第99話

 影にやられたはずの右手を眺めながら俺は、影との戦いを思い出す。

 俺の体の中で暴れていた黒い奴の正体は、おそらく邪神の残りかすみたいなものだろう。

 学園祭の時、俺を乗っ取った時に体の中に残っていたのだと思う。

 そのせいか知らないが、影との戦いは記憶に残っている。

 俺よりも数段強いはずの影を寄せ付けない圧倒的な戦いだった。

 遠距離重視の俺と違い、岩や砂を武器に変えた近接をメインにした戦闘。悔しいが、オールラウンダーを目指す自分としては、邪神に体を支配されたあの戦いは参考になった。

 そして、影を倒した時に魔力切れを起こして気を失ったのだ。


「……また、制御できなかったなぁ」


 あの力を制御できれば、きっとかなりの戦力になるだろう。

 だが、あの力は俺が思っている以上に厄介だ。

 ひとまず、土魔法向上は後回しにし、あの力を制御することを優先した方が良いだろう。


「そういえば、皆はどうなったんだ?」


 俺が此処に居るという事は、皆も迷宮から戻ってきているはずだ。

 皆の所在を確認しようと、アルディにテレパシーを飛ばそうとしたところで勢いよく扉が開く。


「“見た”わよ、アルバ! あんた、また乗っ取られたわね」


 入口に立っていたのは、元の高校生ボディになっているアヤメさんだった。


「すみません……ていうか、見たってどういう事ですか?」


 もしかして、監視カメラとか仕掛けられていたのだろうか。


「そりゃ、迷宮を維持して魔物を管理してるのは私よ? 迷宮内の監視くらい余裕に決まってるじゃない」


 ああ、そう言えばそうか。

 

「んでさー、アンタって土魔法向上云々言ってるけど、たかが邪神にあっさり乗っ取られている奴が、そんな事出来ると思ってるの?」


 アヤメさんの言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 このまま、暴走が続くようだったら、土魔法の地位を向上するどころか、俺が討伐されかねない。


「……受け取りなさい」


 アヤメさんが、何かをこちらに投げ渡してくるので、それを受け取ってみると、小さめの錠前が付いた革製の首輪だった。

 よく飼い犬とかに付ける首輪を想像してもらうと分かりやすいだろう。 


「アヤメさん……そういう趣味が」


 ショタっ子に首輪とかレベル高すぎるぜ。


「……? あ! ち、違うわよ! そう言うのじゃないからね!」


 俺が何を言っているのか理解したアヤメさんは、否定するようにブンブンと手を振る。

 ほほう、アヤメさんが此処まで慌てるなんて、珍しい物を見れた。


「コホン。それは、アンタの中の邪神の力を封印する魔法具よ。昔、とある伝手で手に入れてね。使い道もないし、アンタにあげるわ」


 これまた都合の良い魔法具だな。

 まあ、仮にも五英雄の1人だし、そういう魔法具を持っていても不思議ではない。


「もっと浸食されていたら、その魔法具も意味をなさないけど、アンタくらいの浸食程度なら、その魔法具で充分奴の力を封印できるわ」


 ふむ、そういう事なら有り難く貰っておこう。

 

「でも……なんで首輪……」


 邪神の力を封印するという効果は確かに凄いが、見た目がアブノーマルすぎる。


「私が作ったわけじゃないんだから、文句言わないでよ。とにかく、それを付けてれば乗っ取られるなんて事は無いわ」


 逆に言えば、これを外せば奴の力がまた溢れ出る可能性があるという事か。

 まあ、邪神の力の制御方法が分からない以上、我慢して付けるしかあるまい。


「でも……なんで、僕にそこまでしてくれるんですか?」


 言っては何だが、俺はただの一生徒に過ぎない。

 長い時を生きているアヤメさんにとっては、俺は、そこらへんのモブと変わらないはずだ。


「まあ、1つはアンタを巻き込んじゃったお詫びよ。私達がもっとしっかりしてれば、こういう事態にはならなかったわけだし」


「だから、あれはアヤメさん達のせいでは……」


「シャラップ! 私が納得いかないって言ってるんだから納得いかないの! アンタは、黙って私の申し出を受けてればいいのよ!」


 なんという無茶苦茶な。

 謝罪を申し出る側が高圧的とか聞いたことないぞ。

 流石は、暴君と言われるだけある。

 アヤメさんの剣幕に押されつつ、彼女に促されて首輪を付けてみる。


「……へえ、中々似合うじゃない」


 嬉しくねぇー。

 

