と持っているのは、流石といった所だった。


「ふ……そんな刀で我らを倒せるものか! 我らは、最強の竜種だらべ⁉」


「ろ、六之首ー‼」


 六之首は、殴られた衝撃から回復し強気の発言をするも、最後まで言い切る事は無かった。

 ジャスティナにより一刀のもとに斬り捨てられた六之首は、そのまま為す術もなく光の粒子となって消えていく。


「き、貴様よくも我らの片割れを!」


 目の前の光景を目の当たりにした他の首は、酔いも冷めたのか怒りながら立ち上がる。

 えーい、失敗したものは仕方ない。

 六之首を見るに、今の奴らは多分実力が八等分されている。

 元の姿に戻る前に片を付ける必要がある。

 多分、この機会を逃したらコイツを倒すのは難しくなるだろう。

 俺はそう結論付けると、ジャスティナ以外のメンバーに目配せをする。

 皆は、俺の意図が伝わったのか頷く。


「蝶爆炎!」


 まず、最初に火蓋を切ったのはヒサヒデだった

 蝶の形をした炎が複数舞うと連鎖するように爆発する。

 うわ、あれどっかで見たことあるぞ。


「ぬお⁉ 貴様らぁ! 我らを謀りおったな!」


 モロに爆発に巻き込まれたにもかかわらず、煤けただけのオロチの一人は怒りながら叫ぶ。

 

「ふ、気づいてた所でもう遅いよ。君達は、既に酔っぱらっていてまともな思考が出来ない……俺達の勝ちさ。くらうがいい、戦意喪失フラッシュ!」


「ぎゃあああ⁉ 目が目がぁ⁉」


 リーベが立ち上がり、突如全裸になると近くに居たオロチ達は目を押さえて転がり回る。

 ああ、そうだった。あいつって確か、戦意喪失させる魔法が得意なんだったな。

 魔法としては確かに強力なんだが、味方にも精神ダメージを与えるのが難点すぎる。

 リーベの魔法をモロに喰らってしまったオロチ二人は、目を押さえている間にフォレとヒサヒデにより敗れ去る。

 短時間で三人撃破。これならイケるかもしれない。


「既に三人の我がやられただと? 馬鹿な、我らは最強の竜種だぞ! こんな人間共に……雑魚なんかに!」


「ネズミだって追い詰められれば、猫を噛むんだよ。格下だからって甘く見てると怪我するぞ?」


「何……? くあ⁉」


 生成した槍を放ちながら俺が言うと、一之首は驚愕しながらもすんでの所で攻撃を躱す。

 くそ、やっぱり和服じゃ少し動きにくいな。

 俺は、和服を脱ぎ捨て半袖短パンの姿になる。

 本当は鎧を着こみたかったが、和服を上に着るとどうしても目立ってしまうので着ることが出来なかったのだ。

 まあ、俺の場合は、いざとなれば魔法で鎧を纏えばいいし問題ない。


「くそ、貴様も男か! せっかく可愛いロリだと思ったのに……!」


 一之首は、俺の姿を見ると心底悔しそうにする。

 どうやら一之首はロリコンだったようだ。別の意味で放っておくとマズいので何としても倒さなければならない。


「よくも我を騙してくれたな! 骨も残さず燃え尽きるが良い! 竜華炎!」


 一之首は、口元に二本の指を当て息を吐き出すと、そこから火吹き芸のように火炎が噴き出す。

 ただし、芸のように生易しい炎ではなく、サイズはかなりデカい。

 

石壁ストーン・ウォール!」


 俺は、もはや定番となった防御用の石壁を出現させ炎を防ぐ。

 しかし、炎の温度が高いのか出現させた石壁の中心が赤くなっていく。

 壁を突き破るのも時間の問題だと察した俺は、石の分身を数体作り出す。

 それぞれの分身には、様々な武器が握られている。

 俺は、分身と共に石壁から飛び出すと四方八方から一之首に向かう。


「分身か……小癪な!」


 分身は、あくまで分身でしかなく俺の実力の十分の一にも満たない。

 分類的にはゴーレムと一緒なので、魔力を注ぎ込んで実力を俺に近づけることも難しいのだ。

 一之首は、敵ながら見惚れそうな程流麗な動きで分身を撃破していく。

 まるで中国演武を見ているようだった。

 

「これで終わりだ!」


 最後の分身を破壊しようとしたところで、俺は罠を発動する。分身に命令を送ると、分身は内部から爆発し細かい石粒となり、一之首に襲い掛かる。


「く……目がっ⁉」


 自ら爆発するのは、流石に予想していなかったのか石粒がもろに目に入った事により、一之首は目を思わず閉じてしまう。

 俺は、その隙に両手を地面に突くと魔法を発動させる。


大きな陥没トリスティーティア・マグヌス


 昔懐かしの落とし穴魔法である。

 深さ一〇m程の落とし穴を一之首の足元に出現させると、奴は叫び声を上げながら落ちていく。

 え? 深すぎ? 相手は魔物だから良いんだよ。

 俺は、それを見届けた後すかさず次の魔法詠唱に入る。


「くっ……我の好みの見た目だからと手加減していれば良い気になりおって……こうなれば、元の姿にも……ど……って……」


 一之首が何やら叫びながら上を向くが、目の前の光景を見て絶句する。

 そこには、俺が魔法で生成した落とし穴を丸ごと埋め尽くしそうな程巨大な石のドリルが浮いてた。

 ドリルは、チュイーンと嫌な音を立てながら高速回転をし始める。


「……よし分かった。話し合いをしようじゃないか。な?」


 一之首は、冷や汗をダラダラ流しながら提案してくる。


「だってさ、どうする? ジャスティナ」


 いつの間にか隣に居たジャスティナに俺は問いかける。

 どうやら、他の首は既に殲滅したらしい。

 流石である。


「…………」


 ジャスティナは、顎に手を当ててしばらく思案する。

 一之首は、神にも縋りそうな表情でそれを見守る。

 ビッ。

 しかし、ジャスティナは親指を立てて首を掻っ切る動作をする。

 無慈悲な死の宣告に一之首は絶望したような表情を浮かべた。


「私の胸をけなした罪は……重い!」


「そんな……俺は、貧乳好きなのに……!」


 そんな言葉を最後に一之首は、俺のドリルによって貫かれるのだった。


「俺のドリルって、なんか卑猥だね♪」


 うるせーよ、リーベ。

 地の文にツッコむんじゃねーよ。

 と、ともかく……ヤマタノオロチ討伐は、思ったよりも呆気なく終わった。

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