第88話
「おい、聞いたか。武闘大会優勝者無しだったんだってよ」
「え? なんでまた」
「決勝に出るはずの選手がどっちも辞退したんだそうだ。なんか両方ともケガしたみたいでな」
「うわーホントかよ。俺は昨日見に行けなかったけどさぞかし荒れたんだろうな」
「ああ、凄いブーイングの嵐だったみたいだぜ。とりあえず学園長が騒ぎを抑えてたみたいだけどな」
フラムと一緒に広場に来ると近くからそんな会話が聞こえてくる。
うーむ、やっぱり荒れたのか……学園長には悪い事をしたな。
まあ、武闘大会は学園祭の目玉だし決勝なんていう一番盛り上がるイベントなのに中止となれば荒れるわな。
「アルバ様……」
フラムも近くの会話が聞こえていたのか、こちらを心配そうに見てくる。
「ああ、大丈夫だよ。気にしてないからさ」
多分、今の会話を聞いて荒れた原因が自分にあると責めてるんじゃないかと心配になったのだろう。
あいにく、俺はそんな殊勝な心を持ち合わせてないので完全に杞憂だ。
とりあえずフラムを心配させないように笑顔で答える。
「それならよろしいのですが……アルバ様はお優しいですから、気に病む必要はないですからね?」
うーむ、俺はそんな言う程優しくないんだけどなぁ。
何かをする時は、大抵打算が絡んでくるし。まあ、それを言わなければ気づくわけもないか。
「ほら、そんな事よりも早く学園祭を回ろうよ。何処か行きたいところはある?」
「うーん……そうですわねぇ。カルネージさんの所とかどうでしょうか?」
フラムは、人差し指を顎に添えて考え込むとそう提案してくる。
ああ、そういえばカルネージの所に行くって言っておいて結局行ってなかったしな。
「分かった。それじゃ、早速行こうか」
そう言うと俺達は、カルネージのクラスへと向かう事にする。
◆
「こ……ここがカルネージ達のお化け屋敷……」
目の前の光景に俺は思わず驚いてしまう。
そこには長蛇の列が出来ており最後尾には、1時間待ちという札があった。
「え? ていうか、なんでこんな人気あるのこれ」
「知らなかったんですの? カルネージさん達のクラスは他のクラスと協力して作って3教室分を魔法で繋げて巨大なお化け屋敷を作ったんですのよ。結構本格的な作りで人気らしいですわ」
うーむ、3教室繋げるとか流石は魔法。何でもありだな。
それにしても予想外の人気だな。
とはいえ、折角来たんだから入らないで帰るわけにもいかないので最後尾に並ぶことにする。
「でも、そんなに怖いならカルネージは大丈夫なのかな」
昨日見た感じでは平気そうだったが、暗闇+本格的ホラーとかカルネージの精神が心配だ。
「そこは大丈夫みたいですわ。一周回って平気になったと仰ってましたもの」
あー、つまりあれか。臨界点突破したのか。
それはそれでカルネージの精神状態が心配だが、本人が大丈夫だと言うのならとりあえずは様子を見ることにしよう。
本気でやばかったらその時に何とかすればいい。
「あのー……もしかしてアルバさんですか?」
フラムと会話をしていると急に声を掛けられる。
声のした方を向けば、金色の髪に白い肌。黒いドレスに身を包み、口から覗く牙が印象的な吸血鬼ルックの女生徒が立っていた。
年齢は13,4歳と言ったあたりだろうか。
「はい、そうですが……」
「わぁー、やっぱりそうなんですね! メイド服着てなかったんで一瞬迷っちゃいましたよ。私、武闘大会見てたんですよー! 決勝戦は残念でしたけど途中の戦いは、とても勇気づけられました! っていうのも、私もあまり自慢できるような魔法が使えなくて自信無かったんですけど……アルバさんの応用力を見て自分も何かもっと出来るんじゃないかって……」