「その首輪は、魔法具というだけあって、普通の手段じゃ取れないわ。装着者が強い意志で取りたいと思わなきゃ、まず取れる事は無いわよ」


 ふむ……確かに、結構力を入れてみても首輪は取れる事は無い。

 まあ、これがふとした拍子に取れて力が暴走しても困るし、これでいいか。


「とりあえず、私の用件はそれだけよ」


 アヤメさんは、そう言うと手をひらひら振りながら医務室から出ていく。

 それと入れ替わりにアルディ達が医務室へと入ってくる。


「アルバー! 調子はどーう?」


 アルディは、フラムの肩から飛び立つとフワフワ浮きながら俺の元へとやってくる。


「寝てたお蔭で、だいぶ調子はいいよ。僕は魔力切れで倒れちゃってて、状況がよく分かんないんだけど……皆は、ボスを倒せたの?」


 俺の質問に対し、皆はお互いに見合わせると満面の笑みを浮かべてブイサインをする。

 どうやら、全員ボスは倒したようだった。


「ボスが俺の姿してた時は、驚いたけど実力は拮抗してたし、何とか倒せたよ。戦い方が俺と一緒だったから、俺の弱点の部分を上手く突いたんだ」


 ヤツフサは、1人でボスを倒せたのがうれしかったのか、パタパタと尻尾を振りながら嬉々として説明する。


「そうですわね。実力が拮抗していると言うのは、非常に戦いづらくはありますが、自分の分身と分かれば対処は簡単ですわ」


「フラムは、どうやって勝ったの?」


「ひ、秘密ですわ!」


 俺の問いに、何故かフラムは慌てたように答える。

 むう、そうやって秘密にされると逆に知りたくなるのだが……下手に突っ込んで嫌われたくないし、フラムが話してくれるまで待つとするか。

 スターディやカルネージ、そしてアルディまでもが自分の影と戦ったらしい。

 一通り話を聞いて、俺は疑問が浮かび上がったので尋ねてみる。


「ちょっと聞きたいんだけど……皆の相手は、実力が自分と同じだったの?」


「そうですね。そうじゃなきゃ、攻撃手段が殆ど無いボクには勝ち目がないですよ」


 カルネージは、自嘲しながら答える。

 ……確かに、カルネージには悪いが、戦闘向けでは無いカルネージが強敵に勝つと言うのは難しいだろう。

 

「アルバさんの相手は、実力が同じでは無かったのですかー?」


 同じどころか、俺よりも数段も強かった。

 なんで、俺の相手だけ……いや、学園長やアヤメさんなら面白半分でやりそうだな。

 特に、学園長は、やたらと俺に試練を与えたがるので何かしらのテコ入れはしているかもしれない。

 

「……いや、僕の相手も皆と同じだったよ」


 あくまで、俺の体感で強かったと感じただけで、他から見れば同じかもしれないし、俺はそう答える。


「ねーねー、アルバー。その首輪、どうしたの?」


 皆と会話をしていると、アルディが首輪を突きながら尋ねてくる。


「えーっと、これは……」


 自分の中の邪神を封印するための魔法具です。

 地球でこれを言えば、間違いなく痛い人確定のその台詞を俺は言うことが出来なかった。

 中二病扱いされたくないとかそういう理由ではなく、単純に皆を心配させたくないからだ。


「これは……オシャレかな」


「アルバ様の趣味にとやかく言うつもりは無いですが……いえ、とてもお似合いですわ」


 うん、フラム。顔が引きつってるよ。

 親切というのは、時として他人を傷つけるものである。

 皆の信頼を利用して嘘をつくのは心苦しいが、とりあえず俺の嘘を信じたようである。

 


