172話
「いやー、まさかこんな所でアルバ君と再会できると思わなかったよ」
一旦、食べるのを止めたフォレは、頭をポリポリ掻きながら言う。
「フォレが此処に居るって事は、フラム達も一緒なのか?」
「いや……気づいたときにはボク一人だったかな。そんな事を聞くって事は、そっちにも居なかったみたいだね」
意外と近くにフォレが居たので、もしかしたらと思ったがそう上手くいかないらしい。
「ワイズマンを捕まえたからさ、一番身軽な僕が君達を呼びに行ったんだけど、部屋に入ろうとしたところで、変な光が見えてね。気づけば、ヤマトの国に居たってわけさ」
なるほど。俺達の近くに居たから、偶然同じ方向に飛ばされたって訳か。
「ま、とりあえず詳しい話はご飯でも食べながらしようよ。そこの人もだいぶお腹空いているみたいだし」
フォレの言葉に隣を見れば、ジャスティナが食い入るようにメニューを覗いていた。
「……そんな腹減ってたの?」
「あ、いや違うぞ! ヤマトの国の文字で書かれていたから珍しくてだな……その……」
俺が尋ねると、ジャスティナは顔を赤くしながら慌てて否定する。
何だろう……俺達と同行するようになってから、どんどんジャスティナのカリスマが下がっている気がする。
今、俺の目の前に居るのは敵のボスではなくちょっと男勝りな女の子と変わらない。
「まあ、俺も腹減ってるし、とりあえず何か注文しようか」
テーブルの上には、メニュー表が二つ置かれていたので俺とジャスティナでそれぞれ手に取る。
メニュー表には、イラストと料理名が書かれていた。
蕎麦やウドン等の馴染のある料理ばかりだった。
ちなみに、文字の方はヤマトの言葉である日本語と俺達が住んでた大陸の言語の両方で描かれている。
懐かしい日本語に少しばかり感動する。
「……お」
メニューを眺めていると、俺は一つの料理が目に入る。
俺が住んでた場所では、一度も見たことないが日本人ならばかなり馴染み深い物があった。
懐かしい気持ちもあったので、俺はそれを頼む事にする。
「ジャスティナは決めたか?」
「うむ……この、カレーウドン? という物にしようと思う」
「カレー……うどん……だと?」
ジャスティナのチョイスした料理を聞いて、俺は思わず驚愕の表情を浮かべる。
「カレーウドンとやらが、どうかしたのかい? アルバ君」
事の重大さを分かっていないフォレは、キョトンとした表情を浮かべながら尋ねてくる。
「絵を見る限り美味そうに見えるのだが、何か問題があるのか?」
ジャスティナも能天気にそんな事を聞いてくる。
えーい、フラット(平坦胸)コンビめ。
「いいか、ジャスティナ。悪い事は言わないから、カレーうどんはやめておけ。素人には難易度が高い。頼めば絶対に後悔する」
「ほう? それは私に対する挑発と取って良いのだな? 良かろう、その挑戦受けてやる。私はカレーウドンを食べるからな!」
あーあ、俺は忠告したからな。
俺は、内心ジャスティナに同情しながら心持ち距離を取る。
その後、店員さんを呼ぶと俺とジャスティナは注文をする。忠告したにもかかわらず、ジャスティナは結局カレーうどんを頼んでしまった。
「それでアルバ君。フラムちゃん達を探すにあたって、何かアテでもあるのかい?」
注文した料理が出来るまでの間が暇なので、先程の話を再開するフォレ。
「それなんだけど、俺達は当初クバサを目指してただろ? だから、そのままクバサを目指そうと思うんだ。下手に探し回るよりは、そっちの方が良いと思ってね」
「あー、確かにフラムちゃん達なら察してくれるだろうね。んじゃま、とりあえずはヤマトから出ることが当面の目標かな」
「そうなるね。ただ、何処から魔導船や船が出てるかなんだけど……「お待たせしましたー」あ、来た来た」
話の途中で、頼んでいた料理がやってきたので一旦中断して受け取る。
目の前に料理を置くと、なんとも懐かしい良い匂いが漂ってくる。
日本人に生まれて良かったと思える匂いだ。今は日本人じゃないけど。
