173話 フラムの場合①

「んん……此処……は?」


 ズキリと痛む体に私は目を覚まします。

 私の体には、魔物の毛皮が掛けられており、近くには焚火が燃えております。

 周りを改めて見回せば、どうやら此処は洞窟のようでしたわ。


「……っ!」


 体を起こそうとすると、唐突に右腕に痛みが走ります。

 そちらを見てみれば、添え木がしてありどうやら腕の骨が折れているようでした。


「そうですわ……確か、あの方を捕まえて……フォレさんがアルバ様の所に知らせに行った後、急に衝撃が」


 意識がはっきりしてくると、段々と直前に何があったのか思い出してきます。

 フォレさんを見送った後、彼女が向かった先から強力な魔力の余波がやってきて爆発し……それから、


「それから……どうしたんでしょうか」


 そこからの記憶がぷっつりと途絶えており、次に気づいたら此処という訳ですわね。

 此処は一体何処なのでしょうか。

 そんなに近くで焚火は燃えていますが、奥の方から冷たい空気が流れて来て少し肌寒いですわ。

 

「っ!」


 そんな事を考えていると、その奥の方から何かが近づいてくる気配がしますわ。

 幸い、近くに私のマスケット銃が置いてありましたので左手で構えます。

 本来この銃は一発放てば終わるのですが、そこは私の師匠でもある五英雄の一人、エレメア様が造られたマジック・アイテム。

 魔力を弾丸に変えて放つので、弾切れを起こしたり、いちいち弾を詰めたりする手間がありません。

 強いて言えば、私の魔力イコール弾ですので、私の魔力が切れたら終わりと言った感じでしょうか。

 幸い、体は怪我していますが魔力は全快しておりますので、ある程度戦えますわ。

 

「おや、目が覚めただか」


 奥から現れたのは、真っ白な毛に覆われた体長二m程の大きな魔物でした。

 右手には血の付いた棍棒。左手には大きな肉塊を持っていました。

 

「ま、待つだよ! オラは、おめえさんに危害を加えるつもりはねえだよ!」


 現れた魔物に銃を向けると、魔物は棍棒とお肉を落として、ブンブンと手を激しく振ります。


「……もしかして、看病してくれたのは貴方ですの?」


 油断なく銃を構えながら尋ねると、魔物はコクリと頷きます。


「そ、そうだ。三日前、いつも通りオラが狩りに出かけてたら怪我したおめえさんが雪に埋まっててな。もう少し見つけるのが遅れてたら凍傷で手足が使い物にならなくなってただよ」


 三日前。あれから三日も寝ていた事に驚きを覚えます。

 それに雪に埋まっていた……という事は、おそらくは北の方に吹き飛ばされたみたいですわね。

 通りで寒いはずですわ。

 魔物の方の態度を見るに、嘘をついているようにも見えません。

 私は、とりあえず信じることにし銃を下ろします。


「とりあえず、信じますわ。……助けていただいてありがとうございます」


「信じてもらえたようでなによりだよ。んだけど、どうしてあんなところで倒れてたんだべ?」


 そう尋ねる魔物の方に、私はこれまでの経緯をかいつまんで説明します。

 

「はぁー、よく分からんが大変だったんだなぁ」


 魔物は、腕組みをしながら頷きつつそう言います。


「貴方はどうしてこんな所に? 見た所……その魔物のようですが」


 人語を話す魔物というのも確かに存在します。

 しかし、大抵はこのように友好的には接してきませんわ。


「ああ、オラはいわゆる突然変異って奴だべ。魔物として生まれたは良いだが……争い事とか嫌いだでな。それで、群れから離れて此処で一人で暮らしてたんだべ」


 なるほど、突然変異ですか。

 確かに、魔物の中には通常の特性と異なる亜種と呼ばれる魔物が時折生まれます。

 例えば、本来は炎属性が弱点なのに亜種は氷属性が弱点だったりなどですわね。

 おそらく、この魔物の方もそのような類でしょう。

 初対面の方の言う事をあっさり信じるというのも、どうかと思いますが怪我の処置をしてくださったらしいので、信じてもよろしいでしょう。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたわね。私の名前はフラムですわ」


