165話

 ズズン……。


「なんだ……?」


 断続的に続く振動に、俺は眠い目を擦りながら起き上る。

 隣を見れば、フラム達はスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。


「まさか、例の人喰いの魔物か?」


 俺がそんな事を考えていると、コンコンと遠慮がちに扉をノックをする音が聞こえる。


「すみません、タウゼントです……起きていらっしゃいますか?」


「タウゼントさん……? どうかしたんですか?」


 時計を確認すれば、もう深夜と言っても良い時間帯だ。そんな時間に一体何の用だろうか?

 もしかして、やはりこの音は人喰いの魔物の歩く音とかで知らせに来たのか?


「起きているのは……アルバさんだけなんですね。すみませんが、他の方も起こしてください。できれば、なるべく静かに」


 扉を開けて入ってきたタウゼントは、声量を絞りながらそう伝えてくる。

 彼女の意図がいまいちよく分からないが、かなり真剣な表情をしていたので言う通りにする。


「一体何なんですの……」


「もう、アルバくーん。眠いんだから起こさないでよー」


 フラムとフォレは、目をショボショボさせながら欠伸をして酷く眠そうにしている。

 アルディは、魔力回復のために睡眠という形を取っているに過ぎないので既に意識がはっきりしている。


「こんな時間に起こしてしまって申し訳ありません……。なにぶん、気づかれてはいけないもので」


「一体何があったんですか?」


「……すみません。後で必ず説明しますので今は、ついてきて貰えませんか?」


 俺の問いに対し、タウゼントは首を横に振りながら答える。

 今の彼女から、特に悪意は感じないが、何かを隠しているのは明らかだ。

 あまり疑いたくはないが、人喰いの魔物の件もあるので何かの罠ではないかと疑ってしまう。


「申し訳ないのですが、事情を教えていただけないとついていく訳にも行かないですね」


 俺の言葉に、タウゼントは下唇を噛んで俯く。なにやら凄く迷っているようだ。

 

「タウゼントや。こんな時間にこんな所で何をしているんだい?」


 俺とタウゼントが会話をしていると、初めて彼女と会った時の様にグシャフールさんが笑みを浮かべながらやってくる。


「……っ! アルバさん! 逃げてください! 理由は言えませんが早く!」


 グシャフールさんの存在に気が付くと、タウゼントの表情は一変し切羽詰まった表情を浮かべながら必死に叫ぶ。

 一体彼女は何を慌てているのだろうか?

 起き抜けという事もあり、いまいち事情が呑み込めない俺達は首を傾げながらフラム達と顔を見合わせる。


「おやおや、タウゼント。いけない子だねぇ。父に逆らうのかい?」


「わ、私はもうあんな事耐えられないんです! あ、貴方は……貴方達は間違ってます!」


 俺達を完全に置いてけぼりにしたタウゼントとグシャフールさんは何やら言い争っている。


「ふーむ。やはり、自我の調整は難しいな。折角の最高傑作なのにそこだけが非常に惜しい。……仕方ない」


「っ! ぁぁぁあああああ!」


 グシャフールさんが何をしようとしているか察したのか、タウゼントは急にこちらを振り向くと叫びながら俺達に突進をしてくる。


「なっ⁉」


 俺達は、驚きながらもなんとか彼女の突進を避けると、彼女はそのまま壁へとぶつかる。

 すると、タウゼントは壁をいとも簡単に破壊してしまう。

 彼女自身に怪我は無く、土埃が付いただけだった。


「早く此処から逃げてください!」


 未だに事情は呑みこめないが、タウゼントと気迫に押された俺達は、とりあえず彼女の言う通りその場から走り出した。

 後ろからは、タウゼントとグシャフールさんの言い合いが聞こえてくる。


「一体何がどうなってるんですの?」


「俺もよく分からないよ。だけど、タウゼントの様子からすると何か厄介なことが起きてるって事は分かるけど……とと」


 走りながらフラム達と会話を交わしていると、目の前に村の人達が数名現れたので一旦走るのを辞める。


「すみません、俺達急いでいるのでどいて貰えませんか?」


「…………」


 村人達に話しかけるが、彼らは虚ろな目をこちらに向けるばかりで何も反応をしない。

 日中は普通だっただけに異様な姿だ。


「……アルバ君」


 俺が彼らの姿を訝しんでいると、後ろからフォレが話しかけてくる。


「この人達……いや、こいつら……人間じゃない!」


 フォレのその言葉を合図に、村人達は次々と異形と化していく。


「んなっ⁉」


「ななななんですのこれは⁉」


「人間が魔物になっちゃったよー⁉」


 俺、フラム、アルディは目の前の光景に驚きの声を上げる。


「ガアアアアアアア!」


 完全に魔物に変貌した元村人達は、雄たけびを上げながら一斉にこちらへと向かってくる。


「……っ! 石の矢ストーン・アロー!」


爆炸弾ボム・ショット!」


 俺達は、咄嗟に魔法を発動させると魔物達へと放つ。

 魔物達の耐久力は、そんなに高くなかったのか呆気なく倒れ伏す。

 アルディやフォレも応戦し、周りに居た魔物達をあっという間に殲滅する。

 

