第89話

 扉を開けるとそこは別に雪国だったりはせず、古びた洋風な屋敷といった感じの内装だった。

 食堂をイメージしているのか、部屋の真ん中には薄汚れたテーブルクロスが掛かった長テーブルとイス。所々欠けた皿などの食器が乱雑に置かれていた。


「これまた、あからさまに何か出そうな雰囲気だなぁ」


 少し歩いた先に次の部屋へ行くための扉があるが、絶対そこに行くまでに仕掛けがあるに決まっている。

 アンデッド系のモンスターは何度か戦ったことがあるので多少耐性はついたが、いきなり驚かされるのはいつまでも慣れない。


「うう……一体、今度は何が出るんですの……」


 度重なるゾンビなどの襲撃ですっかりビビってしまったフラムは、俺の手を握りながらビクビクしている。

 フラムには申し訳無いが、普段明るい彼女がビクビクしている姿を見るとギャップで可愛いと思ってしまった。

 いや、普段から俺にはもったいないくらい可愛いんだけどさ。

 

「なにも出ませんように……」


「バ、バアアアアア!あいてっ」


 怯えるフラムを先導しつつ歩いているとテーブルの下からハロウィンのかぼちゃを被り白いシーツを体に纏った人物が両手を広げて現れるがシーツの端を踏んで転んでしまう。


「……カルネージ?」


「ワタシハ、ソンナ名前デハアリマセン」


 なんかわざわざ声色と口調変えて喋っているが、先程の声はどう考えてもカルネージである。

 しかも転び方も同じだったし。

 俺とフラムがジーッと無言で眺めてると黙秘権を行使していたカルネージは、やがて観念したのかすっくと立ち上がる。


「あーもう! 2人共意地悪なんですから!」


 カルネージは、プリプリと怒りながらパンプキンヘッドを取り素顔を出す。


「あはは、ゴメンゴメン」


「まあ良いですけど……それよりも来てくれたんですね」


「約束してたからね」


 俺は、約束はちゃんと守る男なのだよ。


「フラムちゃんもありがとう」


「ふふ、礼には及びませんわ。それよりも……思ったよりその……本格的で少々驚いてますわ」


 少々どころの騒ぎでは無かったのだが、フラムの名誉のために黙っておくことにしよう。


「皆、頑張ってたからね。クラス合同ですからやる気も出ますよ」


 カルネージは自分の事のように自慢げな顔をし胸を張る。

 すると、すぐ近くから咳払いの様な声が聞こえてくるとカルネージは慌てながらテーブルの下に戻ろうとする。


「あわわ、もう戻りませんと……。二人とも楽しんでってくださいね」


「うん、カルネージも頑張ってね」


 カルネージの出現に、少なからず癒された俺達は軽い足取りで次の扉まで行くと木製のくせにやたらと重い扉を力を込めて開く。


「うわぁ……」


 扉を開くと、先程カルネージに癒された心はすぐに荒む事になる。

 目の前には廊下が伸びており、天井から錆びついた鎖が垂れ下がっていてキィキィと耳障りな音を立てて揺れている。

 鎖の先にはランプが吊るされており、鎖の動きに合わせて揺れ動くランプが不気味さを強調していた。

 両側の壁には、肖像画がずらりと並んでおり、返り血がかかっている物や何故か目の部分が真っ黒になっているものがあったりと悪趣味極まりない。

 本気出しすぎだろ、これ作った奴ら。


「酷い匂いですわ……」


 廊下に漂う異臭にフラムは眉をひそめながら鼻をつまむ。

 確かに酷い匂いだ。血やヘドロが入り混じったかのような匂いだ。

 俺達は、目の前の光景と匂いに辟易しながら扉を閉める為に後ろを振り向く。


「…………」


 扉を閉めようと振り向いたとき、扉に人が張り付いていた。

 おそらく、こいつのせいで扉が重かったのだろう。

 奴隷が着る様なボロボロの服を着ており手足には枷が嵌められていて扉にくっついていて右手には血塗れで刃の部分がボロボロな手斧が握られていた。

 頭には皮袋の様な物を被せられており右目の部分だけが穴が開いていて、そこから血走った目がこちらを見つめている。


「あうあう……」


 畳みかけてくる演出にフラムは、顔面蒼白になり金魚の様にパクパクと口を動かしていた。

 ボロボロの男は、呆気にとられている俺達をよそに難なく手足の枷を外す。


「ヴォ……ヴォオオオオオオオオオ!」


 男は、この世の者とは思えない雄たけびを上げると斧を振り回しながらこちらに走り寄ってくる。 


「「うわあああああああああああ!」」


 俺は、同時に叫びながらフラムの手をしっかり握りダッシュして逃げる。


「なんですのあれは! なんなんですの!」


 フラムはパニック状態になり、壊れたテープのように同じことを何度も繰り返し叫ぶ。

 