「臭っ! なにそれ臭い!」
「アルバよ、何だその異臭を放つソバは……」
フォレとジャスティナは、俺の頼んだ料理から漂ってくる匂いを嗅いで大袈裟なリアクションを取りながら鼻をつまむ。
「何って……納豆蕎麦ですが?」
そう。何を隠そう俺が頼んだのは、ザ・和の心。
納豆蕎麦である。
納豆は、健康にも良いし蕎麦やパスタ、カレー等にも合う万能食材だ。
メニューを見た時は、我が目を疑ったがいざ目の当たりにすると、紛れも無く納豆だった。
感動である。
「すっごい臭いんだけど……それ、本当に食べ物……?」
「失敬な。農家の人に謝りなさい」
全く、このペタンコエルフは何をほざいちゃってくれてるのだろうか。
「でもさー……ねぇ?」
「あ、ああ……臭いが……」
フォレとジャスティナは、お互いに顔を近づけて何やらヒソヒソと話している。
フラット同士、意見が合うらしい。
まあ、日本人以外からすれば納豆は異臭を放つ物体Xにしか見えないらしいし仕方ないと言えば仕方ない。
あくまで俺が食べたかっただけで、別に理解を得ようなどとは思っていない。
俺は、漆塗りの箸を取ると慣れた手つきで蕎麦を掴む。
久しぶりに箸を使うのだが、意外と体が覚えているものだな。
ズルルッと音を立てながら、俺は一気に納豆蕎麦をすする。
本来、音を立てて食べるのはマナー違反なのだが、蕎麦やうどん、ラーメンなどはそれに当てはまらない。
「うん、美味しい」
味も、日本で食べていた納豆と寸分違わず、麺つゆとマッチしている。
これならいくらでも入りそうだ。
「うげぇ……本当に食べてる」
俺が美味しそうに食べるのを見て、フォレは信じられないという顔をする。
「食ってみれば美味しさが分かるって。ほら」
「無理無理無理! ほ、ほらボク、もうお腹いっぱいだしさ!」
俺が器をフォレの方へと移動させると、ブンブンと首を横に振りながら力一杯拒否をする。
「じゃあ、ジャスティ「それはお前が頼んだものなのだ! お前が食べると良い!」」
俺が最後まで言う前に、ジャスティナは力強くそう言う。
美味しいのになぁ。
「さ、さーて、私は自分の頼んだものを食べる事にしよう。うん」
ジャスティナは、誤魔化すように前へと向き直ると箸を持つ。
やはり、彼女も箸の扱いに慣れていないのか苦戦しているようだった。
納豆蕎麦を食べつつ、横目で眺めているとなんとかうどんを箸で掴めたジャスティナは、自分の口へとうどんを持っていく。
「「あ」」
ツルリ。そんな音が聞こえそうな程、見事なまでに箸からすり抜けたうどんは、魔の茶色い水面へと落ちていく。
そして、その飛沫は俺が危惧した通り、ジャスティナの鎧へとビシャリと掛かる。
その様子を見て、ジャスティナとフォレは間抜けな声を出す。
「な……な……」
ジャスティナは、自分の鎧に掛かった汁を茫然と眺めながらワナワナと震えている。
あーあ、だから言ったのに。
確かにカレーうどんは美味しい。だが、美しい薔薇には棘がある。という諺がある通り、美味しいカレーうどんには罠があるのだ。
それは……めっちゃ汁が飛ぶ!
カレーうどんを食べたことがある人ならば、経験したことがあるだろう。
その茶色い飛沫が服に掛かってしまった経験が。
それが白い服だった時は、目も当てられない。
当然、俺もカレーうどんの魔の手に掛かってしまった経験がある。それからは、カレーうどんを食べるときは汚れが目立たない服で食べるようにしている。
ジャスティナは、ある意味カレーうどんの洗礼を受けたと言えるだろう。
「く、くくく……たかが食い物の癖に私に歯向かうとはな……良いだろう! 貴様がその気なら受けてたとう!」
当の本人は、何やらカレーうどんに向かって宣戦布告をしていた。
そして、勝負の結果……カレーうどんの圧勝とだけ言っておこう。
ジャスティナが、涙目になりながら汁まみれになった鎧を洗ったのは言うまでも無かった。
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