111話
「はぁ~。めっちゃ堪能した」
たっぷり30分程、俺を愛で倒した巫女服の女性は満足げに尻尾を揺らす。
……俺も、堪能させていただきました。
これは不可抗力なので浮気では無い。無いったらない。
「いやぁー、すまんね少年。普段は自制できるんだけど、何せ久しぶりのショタだったからさ」
ケモミミ巫女は、ケラケラと笑いながら謝ってくる。
別にそれは構わないんだが、1つ気になる事があった。
「なんで、僕の事が男だと分かったんですか?」
もちろん、毎回間違えられるわけじゃないが、ほとんどの確率で女の子と間違えられる。
この人は、最初から確信を持って、俺を男だと思っていたようだったので気になった。
「ああ、それは私の種族が関係するね。私はワーウルフだから鼻が良いんだ。男と女では匂いが違うから分かるってわけ」
なるほど、それで分かったのか。
「じゃあ、僕が隠れていたのが分かったのも……?」
「ま、匂いだね。男だってのは分かってたけど、流石に美味し……もとい可愛らしいショタだって思わなかったから驚いたけどね」
おい、今この人とんでもない事言おうとしなかったか?
「そうそう、君の名前は何ていうの? 私は、タマズサ。サムライをやってるよ」
「僕の名前はアルバです……ん? タマズサ?」
はて、どっかで聞いたことがある様な……?
「アルバ? うーん、結構前に誰かから聞いたような気がするなぁ」
タマズサさんも、俺の名前を聞いたことがあるようで腕組みをしながら考え込む。
「「あ、ヤツフサから聞いたんだ」」
俺とタマズサさんが同時に、名前を聞いた人物を思い出すと綺麗にハモる。
「という事は、もしかしてヤツフサのお姉さんですか?」
「そういう君は、ヤツフサの親友で土属性のアルバ君かい?」
学園に居た頃、会いたいとは思っていたが、まさかこんなところで会えるとは思わなかった。
ヤツフサは、出来れば会わせたくないみたいなことを言っていたが、思ったより普通の人じゃないか。
さっきのは、少し驚いたが。
「そうかそうか、君がアルバ君か。いや、予想通りの美少年だ」
タマズサさんは、満足げに頷くと俺の頭をワシワシと撫でる。
「あ、ちょ、ちょっとやめてくださいよタマズサさん!」
タマズサさんの身長は、ざっと見て190くらいあるので、完全に大人と子供だ。
ワーウルフは、身長がデカいとヤツフサから聞いていたがデカ過ぎである。色々と。
「んもう、タマズサさんなんて堅苦しいな。君と私の仲じゃないか。タマ姉と呼びなさい。私は、君の事をアーたんと呼ぶから」
「さっき会ったばかりですよね?」
一体、いつから愛称で呼ぶような仲になったのか。
「なはは、気にしない気にしない」
タマズサさんは、俺のツッコミを気にする事無く豪快に笑う。
なんか、ヤツフサと似ても似つかない性格だな。
どちらかというと引っ込み思案なヤツフサに比べて、随分と豪快だ。
「まあ、それはさておきだ。アーたんは、どうしてこんなところに来たんだ? 君も依頼を受けて来たのかい?」
「すみません、こそばゆいんでアーたんは本気でやめてください」
「え? 今、何でもするって……」
「言ってません」
か、絡みにくい。年上という事もあってか、なんか完全に弄ばれてしまっている。
「そ、それで、僕が此処に来た理由なんですが」
俺は、何とか主導権を完全に取られまいとしながら、此処に来た理由を話す。
「なるほどねぇ。その子の為に魔石を取りに……ねぇ。随分、変わった事するんだね」
「そうですか?」
「うん。大抵の奴は、精霊は、同属性の奴にしか見えないって言うのが利点だから、わざわざ人型にしようなんて思わないんだよ。しかも、こんなとこまで魔石も取りに来るし」
「あー……まあ、アルディ……僕の契約した精霊なんですけど、一応形式上は契約ですが、僕は家族だと思ってます。なので、アルディの望みは可能な限り叶えてあげたいんですよ」
流石に、命をくれとか言われたら断るが、そもそもそういう願いはしないしな。
「ヤツフサの言ってた通り、かなりの変人だねぇ」
「はは、よく言われます」
自分は、やりたいと思った事をやってるだけなんだけどな。
「……よし、その魔石を取りに行くのをお姉さんが手伝ってあげよう」
「良いんですか?」
「ああ、元々ここには魔物退治できてるしな。多分、魔物が増えた理由もこの奥にあるだろうし、ついでだついで」
正直、ついてきてもらうというのはかなり有り難い。
ゴースト系には、俺の攻撃が一切通じないから、奴らを倒せるタマズサさんが来るのは助かる。