俺が本人だと知ると、女生徒はマシンガンのようにひたすら捲し立て彼女の勢いに押され、ろくに返事も出来なかった。
ていうか、メイド服の事は指摘しないでほしい。俺だって本意では無かったのだ。
ちなみに今は、俺もフラムも普通に制服を着ている。
「あ、ごめんなさい。一方的に話しちゃって迷惑でしたよね」
「い、いや……気にしなくて良いですよ」
少々驚きはしたが、武闘大会を見て認めてくれると言うのは悪い気がしないしな。
「ところで、こちらに並んでるって事は、もしかして私達のお化け屋敷に御用ですか?」
「まあ、そうですね。此処には僕達の知り合いも居るので……」
「カルネージ君の事ですね! あの子もアルバさん達が来るのを楽しみにしてたんですよ。そうだ! ちょっと待っててください!」
女の子は、また一方的に喋り通すと手をポンと叩きタタタと軽く走って列の先頭の方へと向かう。
「な、なんだか大変元気な方ですわね」
先程の女の子の勢いに押されていたフラムが口を開く。
「そうだねぇ。でも悪い子では無さそうだよ」
そんな感じで女の子の印象について話していると、少ししてから女の子がこちらへと戻ってくる。
「さ、アルバさんとお連れの方もどうぞこちらへ」
「ちょ、ちょっと待ってください! どこに連れてくんですか?」
女の子は、俺とフラムの手を掴むと何処かに連れて行こうと手を引っ張る。
「ああ、ごめんんさい。アルバさん達の事を受付の子達に話して相談したら、ぜひ入ってほしいって事で特別に今すぐ入れるようにしてもらったんです」
「そ、それは流石に申し訳ないんですが……」
いくらなんでもこんだけ並んでるのにそれを全部すっ飛ばして入るというのは気が引ける。
「そうですわ。それに、それをやってしまうと既に並んでる方に申し訳ないですわ……」
「気に入った!」
「うおぅ!?」
俺とフラムが女の子の申し出を断ろうとすると横から声を掛けられて驚いてしまう。
「俺も武闘大会は俺も見てたんだが、君の戦いは俺も楽しませてもらったよ」
「あ、ありがとうございます……」
俺の前に並んでいた一般の若い男性がそんな感じで声を掛けてくる。
「元々、あんまり良い目で見られてない土属性で頑張るって根性も気に入ってたが、特別な対応にも常識で断るその気風気に入ったぜ。俺の前で良ければ並びな」
男の人はそう言うと、俺とフラムを自分の前へと押しやる。
「な、なんかすみません……」
「いーって事よ。人の親切は素直に受け取っておきな。その代り、土属性をもっと広めてくれよ? 実を言うと俺の親父も土属性で貴族連中から蔑まれててな……アンタには期待してるんだよ!」
そう言って男の人はバンバンと肩を叩いてくる。
うーむ、武闘大会の効果が思わぬ所で発揮されたみたいだな。
「大会なら私も見てたわよ。決勝戦こそ見れなくて不満だったけど、貴方の戦いは結構良かったわよ。私もそこそこ楽しめたしお礼の意味も込めて私の前に並んでいいわよ」
男の人との会話が聞こえていた更に前の女性がそんな事を言って俺達を前へと押しやる。
「お? そういう事なら……」
「なんだなんだ?」
「乗るしかない……このビッグウェーブに……っ」
「ガイアが俺に囁くんだ……」
そんな感じで伝言ゲームの様に俺の活躍が前の方に伝わっていき、俺とフラムは大勢の好意によりあっという間に先頭へと来てしまう。
そしてあれよあれよと言う間に俺達はお化け屋敷の中へと入るのだった。
「い、良いのかなー……」
入ってしまってから言うのはズルい気がするが、何かを言う間もなく入ってしまったのだから仕方あるまい。
「良いのではないでしょうか? それだけ、武闘大会でのアルバ様が多くの方に好印象を与えたって事でしょうし」
