124話

 魔人と対峙しつつ、俺は戦略を考える。

 ゴーゴン又はメデューサの目を見ると石になってしまうというのは、有名な話だ。

 この世界でも例に漏れず、見てしまうと石になってしまうので、奴の目を見ないで戦う必要がある。


「あははは! あー、気分良いわー。獲物もたくさん居るし最高ね!」


 蛇の魔人は、相変わらずテンション高めで通路を陣取っている。

 殺気は無く、まるでおもちゃを見つけた子供のような感じだ。

 

「そう。なら、気分良いまま死になさい。私のヤっきゅんに手を出した罰よ」


 ラビさんが、タンタンと軽やかに壁や天井を駆け巡り魔人の後ろに回り込むと、構えていた大鎌を魔人の首へと振りかざす。

 ヤッきゅんて貴女……。


「あはぁ? なにそれ、攻撃のつもり?」


 しかし、魔人はグルリと首だけ後ろに回しラビさんの方を見ながら右腕で大鎌を掴む。

 すると、掴まれた大鎌がどんどん金へと変化していく。


「なっ⁉」


 そこは、さすが騎士団と言うべきか。ラビさんは、いちはやく状況を察するとすぐに飛び退く。


「ちょっと! 触られただけで金化するなんて聞いてないわよ!」


「えー? 知らないわよぉ。ワイズマンに言いなさいよ、そんな事は」


 抗議するラビさんに対し、魔人は戦闘中とは思えない呑気な口調で答える。

 またワイズマンか。

 確か、鉱山でエスペーロを連れて逃げた奴もワイズマンとか言ってたな。


「……リーベ」


「ああ、ワイズマンだね? うん、彼女を改造したのは彼だよ。通称、知恵のワイズマン。人体改造において、うちで右に出る人は居ないね」


 やはりそうか。

 しかし、敵の組織で人体改造得意とかマッドサイエンティストなイメージしかない。

 正直、凄い会いたくない。


「ていうか、随分簡単に教えるんだな」


「誰にでも平等に接するがモットーだからね」


 平等に接しすぎた結果が、カルト教団の幹部かよ。笑えねーな。


「あ、そうそう。ラビさーん、その人は触るだけで金化できるから注意してねー」


「言うのが遅いわよ!」


 思い出したかのようにリーベが叫ぶとラビさんは抗議する。

 目だけじゃなくて、触るのもアウトかよ……。

 

「ん? ってことは、ヤツフサ!」


 確かヤツフサは、あいつの攻撃を受けていたはずだ。

 

「あはは……ごめん、しくじっちゃった」


 ヤツフサの方を見れば、左腕が金化していた。

 現在も症状は進んでいるのか、じわじわと金化している部分が広がっている。


「リーベ、金化は治せるのか?」


「まあ、金化は呪いの一種だからね。彼女を倒せば、解けるはずだよ」


 となると、やっぱりあいつを倒すしかないってことか。


「それで? そんな魔人を倒す為に来たって事は、手だてがあるんだよな?」


 じゃなきゃ、そもそもこいつを此処に派遣しないはずだ。


「まあね。ただ、それをやるまでは時間がかかるから時間稼ぎをしておいてもらえると助かるよ」


 はっ、簡単に言ってくれるぜ。


「ちょっとー! 作戦会議は良いけど、私ばっかりに戦わせないでよー!」


 完全に金化してしまった大鎌で戦いながらラビさんが叫ぶ。

 やべ、すっかり忘れてた。


「仕方ない……とりあえず、リーベの言う事を信じて時間稼ぎをしよう。ヤツフサ、魔法は使える?」


「うん、腕は動かないけど行けるかな」


 正直、ヤツフサには安静にしていてほしいが、奴の特性上ヤツフサとフラムの魔法は必要だ。

 奴の体のほとんどが金でおおわれている。

 つまり、雷と炎に弱いはずだ。

 ただ、ワイズマンが改造して弱点を克服してるかどうかが不安だったが、リーベは何も言わなかったのでおそらくは大丈夫だろう。


「それじゃあ、ラビさんに当てないようにあの魔人に雷系の魔法を何でもいいからお願い。フラムは、その後追撃」


 そして、怯んだところを俺とアルディで動きを止める。

 とりあえずこんな所だろう。

 もしかしたら、他にやりようがあるかもしれないが、なにせ狭い通路内だ。

 派手に暴れるにはスペースが足らない。


「分かったよ!……雷の矢スパーク・アロー!」


 ヤツフサは了解すると、すぐに魔法を唱えて数本の雷の矢を放つ。

 