「あ、そうだ。それで思い出したんですけど、なんでタマズサさ「タマ姉」……タマ姉は、あいつらを倒せるんですか? ゴースト系には物理攻撃が効かないはずなんですけど……」
「ああ、それはコイツのおかげだよ」
タマズサさんは、腰に差していた鞘から、刀身が赤い刀を抜き、こちらに見せてくる。
「妖刀
「虚言癖?」
嘘つきって、どういう事だよ。
「古代語でこう書くんだよ」
タマズサさんは、そこら辺に転がっていた石で地面に虚幻劈と書く。
うわー、中二病真っ盛り……ってこれ漢字じゃねーか。
まさかこの世界で、漢字を見ることになるとは思わなかった。
「ヤマトの国に伝わる古代の字らしいんだよね。今は、ヤマトでも読み書きが出来る人はあんま居ないかな」
ヤマトの国は、日本みたいな場所とは聞いていたが、まさか日本語まであるとは思わなかった。
もしかしたら、建国者が日本人だったのかもしれないな。
「虚像や幻を斬り裂くって意味らしいんだけどね。ただ、実体の無い物は斬れるけど、逆に実体のある物は斬れず、ただの鈍器にしかならないんだよ」
なるほど、それでゴースト共にも攻撃できたってわけか。
しかし、漢字はともかく読み方はどうにかならなかったのだろうか?
「というわけで、奥に行くまでは私に任せなさい。アルバに近づく不届きな魔物は私が蹴散らしてやるからさ!」
タマズサさんは、そう言って腕まくりをして力こぶを作って頼りがいのある姿をアピールしてくるのだった。
◆
「おらおらおらぁ!」
そこからは、まさに一騎当千という言葉がふさわしかった。
奥に行くまでに、無尽蔵にゴーストどもが湧いてくるが、タマズサさんが全て一太刀の元に斬り捨てていく。
「アルバに指一本触れるんじゃないぞ、魔物風情がぁ!」
性格は、ちょっとあれかもしれないが戦闘力は、間違いなくずば抜けている。
流石、父さん達と一緒に学園迷宮に挑戦していただけある。
これが終わって、落ち着いたら学生時代の事を聞いてみても良いかもしれない。
「と、いう訳で最奥に到着!」
途中、順調すぎて特に躓く事は無かったので、割愛させてもらう。
奥に着くと、壁からそれなりに大きな魔石がむき出しになっていた。
確かに、市販の魔石と比べると結構大きい。
「んで、あいつが親玉ってわけか」
タマズサさんの視線の先を追うと、そこには作業着を着た痩せ細った男が立っており、何かブツブツと呟いていた。
そいつは、半透明で明らかに生きている人間では無かった。
「よし、そんじゃまーこいつをぶった切って、とっとと依頼を終わらせちゃおうか」
「ま、待ってください。あの人からは、敵意を感じないので主犯じゃないかも知れませんよ」
死んでいるとはいえ、濡れ衣でぶった切られるのは流石に可哀そうなので、殺る気満々なタマズサさんを押しとどめる。
「えー? もう、アルバは優しいなぁ。まあ、そこが可愛いんだけど」
……そう言うのをさらっと言うのはズルいと思います。
「ゴホン! えーと、そこの方、聞こえますか?」
俺は、内心照れつつもそれを誤魔化すように咳払いをしながら痩身の男性に話しかける。
「……君は?」
どうやら、意思の疎通は出来るようで、うろんな瞳をこちらに向けてくる。
もし、意思疎通が出来ずに襲い掛かってくるようだったら、タマズサさんに斬って貰わなければいけなかったので安心した。
穏便に済ませられるなら穏便に済ませたいのだ。そっちのほうが、後味も悪くないしな。
「僕はアルバ。そっちの人はタマ姉。此処にゴースト系の魔物が大量に湧いてきたと言うので、解決に来たんです」
俺の用事は違うが、そっちの方が話もスムーズなのでそういう事にしておく。
嘘も方便と言う奴だ。
「ゴースト……? ああ、あいつらの事か。多分、俺に引き寄せられてきてるんだろうな……」
どうやら、やはりコイツが犯人だったようだ。
「あの、もしよろしければ、何とかできないでしょうか? 他の人達も作業が出来なくて困っているので……」
「多分、俺が成仏すれば、奴らも自然と消えると思うよ……。ただ、俺も未練があって成仏できないからね……」
まあ、成仏できないって言ったら普通は、未練があるからだよな。
「何が心残りなんですか? 僕達で出来る事なら手伝いますよ?」
「君達が……? ふむ……」
痩せ細った男は、俺に顔を近づけるとジロジロと全身を舐めまわすように眺める。
……視線が非常に気持ち悪いが、ここは我慢だ。
へそを曲げられて、成仏しないなんて言われたら困るしな。
「……うん、君なら出来そうだね。俺の未練は……」
一体、どんな未練があるのだろうか?
