164話

 山賊共を近くの街に引き渡した俺達は、順調に旅を続けていた……ら良かったんだが、現在とある問題が浮上している。


「本当に申し訳ないです……」


「謝らなくて良いですって。逃げちゃったものは仕方ないですから」


 俺の肩に手を掛けながらヒョコヒョコと歩く御者さんが申し訳なさそうに謝ってくるので俺はパタパタと手を振りながら気にしてない事を伝える。

 何故こうなったかというと、あれは十分ほど前の事だ。

 山賊共と遭遇してから既に一日が経過しており、それまでは特に問題なく俺達は進んでいた。

 しかし、それまで普通に走っていた馬が急に狂ったように暴れだしたのだ。

 当然、御者さんはそれを鎮めようと努力したのだが、その甲斐も虚しく御者台から振り落とされてしまった御者さんは右足を捻挫してしまう。

 その騒ぎの間に、二頭居た馬がどちらも何処かへと逃走してしまったのだ。

 仕方ないので、馬車本体をその場に置いて近くの村か町を徒歩で探しているという訳だ。

 新しい馬も調達しないといけないし、御者さんの怪我も何とかしないと駄目だしな。 


「それにしても、何故急に馬が……ちゃんと躾をしてあるのであんな風に暴れて逃げるなんて事は無いはずなんですが……」


 俺の隣に居る御者さんは、腑に落ちないという表情でそんな事を言う。


「まるで、何かに怯えてらしたようにも見えましたわね」


 御者さんの言葉に、フラムが顎に手を当てながら口を開く。

 確かに、あの馬の様子は何かにビビって逃げたようにも見える。


「でも、一体何に怯えてたんだろー」


「確かに……近くに魔物の気配も無かったしなー」


 フラムとフォレも同じように顎に手を当てながら考え込む。


「ま、とりあえずそれは後回しにしようか。まずは、村か何かを見つけないと」


「本当に申し訳ないです。英雄様のお手を煩わせてしまって」


「だから謝らなくて良いですって……馬が逃げてしまったのは、貴方の責任ではないですし」


 このように先程から何度も謝られているので、逆にこちらが申し訳なくなってくる。


「あら? あちらに見えるのは村ではないでしょうか?」


 しばらく歩いていると、フラムが向こうを指差しながら口を開いたので、そちらを見れば確かに村っぽいものがあった。

 近づいてみると、小さな村の様だった。


「良かったー。とりあえず、今日は此処に泊めてもらおう。御者さんの怪我も治療しないといけないし」


 気づけば、もう夕方になっておりこのまま戻れば野宿は確実なので、この村で一夜を明かすことにする。


「うーん……」


「どうしました?」


 村に入ろうとした所で、御者さんが何か悩んでいたので声を掛ける。


「いえ……こんな所に村があったかなと思いましてね。まあでも、恐らくは私の勘違いでしょう。なにぶん、クバサ方面は久しぶりなもので」


 まあ、久しぶりならばそんな事もあるだろう。

 俺達は、そのまま村へと入ると医者を探す。

 村の人に尋ねると、医者はすぐに見つかり御者さんの怪我を診てもらった。


「ふむ、軽い捻挫ですね。一日安静にしていれば、良くなるでしょう。今日はもう日も暮れる事ですし、貴方は此処に泊まっていくと良い」


「わかりました」


 ふむ。怪我が軽くて良かった。話の感じだと御者さんは此処に一日泊まるらしいな。

 俺達はどうしようか……。


「すみません。この村に宿のような物はあるのでしょうか?」


 俺達の今後の予定を考えていると、フラムが医者に尋ねる。


「生憎、この村は見ての通り規模が小さくてですね……宿は無いんですよ。本当は、この家に泊めてあげたい所なのですが、この方を泊めてしまうとベッドが足りなくなってしまうんですよ」


 医者は、そう言うと申し訳なさそうに頭を下げる。

 ふむ……ならどうしたもんかな。


「ただ、村長の家ならばお客人を泊めるスペースもありますので事情を話せば泊めていただけると思いますよ。村長は旅人から話を聞くのが好きなので」


「分かりましたわ。わざわざありがとうございます」


 その後、俺達は村長の家への行き方を聞くと、御者さんをお願いして医者の家を後にする。


「それにしても、あの人の怪我が軽くて良かったねー」


「うんうん、結構派手に落ちてたから心配したよ」


 村長の家へと向かう途中、フラムとフォレがそんな事を話している。

 フラムとフォレは、性格が似ている為か結構仲良しだ。気づけば、よく二人で会話をしている。


「あの……冒険者の方でしょうか?」


 俺達が歩いていると、ふと声を掛けられたのでそちらを居れば、年は俺達と同じくらいで栗毛色のウェーブが掛かった髪の女性が立っていた。

 美人とは言えないが、愛嬌のある顔立ちの女性だ。


「そうですが……貴女は?」


「わ、私はこの村の住人でタウゼントと申します。それでですね……悪い事は言いませんから、今すぐ出発した方が良いですよ」


 タウゼントと名乗る女性の言葉に、俺達は顔を見合わせる。


「それは、どういう事でしょうか?」


 俺が代表して尋ねると、タウゼントは少し躊躇いながらも口を開く。


「実は、この村の近辺には人喰いの魔物が出るんです。主に冒険者の方が犠牲になってしまっているので、襲われる前に警告をしておこうと思いまして……」


 なるほど、そんな魔物が居るのか……。

 ただ、そういう話を聞いてしまった以上放っておくわけにもいかない。

 主に……とは言ってたが、おそらくは村の人達も被害にあった事があるのだろう。

 