 それからの学園生活について話そう。

 高等学部の難度10を攻略した事で、俺達の名前は学園全体に知られることとなった。

 どこに行っても注目の的で、中には決闘を申し込んでくる生徒も居たくらいだ。

 また、俺が土属性だというのも周知の事実となり、学園内での土属性の地位が大幅に向上し、今まで日の目を見なかった土属性の生徒達が色々なパーティから引っ張りだこになり、むしろ数が足りないと言う事態にまでなった。

 『真・風雲アルバ城』の時から土属性は見直され始めていたし、今回の事で地位が確立されたと言っても過言ではない。

 アヤメさんから貰った魔法具の調子も良く、あれから邪神の声も聞いていない。

 フラムとの仲も良好で、なんかのフラグなんじゃないかと疑いたくなるほど順風満帆な学園生活を送り1年後。


「高等学部3年生の諸君! 卒業おめでとう!」


 もはや、定番となった飛び級をし俺達全員が高等学部3年となり、ついに卒業の時がやってきた。

 地球と変わらない卒業式を終え、寮に帰ろうとしたところで学園長に声を掛けられる。


「アルバ君」


「学園長先生……」


「どうだったかね? 学園生活は」


「……色々ありましたけど、楽しかったですよ。目標だった土属性の地位向上も叶いましたし。学園内限定ですけど」


「ふぉっふぉっふぉ。学園内だけとはいえ、それをやり遂げた君は立派じゃよ。胸を張ると良い」


「ありがとうございます」


 思えば、学園長には色々お世話になってきた。

 ……まあ、それと同時に厄介事を持ち込まれたりもしたが、恩義の方が大きい。


「これから君には、いくつもの試練が降りかかるじゃろう。じゃが、それに負けず精進するんじゃぞ」


「…………はい! お世話になりました!」


 俺は、溢れ出そうになる涙をこらえながら、頭を下げる。

 その後、学園長と別れた俺は、私物を実家に送り広くなった学生寮の自室を掃除し、校門前でパーティの皆と集まる。


「こうして、皆と集まるのも最後だね」


 ヤツフサは、しんみりとした様子で言う。


「別に今生の別れってわけでもないし、会おうと思えばまた会えるさ」


「そうですよぉ。王国に戻ってきたときは、必ず会いに行きますよぉ」


 スターディは、ヤツフサを元気づける為に明るく振る舞いながらそう言う。


「うん……ぞ、ぞうだね」


 ズビッと鼻水をすすりながら、ヤツフサは答える。

 くっ、俺もつられて泣いてしまいそうだ。


「俺は……絶対、王国で優秀な兵士になるよ。そして、皆を守れる力を鍛えるんだ」


 ヤツフサは、鼻をすすりつつ俺達の顔を見てそう宣言する。


「僕は、土魔法の地位向上。そして世界一の土魔法使いになる」


 俺もヤツフサに倣いそう宣言する。


「私は、アルバの手伝い!」


「私もアルバ様の手伝いをしながら立派なお嫁さんになりますわ」


 はいそこ、さらっと恥ずかしいこと言わない。


「私は立派な大盾士(シールダー)に……そして理想のご主人様探し」


 うん、ぶれないね君は。


「ボ、ボクは……せ、世界一の治癒術士になります!」


 カルネージも負けじと大きな目標を叫ぶ。

 

「それじゃ……誰が一番最初に夢を叶えるか勝負だ」


 俺の言葉に全員が頷き拳を突き合わせる。


「それじゃあ……またね!」


 待ってろよ、世界。必ず、土属性を認めさせてやる。

 俺は、ようやく登り始めたばかりだからな……このはてしなく遠い土魔法坂をよ。

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