番外編 氷魔法に栄光を!
「ぐわあああああ! 俺の腕がああああ!?」
筋骨隆々で髭面の男が、両腕を氷漬けにされて叫んでいる。
「はんっ! 俺を子供だと思って甘く見るからそうなるんだ」
「くそ! 待ちやがれクソガキィ!」
「だーっはっはっは、誰が待つかってんだ!」
取り巻きの筋肉共が追いかけてくるが、捕まったら何をされるか分かったものではないので、俺は地の利を活かして奴らを巻く。
「……ふう、此処まで来れば大丈夫だろ」
俺は、物陰に隠れながら奴らが追ってきていないか確認する。
「ちょっと、メルクリオ!」
「うぉ!? って、なんだメリエラか。驚かすなよ」
突然、名前を呼ばれて驚きながら振り返ると、そこには勝気そうな顔をした俺と同じくらいの年齢の赤毛の女が立っていた。
コイツの名前はメリエラ。俺と同じ孤児院に居る幼馴染である。
「あんた、また冒険者に喧嘩を吹っ掛けたでしょ。ギルドからシスターの所に苦情が“また”来たんだからね!」
「あーもう、うるせーなー。しかたねーだろ。あいつらが、シスターたちの事を馬鹿にしてたんだからよ」
自分達だって、自慢できるような身分じゃない癖に、貧民街に住む俺らの事を馬鹿にしていたあいつらを俺は許すことが出来なかったのだ。
幸い、俺には氷属性の才能が有り、そこら辺の雑魚冒険者には後れを取らない。
ちなみに、メリエラは炎属性の才能がある。
「ちょっと! それを早く言いなさいよ! シスターを馬鹿にする奴らなんて私が燃えカスにしてやるわ」
「ああ、はいはい。俺がもう懲らしめておいたからお前は行くなっつうの」
まったく、こいつはこいつで炎属性らしく怒りっぽい所があるから困る。
こいつが暴走すると、俺がいつも抑える役になるのだ。
「……ふん、まあいいわ」
俺の言葉に、メリエラは鼻を鳴らしながらなんとか落ち着く。
俺よりも沸点が低いこいつは、相手が誰だろうとすぐに喧嘩を売りに行くのだ。
まあ、喧嘩を売りに行く理由の大半が、俺と同じで「身内を馬鹿にされたから」なので俺としては、あまり強く言えない。
俺とメリエラは孤児だ。
生みの親の顔なんて全く覚えていない。今は、貧民街にある教会と孤児院でシスターにお世話になっている。
メリエラともそこで出会った。
俺たちの他にも、何人か孤児が居り、経営も中々苦しい状態だ。
シスターは、そんな俺達にひもじい思いをさせまいと、どこかに出かけては金を稼いでくると言った感じだ。
「んで? お前は、わざわざ俺に小言を言いに来たのか?」
「ああ、そうだったわ。メルクリオ、あんたにお客さんが来てるのよ。正しくは、私とメルクリオに……だけど」
俺とメリエラに客ぅ? 一体、どこの物好きだ。
客自体には、大して興味が無かったが、シスターが呼んでいるという事で、俺は渋々ながらもメリエラと一緒に教会へと向かう事にした。
◆
「ああ、お帰りなさい。2人とも……メルクリオは、またやんちゃしたみたいね?」
「う……別に良いだろ」
「ふふ、まあ、腕白な方が子供らしくて私は好きよ?」
栗色の髪の毛を揺らしながら、シスターはクスリと笑う。
「……っ、子ども扱いするなよ! 俺はもう8歳なんだぞ!」
「充分子供じゃない。わざわざ、大人ぶって難しい言葉使ったりしてさ」
「メリエラは黙ってろよ!」
俺は……大人じゃないとダメなんだ。シスターを守るためには子供のままじゃダメなんだよ。
「……ごめんなさいね。そうよね、メルクリオは立派な大人だわ」
2mくらいの身長に、度重なる洗濯で縮んでギチギチな服に、はちきれんばかりの筋肉をピクピクさせながらシスターは、ごつごつした手を俺の頭の上に乗せ、撫でてくる。
昔、シスターは冒険者をやっていたんだが、病気になったので引退して、教会のシスターになったのだ。
今、こうして普通に過ごしているが、時々血を吐いているのを俺は知っている。
だけど、そんな弱った姿は絶対に俺達の前では見せない。
血を吐いている姿だって、偶然見ただけだ。
だからこそ、魔法の才能がある俺が頑張らなければならないのだ。
難しい本もたくさん読んで言葉も勉強して、難しい言い回しも覚えた。
「……ふん、分かればいいんだよ」
だけど、シスターの為……なんて、恥ずかしくて言えない俺は、照れ隠しに俺の頭を撫でている手を跳ね除ける。
「それで……俺達に客って、誰なんだよ」
「それは、ワシじゃよ」
俺の質問に答える様に、やたら髭がモシャモシャした爺さんが現れる。
「……あんたは?」
「ワシの名はヴァレンツ。魔法学園の教師じゃ」
魔法学園……それは、かつて五英雄の1人が設立した学園だ。
なんでも、身分に関係なく勉強を教えてくれるとかっていう変なところだ。
そこに行けば、良い職業に就けるのだが、そんな学費なんか此処に無いのは分かっている。
だから、俺は一流の冒険者になって、シスター達を楽させてあげるんだ。
「単刀直入に言おう。メルクリオ君、メリエラ君。魔法学園に来ないかね?」
「魔法学園!? どうしよう、メルクリオ! 魔法学園からスカウトが来たわよ!」
魔法学園に憧れている(正確には学園の制服にだけど)メリエラは、ヴァレンツとかいう爺さんの話を聞いてテンションが上がっている。
「……なんで俺達なんですか」
こういう輩を俺は信用していない。
優しい顔して、平気で人を騙す奴を俺は何人も見て来たからだ。
シスターは、人が良いしメリエラは単純だから、此処を守れるのは俺だけだ。
「君達の事は、噂になっているのでな……
そんなに有名になってたのか。
まぁ、天才の俺なら当たり前の話だけどな!