「もしよろしければ、俺達でその魔物を退治しましょうか? どちらにしろ、私達に同行している方が怪我をしてしまって、明日まで動けないんですよ。それで、医者の方から村長さんの家に泊まるよう言われたので向かっている最中だったんです」


「倒す⁉ そんなの無茶ですよ! そう言って何人もの冒険者の方が犠牲になったんです! お連れの方には申し訳ないですが、貴方方だけでも早く……「どうしたんだね? タウゼント」……お、お父様」


 タウゼントが俺の腕を引っ張って急かしていると、俺達の後ろから声がする。

 そちらを振り向けば、白髪が目立ってきた壮年の男性が立っていた。

 どうやら、タウゼントのお父さんらしい。


「じ、実は……」


 タウゼントは、先程俺達が話した事情を男性に話す。


「なるほど。話は分かりました。しかし、タウゼントや。奴は夜行性だ。もう夜になってしまうのに村から追い出すのは逆に危険だと思わないかね?」


 確かに、気づけばもう夜になってしまっていた。


「奴らを倒すにしろ、村から出るにしろ。今日は村に泊まってもらって明るいうちに行動してもらった方が安全だと思わないかい?」


「そう……ですね。私としたことが、浅慮で申し訳ありません」


 タウゼントは、申し訳なさそうにしながらお父様とやらに頭を下げる。


「いやいや、うちの娘が失礼しました。おっと、自己紹介が遅れました。私が村長のグシャフールです。お見知りおきを」



 あれから、タウゼントのお父さん――グシャフールさんの家に招き入れられた俺達は、夕食をご馳走になりながら此処に来るまでの経緯を話す。


「なるほど、クバサに向かう途中でそんな事が……おそらくは、人喰いの魔物の気配を察知して逃げ出してしまったんでしょうな」


「だけど、そんな魔物の気配なんてしなかったよ? ボク達、エルフはそういうのに敏感なはずなんだけど……」


「さぁ……私も詳しいわけではないので、そればかりは何とも言えません」


 フォレの言葉にグシャフールさんは、申し訳なさそうにしながら言う。

 そりゃそうだ。冒険者ならともかく一介の村人がそうそう魔物に詳しいわけもない。


「まあ、俺達の事情はこんなものです。それで、人喰いの魔物というのは?」


「……三ヵ月程前からでしょうか。今まで平和に暮らしていた我々の村の近くにそいつは突然現れたのです。奴は夜行性で、夜に活動するので姿かたちは分からないのですが、人を喰うという事だけは分かっています」


 三ヵ月前……? もしかして、ギガの影響か?

 奴の体内には、邪神の欠片が埋まっていた。もしかしたら、それが魔物に何らかの変化をもたらしたのかもしれない。


「当然、村の者も何人か被害に遭いました。それを聞いて退治しようとした冒険者の皆さんも……。ただ、おかげで奴は昼は動きが鈍るという事が分かっています。なので、もし倒されるというのならば昼に行かれるのがよろしいでしょう」


 夜行性ならば、確かに昼に倒しに行った方が良いだろう。

 わざわざ相手が好調の時に出向く必要もあるまい。ただ、問題はそれを実行したであろう冒険者もやられているという事だ。

 昼でも冒険者を屠るくらい強い魔物だ。油断はできない。


「私の本心としては、倒していただけるなら本望ですが奴はとても強いので、此処の事は忘れて明日の朝旅立つことをお勧めします」


「そういう訳にはいきませんよ」


「そうですわ。困っている方は放っておけませんですし」


「そそ! 私達に任せておきなよ、おっちゃん!」


「ボク達、こう見えて結構強いんだから、期待してなって」


 グシャフールさんの言葉に対し、俺達は彼を安心させようと口々にそう言う。


「皆さん……ありがとうございます。奴の居場所は明日お話ししましょう。本日は、もうお休みになってください。……タウゼント」


「はい、お父様」


 グシャフールさんに呼ばれると、タウゼントは前に出て来て俺達を部屋へと案内する。


「こちらになります。……良いですか? 何があっても、絶対部屋から出てはなりませんよ? 人喰いの魔物に襲われてしまいますから」


 タウゼントは、真剣な表情でそう警告するとグシャフールさんの方へと戻って行ってしまう。

 俺達は、その後少し雑談をした後、少し警戒しつつ就寝するのだった。

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