「あぶふっ!?」


 曲がりくねった廊下を走っていると、フラムが何かに躓いてすっ転んでしまう。


「大丈夫!?」


「は、はい、なんとか大丈夫ですわ。一体な……に、が……」


 俺に助けられて立ち上がり、何に躓いたのかフラムが確認しようと床を見ると生首がごろりと転がり目が合うとニヤリと笑う。


「ケタケタケタ」


 生首は、俺達をあざ笑うかのように不快な笑い声をあげる。


「…………ふぅ」


 ついに限界を迎えたのかフラムは、息を漏らすとパタリと倒れて気絶してしまう。


「ちょ、フラム!?」


 俺は慌てて、フラムを揺するがフラムはむにゃむにゃと何かを呟きながら幸せそうな表情を浮かべる。


「あん、アルバ様……そこはダメですわ。人が見てますもの……」


 夢の中で何してるんだ俺!


「ヴォオオオオオオ!」


 などとツッコんでいると向こうから先程の斧野郎の声が聞こえてくる。


「……えーい、くそ!」


 起きる気配の無いフラムを置いていくわけにもいかないので、俺はフラムを横抱き……いわゆるお姫様抱っこをして抱え上げる。

 力を抜いている人間と言うのは非常に重たいもので、結構な重みが俺の腕にのしかかる。


「ぬ、ぬおおおおおおおおおお!」


 とはいえ、男として女の子を落としてしまうのはどうかと思うので気合を入れてそのままダッシュをする。

 途中、色んな妨害があった気がするがそんなのが気にならない程無我夢中で俺は走り抜けるのだった。


「すみませんすみませんすみません! 私ったらアルバ様になんという事を……っ」


 気合と根性とファイトでフラムを抱きかかえたままお化け屋敷をクリアすると俺は近くのベンチで汗だくでグロッキーになっていた。

 ようやく目が覚めたフラムが状況を尋ねて来たので俺が軽く説明すると物凄い勢いで謝ってくる。


「良いよ良いよ、フラムは女の子なんだしああいうのに弱くても仕方ないって。正直、あれは普通に僕も怖かったし」


 演出だと頭では分かっているのだが、あの斧野郎の殺気は中々の物で殺されるんじゃないかと錯覚したくらいだ。

 中身が大人の俺でそうなのだから、子供のフラムには刺激が強すぎると言うものだ。


「あうう……ですが……」


「フラムを抱っこ出来て役得だったし気にしなくていいよ」


 正直、女の子をお姫様抱っことかちょっとした主人公気分で楽しくなかったと言えば嘘になる。

 台詞がちょっと変態っぽいが、そっちに気を取られて少しでも気分が紛れればそれでいい。


「そう……ですわよね……私、アルバ様にお姫様抱っこを……」


 フラムは、俺の言葉を聞くと何やら俺には聞こえないくらいの声量で何やらブツブツと話す。


「フラム?」


「な、何でもありませんわ! そ、それよりも! 私の気が晴れませんのでお礼をさせていただきますわ! 何がよろしいですか!?」


 何がよろしいですかといきなり聞かれてもなぁ。

 そもそもお礼されたくて助けたんじゃないし、パッと思いつかない。

 そんな事を考えていると、激しい運動をしたせいか俺のお腹が空腹警報を鳴らしてくる。


「お腹が空いてらっしゃるのですね! 待っててくださいな! 今すぐ買ってきますから!」


 俺の腹の音を聞くと、俺の答えを聞く前にあっという間に人ごみの中に入って見えなくなってしまう。


「あー! あんた!」


 俺がフラムの素早すぎる行動に呆気にとられていると聞き覚えのある声が聞こえる。

 そこには、武闘大会で司会をしていた自称アイドル……クララが立っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る