「フラムだべな? よろしく。オラの名前はイエティだ」


 魔物……イエティさんはそう言うと握手を求めてきます。

 一瞬、握りつぶされてしまうかも……と不安がよぎりますが、一度信じると決めたので意を決して握手をします。

 握った手は、とても暖かくて、私を気遣っているのか優しく握り返してきます。

 ああ、この方は優しい方なのですね。

 そう確信するには充分でした。


 くー。


 安心したせいか、三日も眠っていたせいなのか分かりませんが、私のお腹から空腹を知らせる音が鳴ります。

 私は恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じながら俯きます。


「ははは、ずっと眠ってたから腹が減ったんだなや。腹が減るのは健康な証だから何も恥ずかしがることねーべ」


 イエティさんは、私の様子を見ておかしそうに笑います。

 うう、恥ずかしいですわ……。


「待ってろや。今、精のつくもん作るから」


 イエティさんは、そう言うと料理に取り掛かるのでした。



「……美味しいですわ」


 木のお椀に入ったスープを一口飲み、私はポツリと感想を漏らします。


「はは、口に合ったようで何よりだべ」


 スープは、お肉が入ってるだけの野性的なスープなのですがイエティさんの真心が詰まっておりとても美味しく感じます。

 冷えた体に染み渡るようです。


「それで、その……アルバ様? だか言うのの場所のアテはあるんだか?」


 食事も終わり、一息ついた頃にイエティさんが尋ねてきます。


「そうですわね……先程も説明しましたが、私達はクバサという国を目指してましたの。恐らくですが、アルバ様達もそこを目指すかと思います」


 何処に飛ばされてしまったか分からないなら、元々の目的地に行けばいい。

 アルバ様なら多分そうすると思い、私はそう答えます。


「クバサ……クバサねえ。オラは、この山から出たことないから場所が分からんだなぁ、申し訳ねぇだ」


 イエティさんはそう言うと、頭を下げます。


「いえ、お気になさらないでください。人里まで案内していただければ、そこからは一人で行けますので。……人里ってありますわよね?」


 自分で言ってて不安になってしまったので、私はイエティさんに尋ねます。


「ああ、それは安心するといいだよ。山の麓にワーウルフの村があるだ。今は、吹雪いてるから無理だども、晴れたら案内するだよ」


 イエティさんの言葉を聞いて私は安堵します。

 山の場所によっては、人里が周りに無い場合もありますから助かりましたわ。


「それにしても、ワーウルフの村……ですの」


「何かあるだか?」


「いえ、私のお友達がワーウルフの村出身でしたので、もしかしてと思いまして」


 私はそう言いながら、黒髪のワーウルフ……ヤツフサさんを思い出します。

 相手を金化させる能力を持つ魔人との戦いの時に再会したきりですが……ヤツフサさんは元気でしょうか。


「ふーん、そうなんだか。その友達の村だと良いだな」


 私の話を聞いて、イエティさんはそんな事を言ってきます。

 その後、怪我しているという事もあり安静にする為、私はすぐに寝る事にしました。

 ――そして翌日。


「おお、フラム。喜ぶだよ。今日は快晴だ」


 目が覚めると、既に朝食の用意をしていたイエティさんがそう告げてきます。

 出来るだけ早く出発したかったので助かりますわね。

 朝食も、中々野性味溢れる感じでしたが、見た目に反してとても美味しかったです。


「それじゃ、背負うから乗ってけろ」


 食事を終えると、イエティさんは屈みながらこちらに背中を見せてきます。


「え? いえ、自分で歩きますわよ?」


 そこまで世話になるわけにもいきませんわ。


「怪我人が何言ってるだか。山を舐めたらダメだず。山の事はオラが一番分かってるだよ。だから、怪我人は大人しく言う事を聞くだ」


 むう、そう言われると私は何も言えませんわね。

 下手に突っぱねて、自分で歩いて何かしらの迷惑を掛けてしまっては申し訳ないので、私は素直にイエティさんの背中に身を預けます。

 とてもフカフカしていて、お日様の良い匂いがいたしますわ。

 

「そんじゃまぁ、飛ばすから舌噛まないように気を付けるだよ」


「それはどういう……ひゃああああああ⁉」


 言葉の真意を聞こうとしたところで、グンッとイエティさんが急に動き出します。

 イエティさんは、下が雪だと思えない程ぐんぐんと凄い速度で山を下りていきます。

 私が片手しか使えないのを考慮して、きちんと支えてくれているので落ちる心配はないのですが、それでも怖いです。

 およそ五分程でしょうか。イエティさんが走るのを止めると私を静かに降ろします。


「さ、少し行くとワーウルフの村だでよ」


「イエティさんは一緒に行かないんですの?」


「オラはほら……魔物だからな。無駄に怖がらせる事もないだよ」


 私が尋ねると、イエティさんは頬をポリポリと掻きながら答えます。

 確かに……私も最初は警戒しましたし、騒ぎになってしまうかもしれません。

 ですが、それはあまりにも悲しいような気がします。


「……オラは大丈夫だで。そんな悲しい顔をすんな」


 私の表情から、考えるている事を察したのかイエティさんは優しい声音でそう言ってきます。

 本人がそう言ってくる以上、私にはどうにもできませんわ。


「あの、色々とありがとうございます。本当に助かりましたわ」


 私が出来る事は、誠意を込めて感謝する事だけ。

 

「オラは、当然の事をしたまでだよ。それじゃ、オラは行くだで」


 イエティさんは、笑顔で手を振りながら去っていきます。

 彼が見えなくなるまで見送ると、私は雪に足を取られないよう村まで向かいます。


「おや? 嬢ちゃん。この村に何か用かい?」


 村の入口までやってくると、雪に同化しそうな程真っ白な毛のワーウルフの男性が声を掛けています。

 

「あの、すみません……此処は何という村でしょうか?」


「此処はアルテ村。俺達、ワーウルフが住む村さ」


 アルテ村。その名前は聞いたことがあります。

 私達が住んでいる王都からずっと北へ進んだところにある村です。

 そして……ヤツフサさんの出身の村でもあります。

 まさか、本当に知っている村だと思いもしませんでしたわ。


「もしかして……フラムたん?」


 私がそんな事を考えていると、後ろから声が掛かります。

 声のした方に振り向けば、そこにはヤマトの国の衣装に身を包み、長い黒髪を後ろで束ねたワーウルフの長身の女性が立っていました。


「あー! やっぱ、フラムたんだ! おひさー」


 ワーウルフの女性……ヤツフサさんのお姉さんであるタマズサさんは、笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振っていました。

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