やはり、定番どころだと生前の恋人に会いたいとかか。
「女の子みたいな男の子に、あるセリフを言ってもらいたいんだ!」
男は、目を見開きつつ拳に力を込めて、そう叫ぶのだった。
「……は?」
「女の子の様な可憐な男の子がね、こう頬を赤く染めながら、『お兄ちゃん大好き!』って言うんだ。そして、いつかお兄ちゃんと結婚したいと上目遣いで言ってくるんだよ」
あ、これダメなやつだ。
「しかし! 俺には、残念ながらそんな可愛い弟が居ない! だから、金を貯めて可愛らしい男の子の奴隷を買おうとしたんだが、落盤事故で夢も半ばに死んでしまったんだ……俺はそれが心残りでならない! せめて……せめて! 男の子に大好きと言われたい!」
「……うん、タマズサさん。斬っちゃってください」
俺は、穏便に済ませたいと仏心を出した自分を恨みながら、タマズサさんにお願いする。
「分かるよ、その気持ち!」
しかし、肝心のタマズサさんは滝の様に涙を流していた。
「正直、私もショタやロリにそんな言葉を言われたい。アンタのその夢、叶えられなくて、さぞ無念だったろうね!」
「おお、おお……俺の気持ちが分かってくれるか……」
共感してくれたタマズサさんに、男は嬉しそうな表情を浮かべる、
「その夢、叶えてあげるよ。な、アルバ!」
タマズサさんは、期待するような目でこちらを見てくる。
……なんか、ここで断ったら俺が悪者みたいになりそうだな。
仕方ない……タマズサさんには、此処まで護衛してもらった恩もあるしな。
「……1回だけですよ」
俺はため息をつきつつ、承諾する。我ながらお人好しだなぁ。
「コホン。お、お……」
お兄ちゃん、大好き。
そのたった8文字を言うだけなのに躊躇ってしまう。
見た目に関しては、多少吹っ切れたとはいえ、流石にこれは難易度が高い。
自身の頬が赤くなっていくのを感じ、息も荒くなっていく。
「お……お兄ちゃん、大好き!」
ぶはぁ! どうだ、言ったぞ! これで満足かちくしょうが!
これで、成仏できないとか言ったらマジでぶっ飛ばす。
「…………良い。生きてて良かった。幽霊だけど」
男は、これ以上無いくらい幸せそうな顔をして震えている。
「ありがとう。俺は、その一言だけで成仏できそうだ……。俺が消えれば、俺の陰の気に引き寄せられていた魔物も消えるだろう。……本当に、本当にありがとう……」
男はそう言うと、スーッと薄くなっていきそのまま光に包まれて消えていく。
どうやら、成仏したようだった。
「アルバ……君は、1人の男を闇から救ったんだ。誇りに思っていいよ」
タマズサさんは、俺の肩に手を置きながらそんな事を言う。
良い事言ってるとこ悪いけど、まずはその垂れ流しの鼻血を拭こうか。
かなり悲惨な事になっている。
◆
「さて、魔石を取ったら、本当に居なくなったか確認しながら帰ろうか」
鼻栓をしたタマズサさんが提案してくるので、俺は頷く。
ツルハシとかが無いと、普通は掘り起こせないが、俺は土属性だ。
道具が無しでも余裕で魔石を掘り起こせてしまう。
「……誰だ」
俺が、魔石の方に近づこうとすると、タマズサさんが別の方角を睨みながら俺を止める。
「ちょっと、今匂いが分かりづらくて気づくのが遅れたけど……そこに居るのは分かってるんだよ」
「……流石は、ワーウルフ。気配は完全に絶ってたと思うんだけどねぇ」
ねっとりとした独特の喋り方をしながら現れたのは、脱獄したエスペーロだった。
何故か鼻血を垂らしており、貧血気味なのか顔を青くしていた。
「アルバ君……君を迎えに来たよ。さぁ……
エスペーロは、目を血走らせながらそう叫ぶのだった。
ま た 変 態 か
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