「才能ある若者を育てるというのがモットーのうちの学園としても、君達には是非とも入学してほしくてのう。学園長からのお達しでワシが来たと言うわけじゃ」
「あの……申し出は、大変ありがたいのですが……見ての通り、ここには2人分の学費を出す余裕が……」
ジジイの話を聞いて、シスターが申し訳なさそうな顔をする。
そう、ジジイが何と言おうが、此処にはそんな金は無いのだ。
「それなら心配いらん。我が学園には、『奨学金』という制度がある」
「「「奨学金?」」」
聞いたことのない単語に、俺達は異口同音に尋ねる。
「うむ、学園の創設者が制定したものでの。金に余裕が無い生徒に、出資する制度じゃ。あくまで、金を貸すだけなので、もちろん返済はしてもらうがの。ちなみに利子などは、こんな感じじゃ」
ジジイは、シスターに奨学金とやらの説明をすると、シスターは感心したような顔をする。
どうやら、かなり良心的な制度みたいだ。
非常に胡散臭いが、魔法学園が詐欺をするはずがないのは、流石の俺も知っているので少しは信用していいかもしれない。
「学園には、学園迷宮と呼ばれるダンジョンもあり、そこで取れる素材で売買も出来るので、そこで稼いだ金で返済もできる。君達の才能が有れば、君達だけの力で学園に通う事も出来るのじゃ」
「んーと、つまりはあれでしょ? すっごく頑張れば学園に行けるって事でしょ?」
頭の中が少し残念なメリエは、自分なりに理解しようとしている。
「うむ、そういうことじゃ」
「メルクリオ! 行こうよ! 私とメルクリオなら、奨学金? とかってのも余裕だよ!」
メリエラは、分かってるのか分かってないのか能天気に言いながら、俺の肩をバシバシと叩く。
「行ってきなさい、メルクリオ」
俺が悩んでいると、シスターが優しい笑顔を浮かべながら口を開く。
「でも……」
「ふふ、貴方が私達の為に冒険者になろうとしているのは知っているわ。でも、本当は学園に行きたいんでしょ?」
すっかり見透かされている。
……そう、俺は本当は学園に行きたい。
そして、王国の騎士団に入りたいのだ。冒険者は、確かに一攫千金の職業だけど騎士団の方が、安定しているし、シスター達とも離れなくて済む。
でも……。
「俺は、俺より弱い奴の下で勉強する気はない! 俺を学園に連れて行きたきゃ俺を倒してからにしろ!」
自分から、行きたいと言うのは恥ずかしく、ついそんな事を言ってしまう。
だけど、本音でもある。
もし、目の前のジジイが俺より弱いなら、教師のレベルもその程度という事になる。
そんな低いレベルなら行くだけ無駄だ。
「もう! メルクリオったら、そんな変な意地張らないで素直に行くって言えば良いのに……」
「う、うるさい! これは、男の意地なんだ! 女子供は黙ってろ」
「だから、あんたも子供じゃない……」
メリエラは、呆れた顔をするが俺だって退くわけにはいかないのだ。
「ふぉっふぉっふぉ。元気があって良いのう。良かろう、相手をしてやるぞい」
ジジイは、余裕たっぷりと言った感じで笑いながら構える。
「へっ、その余裕を崩してやるぜ」
俺も構えると、ジジイへと向かっていったのだった。
◆
「父様、何処へ行くのですか?」
小柄な少年が俺を見上げながら尋ねる。
俺と同じ赤毛に、メリエラによく似た整った顔。俺の息子のアルバだ。
「父さんが、昔世話になった所さ」
アルバは、俺とメリエラが孤児だという事を知らない。
普通の平民出身だと思っている。だが、それでいいのだ。
俺とメリエラは、出身には特にこだわらないが、貧民街出身と言うだけで馬鹿にする輩はいつの時代も居るものだ。
俺達が貧民街出身と言う理由で、息子が理不尽な目に会うような事が有ってはいけないからだ。
……だけど、あの人には是非、アルバを会わせたくて今日は連れて来た。
「なんか、ばっちぃ所だね」
アルバの肩に乗っている人形……アルバの契約した精霊であるアルディがそんな事を言う。
「まあ、貧民街だからな……多少の汚さは目をつぶってくれや」
「あ……ごめんなさい」
俺の言葉にアルディは、素直に謝る。
この子は、精霊特有の純粋さで他人が言いにくい事をズバズバ言うが善悪の区別がつかないわけではない。
こうやって、悪い事と分かれば素直に謝る良い子だ。
流石、俺の息子が契約しただけある。
そんなこんなで、貧民街を歩いていると見慣れた教会が見えてくる。
教会の前では、あれから何年も経つのに、相変わらず逞しい筋肉を維持しているシスターが掃除をしていた。
俺とメリエラの稼ぎで、シスターには優秀な治療を受けてもらったので、シスターはすっかり元気になっている。
元気になりすぎて、俺とメリエラがたまに手合せをするくらいだ。
横を見ると、アルバがシスターの姿を見て驚いている。
シスターを初めて見る奴は、大抵の人間が驚くものだ。
俺とシスターが知り合いだって知ったら、もっと驚くだろうな。
そんな事を考えながら、俺達は、シスターの所へと向かう。
シスターは、そんな俺達に気づくと長年変わらない優しい笑みを浮かべて、こちらを見ながら口を開く。
「おかえりなさい」
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