136話

 さて、これは一体どういう状況なのだろうか。

 女神の世界から帰って来てみれば、なにやら外が騒がしかったので外を見てみると、なんとフラム達が襲われているではないか。

 フラム達を助けようとやや不意打ち気味に覚えたての魔法を放つが、あっさりと避けられてしまう。

 まあ、この森を進んでくるくらいだから、それくらいは当たり前といえば当たり前だろう。


「それで……貴女達はどなたでしょうか?」


「一度名乗ったので、もう一度名乗るのは無駄でありますが……名乗ってあげるであります」


 軍服に軍帽を被った女軍人風の金髪の女性は、そう言って名乗ると、他の2人も名乗りだす。

 救済者グレイトフル・デッドの七元徳が3人もおでましかい。

 巨乳シスターにつるペタ女剣士、それに巨乳女軍人か……ずいぶん、バラエティに富んでるな。


「……あれ? 正義って確か、男性じゃなかったでしたっけ?」


 父さんが、結構前に正義は黒髪で傷だらけの男だって言っていたような気がする。

 目の前の女性は、確かに黒髪で傷が多いが男には見えない。

 まあ、胸が無いに等しいので、もしかしたら見間違えたのかもしれない。


「それは……私の父だ。2年前に死んだので、娘の私に代わったというわけだ」


 ジャスティナは、俺の問いに淡々と答える。


「娘である貴女が父親の意思を引き継いで、こんなことをする必要は無いんじゃないんですか?」


 父親は、確かに邪神復活を目論んでいたかもしれないが、その娘である彼女まで、同じことをしなくてもいいではないか。


「……出来ない相談だな。邪神復活は、我が一族の悲願だ」


「どうして、そこまで邪神復活に拘るんですか?」


 これは、前から気になっていた事だ。

 邪神は今、複数に分割されて各地に封印されている。その内の1つが学園に封印されているが、そこは五英雄の1人であるアヤメさんが守っているので、奪うのは容易ではないはずだ。

 事実、俺が5歳の時から組織はあったみたいだが、未だに復活は為されていないみたいだし。


「私の先祖は……かつて、五英雄と呼ばれた内の1人だ。民衆からは、『剣帝』クレイモージと呼ばれていたな」


「クレイモージでちか⁉ 馬鹿な、なんであの子の子孫がこんな事をしているでちか!」


 クレイモージの名を聞いて、エレメアは驚愕の表情を浮かべる。

 無理もない。かつて、共に邪神を封印した仲間が、その封印を解こうとしているのだ。

 驚くなって方が難しい。


「こんな事……だと? 確かに、私の先祖は偉業を為したかもしれない。だが、封印などと中途半端な事をしたせいで、私達子孫には呪いが掛かったのだぞ! 貴様に分かるか! 長生きをすることが出来ない我らの苦しみが!」


 ジャスティナは、エレメアの言葉に激高し叫ぶ。

 そうか……確か、クレイモージの受けた呪いは短命の呪いだったな。

 英雄本人は、それで納得したとしても、直接関わっていない子孫にとってはいい迷惑だな。

 ていうか、本人だけじゃなく血縁にまで呪いが影響するとか、邪神マジ邪神。


「…………」


 ジャスティナの悲痛な叫びを聞き、エレメアも押し黙ってしまう。


「私の一族は、長年この呪いを解くために、様々な事を試してきたよ。だが、ダメだった。残された道は邪神を……完全に滅ぼすことだ。奴が存在する限り、この呪いは解けはしない」


「邪神を……滅ぼす? それだったら、事情を話せば……」


 邪神を滅ぼすという目的ならば、わざわざこのような手に出なくてもいいのではないだろうか。

 あれ? ていうか、そもそもこの世界に人間には出来なかったような気が……。


「ふん、わざわざ封印した邪神を奴らが解くわけないだろう。それに、私の目的はもう一つある。それは……」


「この腐りきった世界を壊すことであります」


 ジャスティナの言葉を引き継ぎ、リスパルミオが答える。


「その通りだ。この世界は腐りきっている。貴様も身に覚えがあるだろう? 土属性のアルバよ」


 名前をいきなり呼ばれ、俺は一瞬固まってしまう。

 確かに、この世界では土属性は地味ってだけで嫌われている。だが、それだけで腐りきっているというには……。


「貴様の事は、エスペーロやリーベから聞いている。どうだ? 私の仲間にならないか?」


「ふふ、エスペーロさんもリーベさんもまるで、恋する乙女の様な目で貴方の事を語っていましたよ? 同性同士の爛れた関係……ああ、興奮が止まりません!」


 銀髪シスターは、とろけるような表情を浮かべながら身もだえて気色の悪い事を言う。

 七元徳は、こんなんばっかか!