「あー! 私の嫌いな奴じゃーん! まじ最悪なんですけどぉ!」


 ヤツフサの魔法に気が付いた魔人は、片手でラビさんをあしらいながら、もう片方の手を動かす。

 すると、壁や地面から金色の円錐のような物が現れる。


「……あ! そういう事か」


 ヤツフサが放った雷の矢は、新しく現れた金の円錐へと引き寄せられてしまう。

 やっぱりか。

 奴は避雷針を生成して、雷の矢の進行方向を変えたのだ。

 もっと大きい魔法なら効かなかっただろうが、雷の矢スパーク・アローは下級魔法で大きさも小さい方だ。

 避雷針があれば、そちらの方へと誘導されてしまっても不思議ではない。


「ど、どうしますのアルバ様」


「とりあえず追撃! ヤツフサは、いったん下がって!」


 ヤツフサとフラムに命令を出しながら、俺は石の矢を放つ。


小さな火球ファイア・ボール!」


 そこへタイミングを合わせるかのようにフラムが拳大の火球をいくつか放ち、石の矢と共に魔人へと向かう。


「あーもう、鬱陶しいなぁ! あとで、みんな仲良く金にしてあげるから大人しくしててよ!」


「あぐっ⁉」


 ちまちまと攻撃されて、よほど嫌だったのか不機嫌そうな声を出しながら尻尾でラビさんを吹き飛ばした後、口から紫色の煙を吐く。

 火球や石の矢が煙に包まれると、ただの金塊に変化してそのまま地面へと落ちていく。


「ちょ、ありかよそんなん! アルディ!」


「合点でい!」


 煙がこちらまでやってきたので、アルディに命令し壁を生成してもらい煙を防ぐ。


「リーベ! 今のは⁉」


「金化煙だね。あの煙に包まれると金化するよ」


 つまり、金になってしまう条件が増えたわけか。

 攻撃が多彩すぎだろうが!

 雷は避雷針で避けられる。他の魔法も煙で無効化。

 どないせーっちゅーねん!

 あまりの理不尽さに思わず、エセ関西弁でツッコんでしまった。


「それで、まだ時間はかかるのか?」


「……あと20分くらい」


 リーベは額に汗を浮かべながら答える。

 こいつがこんなに汗を掻くなんて一体、どんな凄い魔法なんだ?