「なんで人間が急に魔物に……?」


 倒れるときに光の粒子になって消えていったので、魔物なのは間違いない。

 問題は、何故人間に化けていたかだ。

 

「分からない。昼間は確かに人間の気配しかしなかったんだけど、さっきの彼らは完全に魔物の気配だったのは確かだ」


 こうなった理由は分からないが、タウゼントが逃げろと言っていたのはこういう事だろう。


「もしかして、人喰いの魔物って言うのは……」


「この村全体の事だったのかもな」


 フラムの予想に続けて俺が答える。

 どういう経緯があったかは分からないが、今この村には人喰いの魔物達が紛れている。

 そして何も知らずに訪れた旅人達を餌にしていたのだろう。

 それで、人間側であるタウゼントがいい加減嫌気がさして、なんとか俺達を逃がそうとしていたって所か。

 そう考えれば、初めて会った時からのタウゼントの態度にも納得がいく。


「とにかく、今はタウゼントの言葉通り逃げることに専念しよう。まずは御者さんのところにも行かなきゃ」


 俺が今後の予定について話すと、フラム達はコクリと頷く。

 この村にどれ程の魔物が混じっているか分からないが、急がないと御者さんも危険だ。

 俺達は、急いで御者さんの居る所まで向かう事にした。



「キシャアアアアア!」


風精弓エアロ・スパイク!」


 ゾンビのような魔物が襲い掛かってくると、フォレが風の刃を纏った矢を放って倒す。


「ありがとう、フォレ」


「ううん、気にしないでよアルバ君。それにしても……この村には一体どれだけ魔物が居るんだろーね」


 フォレは、弓を構えながらうんざりしたように言う。

 そうなのだ。先程から進むたびに、魔物にエンカウントをしてしまうのだ。

 まるで、ピラミッドの地下で見つけた黄金に輝く爪型の武器を装備している気分だ。


「もしかしたら、村人と魔物が共存しているんじゃなくて此処は魔物の村だったんじゃない?」


「まさか! 魔物が村を作るなんて聞いたことがありませんわ!」


 アルディの予想に対し、フラムは首を横に振りながら否定する。

 魔物は、稀に徒党を組む事はあるが人間の様に集落を作る事はまず無い。

 知能が高い魔物ならもしかしたらあり得るかもしれないが、先程からエンカウントする魔物からは知性を感じられない。

 

「もしそうだったとしたら、タウゼントさんも魔物の仲間という事になりますわ。それなら、私達を逃がす理由が無いですわ」


「いやでも、グシャフールと何か言い争ってたじゃん? 何らかの事情で裏切ったのかもよ。もしくは、この流れ自体が罠か」


「三人とも、考察するのは良いけどまずは御者さんを助けないと」


 俺の言葉にフラム達は、こくりと頷くと進む速度を上げる。

 ワラワラと湧いて出てくる魔物を蹴散らしながら、俺達は御者さんの居る家まで辿り着く。


「……」


 扉を開けて目にしたのは、変わり果てた御者さんの姿だった。

 四肢は引き裂かれており、頭は獣のような何かに噛み砕かれていた。

 かつて人だったそれは、明らかに死んでいると分かった。


「うぷ……」


「これは……中々えげつない事をするね」


 死体を目にしたフラムは口元を手で押さえ、フォレは嫌悪感を露わにする。

 可能であれば、御者さんを丁寧に弔ってやりたいが今はそんな場合ではない。

 彼には申し訳ないが、俺達はそのままその場を後にしたのだった。


 

 凄惨な状況を目にして、沈鬱な雰囲気になった俺達は黙々と魔物共を屠りながら村の入口へとたどり着く。


「そん……な」


 もはや驚くのは何度目だろうか。

 此処に来てから驚きの連続である。

 思えば、俺達が移動している間も断続的な振動は続いていた。

 よく見れば、空も動いている。次から次へと来る急展開に気を取られ、気づかなかった俺達が馬鹿だったのだ。

 

「村が……移動している? こんな魔物聞いたことないよ」


 俺の隣で、フォレは信じられないと言った表情でそう言う。

 そう、村が移動しているのだ。

 村の周りの地面から八本の脚が生えており、まるで蜘蛛の様に移動している。

 本来の地面からかなり離れており、飛び降りたら間違いなくミンチだ。


「まあ、聞いたことは無いだろうね。何せ、私が創ったからね」


 茫然としている俺達の後ろから声が聞こえたので、そちらを振り向けばグシャフールさんが笑顔で立っていた。


「どうだい、凄いだろう? 移動型の居住モンスターだ。昼は普通の村に擬態し、人目の付きにくい夜に移動。秘密基地みたいでカッコイイだろ? そうそう、自己紹介が遅れたね」


 グシャフールは、聞いてもいない事をペラペラ喋りながら一呼吸置いて再び口を開く。


「私の本当の名前はワイズマン。救済者グレイトフル・デッドの七元徳が一人、知恵のワイズマンだ」


 グシャフール改め、ワイズマンはそう名乗るとニタリと笑う。


「改めてよろしく頼むよ、実験体候補達」

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