「な! ア、アルバ様が貴女達の仲間になるわけないでしょう!」


「そうだそうだ! 貧乳剣士め、アルバを悪の道に誘うな!」


 ジャスティナの言葉に、フラムやアルディが叫ぶ。

 貧乳という言葉に、一瞬こめかみをひくつかせたのを俺は見逃さなかった。

 ああ、気にしてるんですね。

 さりげなく、銀髪シスターも反応していたりする。


「……野次馬の言葉は無視するとして。貴様なら、歓迎するぞ。どうやらわ私と“同じ”ようだしな?」


 同じ……どういう意味なのか聞こうとしたところで、ジャスティナの次の発言で理解する。


「邪神を完全に倒すには、この世界の人間では無理だというのは知っているな? だが、私やお前ならそれが可能だ」


 それはつまり、目の前の人間が俺と同じ地球からこちらへ生まれ変わったという事を示す。


「まずは、邪神の封印を解き、この間違った世界のシステムを根本から壊す。バグである邪神ならばそれが可能だ。そして、そののちに邪神を滅ぼし、我らが世界を支配するのだ」


 ジャスティナは、まるでそれが一番正しい行為だと言わんばかりに大仰に演説する。


「私達の創る世界には、差別や貧困などは存在しない。絶対的な力による統制を行うのだ。貴様も、もう土属性だからと馬鹿にされる事は無いのだぞ?」


「もし、貴女が俺と同じなら知っているでしょう? そういう夢物語は大抵上手く行かないって」


 そう、独裁はどこかで必ず破綻し、廃れる運命なのだ。


「普通の奴ならばな。だが、私は違う。短命の呪いと引き換えに私は圧倒的な力を手に入れた。そこだけは、邪神に感謝だな」


 なるほど、クレイモージの受けた呪いは、強くなるかわりに寿命が短くなる呪いってことか。

 相変わらず、デメリットがでかい恩恵だな。


「……そこの2人もそれに賛成なんですか?」


「私は節制。無駄のない秩序の為なら、いくらでも協力するであります」


「ふふ、私は信仰を司るだけあって、信仰心が強くてね? ジャスティナさんを神として崇める世界に興味があるの」


 リスパルミオやキリエも、ジャスティナに完全に賛同しているようだった。

 

「私も、呪いにより何歳まで生きられるか分からない。同士は多ければ多い方が良い。貴様には、その資格がある。さあ、私の手を取れ」


 ジャスティナは、傷だらけの手を差し出してくる。

 おそらく……彼女は可哀そうな人なのだ。

 望まぬ呪いを受けて、驚異的な力を手に入れてしまったばかりに歪んでしまったのだ。

 彼女の境遇には同情するし、何とかしてやりたいとも思う。


「アルバ様⁉」


「アルバ……!」


 俺が、ジャスティナの方へと近づいていくと、フラムとアルディが悲痛な叫びあげる。

 ジャスティナが、その様子を見てニヤリと笑う中、俺は自分の首へ手を伸ばし、首輪を“簡単に”取る。


「答えは……ノーだ馬鹿野郎」


 瞬間、膨れ上がる魔力に反応しリスパルミオが銃を構え、引き金を引こうとする。


「あぐぁ⁉」


 しかし、銃は引き金を引くことが出来ず、それどころかいきなり銃から無数の棘が生え、リスパルミオの手を貫く。


「すみません、そこはもう……俺の範囲です」


「この……! って、きゃあ⁉」


 続いて、銀髪シスターのキリエが魔法を放とうとするが、その前に地面に魔力を流し込む事で、足元に落とし穴を作り落とす。


「ちょっと、大人しくしててくださいね。岩錠ロック・ロック


 2人に隙が出来たので、俺はすかさず魔法を発動し、リスパルミオとキリエを孫悟空よろしく強固な岩で動きを封じる。


「……ほう。随分、土魔法の扱いに慣れているようだな? 聞いた話では、まだそれほど強くないと聞いていたが……」


「ちょっと事情がありましてね。以前までの僕とは違うんですよ」


「そうか。それで? 交渉は決裂って事で良いのかな?」


「まあ、そうですね。邪神を倒すのは賛成ですが、世界を壊すのは賛成できませんからね。このまま、貴女を捕まえさせてもらいます」


 ……なーんて、強がりを言うが、実を言うとこの力はあんまり長続きしない。

 邪神の力で暴走をしなくなったのはいいが、この力を使えばどんどん人間でなくなってしまうと女神が言っていた。

 短時間なら問題ないが、一定以上使うと侵食が進んでしまうとのこと。

 リミットは大体3分間。インスタント無双と言った所か。

 ただ、そのまんまだとカッコ悪いので、俺は『魔人モード』と名付けた。

 一部とはいえ、流石は邪神の力である。内側からどんどん力が溢れてくる。


「なら、手加減は出来なさそうだな」


 その言葉と共に、殺気を感じたと思ったら俺の右腕が消し飛んでいた。


「アルバ様ぁ! この……! 凍牙アイス・ファング!」


 様子を見ていたフラムは、叫びながら氷柱のようなものを出現させ、ジャスティナに向かって放つ。

 って、フラムは、いつのまに炎以外を使えるようになったんだ?