 まあ、とりあえずは時間稼ぎをしなければならない。

 ……どうやって時間稼ぎしよう。


「とりあえず、奴の金化攻撃をどうにかしなければなぁ」


「ほんとよ! おかげで私の装備がえらいことになったわ!」


 無事だったのか、ラビさんがプリプリと怒りながらこちらへ戻ってくる。

 装備のほとんとが金になってしまっているが、本人は無事なようだった。

 魔人の方はと言うと、壁に隠れている俺達を警戒しているのか、離れたところをウロウロしている。

 正直、このまま膠着状態を続けたいが、奴がまだどれほど隠し玉があるか分からないので、そうも行かないだろう。


「……リーベ、奴が死んだら金化は解けるんだよな?」


「それは確実だよ」


 なるほどな……ならば、一か八かやってみるか。

 俺より強い奴らが揃っているし、万が一俺がやられても何とかなるだろう。


「アルバ様……何をする気ですの?」


 俺の真剣な表情を見て、フラムは心配そうに見てくる。


「……! アルバ! それは危険だよ!」


 俺の思考を読んだのか、アルディが慌てて止めて来た。


「アルディさん、アルバ様は一体何をなさろうとしてるんですの?」


「それは「アルディ!」……アルバ」


 フラムに聞かれ、説明しようとするアルディを止める。

 多分、皆に言ったら絶対止められるからだ。


「……大丈夫。リーベの言う通りなら、失敗しても絶対死なないから。それに魔人も言ってたでしょ? コレクションにするって。なら、どっちにしろ死ぬ心配はないさ」


 金化しても生きてるってのは、テンソちゃんが証明してくれてるしな。


「……俺はアルバを信じるよ」


「ヤツフサ……」


 あの内気だったヤツフサは何処にもおらず、目の前には凛とした一人前の戦士がしっかりこちらを見据えていた。


「アルバはいつだって、苦境を乗り越えて来た。だから今回も信じる。だけど、死んだら絶対許さないからね!」


「……ふふ、それは一体誰に言ってるの? 僕が死ぬはずないでしょう?」


 土属性を認めさせる前に死んでたまるかってんだよ。


「フラム、アルディ。小言なら後で聞く。だから、今は僕を信じて」


「俺は信じるよ! アルバ君!」


「あ、リーベは良いです」


 リーベは、「ひどい!」と泣きながら叫ぶが知った事ではない。


「ねー、まだぁ? 掛かってくるなら掛かってきなさいよぉ」


 魔人は暇を持て余しているのか、寝そべってゴロゴロとしている。

 こういう獲物をいたぶるところは、邪神の特性なんだなと改めて実感する。


「ほら、あいつもああ言ってるしね。行ってくるよ」


 これ以上待たせていると、何をされるか分かったもんじゃないしな。


「アルバ様……頑張ってくださいませ」


「アルバ! あとでいっぱい怒るからね!」


 フラムとアルディの声援を背中に受け、俺は魔人へと対峙する。


「……あらぁ? 1人なのぉ? 正直、君だけじゃ勝てないと思うんだけどぉ。あ! 分かった、素直に私のコレクションになりに来たんでしょ! 可愛いなぁ、もう!」


 魔人は、1人で納得すると嬉しそうにべらべらと喋る。


「耳障りだから、これ以上喋るなよ。“趣味の悪いババア”」


「ババ……っ⁉ 私は、まだ若いわよ!」


 俺の言葉にムカついたのか、魔人は金の矢を生成するとこちらへと放ってくる。

 多分、これも当たったら金化してしまうだろうと予想を付け、俺はギリギリで回避しながら奴へと近づいていく。

 少しでも奴に触れればいいのだ。

 そうすれば成功である。


「この……ちょこちょこ逃げんじゃないわよ、ガキィ!」


 鬼の形相を浮かべながら魔人は、その攻撃を激化させていく。

 反撃したいところだが、俺は今とある魔法を発動中なので避けることしか出来ない。

 あと少し。あと少しなんだ。


「ああもう、鬱陶しい! これでも喰らいなさい!」


 しびれを切らした魔人は、再び口から紫の煙を吐く。

 俺は、それを避けずに煙の中へと自ら突っ切ると魔人へと肉薄する。


「なに⁉」


 まさか、煙を突っ切ると思わなかったのか初めて魔人の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「おらああああああ!」


 その隙を逃さず、俺は魔人に触れようと精一杯手を伸ばす。

 

 ふにゅん。


 瞬間、俺の手には柔らかい感触が収まっていた。

 煙を浴びたことにより、上手く体が動かなかった俺はバランスを崩し、魔人の胸を両手で鷲掴みしていた。

 なんというか……見た目の割に結構柔らかい。

 違うんです、わざとじゃないんです。体ならどこでも良かったんです。


「い……いやあああああああ!」


 魔人となっても羞恥心は残っていたのか、スナップの利いたビンタが放たれ俺は、それをモロに喰らうと全身が金化していきながら地面へと倒れ伏す。

 本当にありがとうございます。


「エ、エロバ様あああああ!」


 エロバじゃない、アルバです。

 フラムの悲痛なようで余裕のある叫びを聞きながら、俺は完全に金化したのだった。

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