「……炎皇剣」


 ジャスティナは、慌てることなくポツリと呟くと空中から炎で出来た大剣が現れる。

 彼女は、それを握ると飛んできたフラムの攻撃を全て溶かしてしまう。

 その隙に俺は、その場から飛び退きフラムの方へと向かう。


「アルバ様、大丈夫ですか?」


「うん、僕は大丈夫。精霊化してたからね」


 そう答えると、先程斬られた腕が砂状になりながら戻ってくる。

 それにしても……さっきの斬撃、まったく見えなかったな。

 いつ斬られたかも理解できなかった。流石は、剣帝の子孫と言った所か。

 

「うん、流石にこれくらいじゃダメージを与えられないか」


 ジャスティナは、感心したように言いながら炎の剣を消し、何もない空中を掴む。


不可視の斬撃インビジブル・ブレイド

 

 空中を掴んだ手を、そのまま振ると、嫌な予感がした俺はすかさず石壁を作り出す。

 すると、金属音が鳴り響き、岩壁に何かで斬られたような跡が浮かび上がる。

 

「へぇ、これも気づくか。大抵の奴は、気づかずに斬られるんだけどね」


 最初は、風の魔法かとも思ったが奴の動きの感じから、見えない剣か何かだろう。

 多分、奴が扱える剣は、他にもあるだろう。


「アルディ、その光の輪っか取れそう?」


「うぐぐ、頑張ってるけどむーりぃー!」


 アルディは、イモムシのようにジタバタしているが、未だに解けないようだ。

 魔人モードも、そろそろ解けそうだしどうしたもんか……。

 このままでは、捕縛した他の2人も復活してしまう。

 いつの間にか日は沈んでおり、空には満月が浮かんでいた。


「さて、生半可な攻撃じゃ防がれちゃうみたいだし……ちょっとだけ本気を出そう」


 すると、ジャスティナは今まで唱えていなかった呪文を唱え始める。

 ――ヤバい。何が来るかは分からないが、俺の本能が警鐘を鳴らしている。

 しかし、ジャスティナから発せられるプレッシャーに俺達は動けないでいた。


「……神滅剣スカラグル」


 それは、神々しくもありながら禍々しい気を放っていた。

 白銀の刀身には、赤い紋様が刻まれており、ありとあらゆる物を飲み込みそうな程の魔力をはらんでいる。

 

「必ず避けるんだよ。……消滅しちゃうから」


 ジャスティナは、そう言うと剣を頭上に掲げるとそのまま振り下ろす。

 避けろと言われても、その圧倒的な威圧感の前に俺達は避ける余裕も無かった。

 せめて、フラム達だけでも守らなければ。

 そう思い、俺は邪神の力をフルに使いミスリルの壁を出現させる。

 ゾワリと嫌な魔力が体を這うのが分かる。恐らく、これが邪神の侵食だろう。しかし、今はそれを気にしている暇は無い。

 ミスリルの壁は、目もくらみそうな程の白く輝く斬撃によりドンドンと削られていく。

 ダメージに対して、生成が追いついていないのだ。

 せっかく、邪神の力を制御したのにダメなのか……。

 俺は、唇噛みしめつつもひたすらに壁を生成し続ける。


「アルバ! それ以上はやめて! か、体が!」


 アルディは、俺の体を見て悲痛な叫びを上げる。

 多分、俺の体は予想以上に酷い事になっているのだろう。

 だが、ここでやめたらフラム達はどうなってしまうんだ。彼女達の為なら、俺は命だって投げ出してみせる。


「その根性……気に入ったわ」


 意識が薄れそうになる中、突如俺の後ろから声が聞こえたかと思うと、先程までの激しい攻撃がいきなり消滅する。


「これは……予想外だな。呪いが解けるはずは……」


 ジャスティナは、俺の後ろの方を見ながら驚愕の表情を浮かべている。


「ふん、今日は満月よ。魔女にとって満月は、特別な夜。たかが、邪神如きの呪いなんか屁でもないわ」


 黒のビロードの三角帽子、黒いケープに黒い簡素なドレス。そして帽子から覗く床まで伸びたオレンジ色の長い髪とどこかで見たようなスレンダーな女性は、俺達の前に立つ。


「四元素の魔女エレメア。満月の夜限定の完全復活よ。……さぁ、けちょんけちょんにしてあげるから覚悟なさい」


 エレメアと名乗る妙齢の女性は、凛とした表情でそう言い放つのだった。

 

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