うーん、何か皆良い人すぎて裏があるんじゃないかと疑ってしまうのは俺の心が汚れてるのだろうか。
「さ、それよりも折角入ったのですから気持ちを切り替えて行きましょう」
それもそうだな。
楽しまないと損だし、好意には素直に甘えるとしよう。
「……と決めたものの普通に怖いんですが」
改めて内装を見渡すとお化け屋敷らしく全体的に薄暗くおどろおどろしい雰囲気が漂っている。
今、俺達が居る場所は西洋の墓場をイメージした場所なのかあちこちに十字架型の墓があり不自然に地面に穴が開いていたり呻き声が聞こえてきたりしている。
学生のクオリティじゃないだろこれ……。
「ア、アルバ様……ははは早く行きましょうううう」
フラムもこの空間にビビってるのか震えていた。
「うばあああああ!!」
俺とフラムが恐る恐る歩いていると横の盛り上がった土からハリウッドの特殊メイクも真っ青のリアルなゾンビが叫びながら現れる。
「ひゃああああ!?」
ある程度予想していた俺は、少しビビった程度で済んだが警戒していなかったフラムは甲高い悲鳴をあげると俺に抱き着いてくる。
「きゃー! きゃー!」
フラムは、ひたすら叫びながら俺に力一杯抱き着いている。抱き着いてくるフラムからは女の子らしい良い匂いが漂ってきて鼻腔をくすぐり、ささやかな胸が俺の体を圧迫してくる。
って、俺は何を考えてるんだ!
「ほら、フラム。大丈夫、大丈夫だから落ち着いて! もうゾンビは居ないから」
目をぎゅっと瞑ってしがみつくフラムを生徒扮するゾンビから離れると、落ち着かせるようにポンポンと背中を軽く叩く。
「ほ、本当ですの……?」
俺の言葉にフラムは、涙を目に溜めながらうっすらと目を開ける。
「本当だから安心して、ね?」
フラムの表情にドキドキしながらも俺は答える。
「うう……私としたことが取り乱してしまいましたわ」
フラムはようやく安心したのか、俺から離れると申し訳なさそうな顔をする。
まあ、あれは普通ビビるよ。 警戒してた俺ですらビビったのだから子供であるフラムにビビるなという方が鬼畜である。
「序盤からこれとは心が折れてしまいそうですわ……」
げんなりした表情を浮かべながらフラムは愚痴をこぼす。
3教室分だからなぁ……そっからお化け屋敷用に遠回りした通路を作ってると考えれば普通に商業用のお化け屋敷の長さくらいはあるのではないだろうか。
「アルバ様……その……こんなことを言うのは申し訳ないのですが……」
「ん? どうしたの?」
「その……予想以上にこ、怖いので……手、手を繋いでください……」
薄暗いのでよく分からないがフラムの顔は何処となく赤いような気がした。
「それくらいならまぁ……」
今までは特に意識しないで握ってたが、こういう場所で意識して握るとドキドキしてしまう。
普段は気にならないのに、今は何故か鼓動がドクドク聞こえフラムの体温が手からはっきりと感じられる。
周りから舌打ちが何回か聞こえてきたような気がするが多分気のせいか演出だろうと信じたい。
途中、何度かゾンビの襲撃にビビりながら進んでいると洋館を意識した扉が見えてくる。
「つ、次は此処を進めばいいのでしょうか?」
「どうやらそうみたいだね……」
俺は、道中の事を思い出しげんなりしながら答える。
というのも何故かゾンビ共がフラムより俺ばかりを狙ってくるのだ。
なんか得体のしれない液体を掛けられたり足を引っかけられて転んだり(地面が土だったので怪我は無かったが)、何故かアームロックを掛けられたりと散々だった。
「大丈夫ですか? アルバ様」
「ああ、うん大丈夫」
心配そうに見つめるフラムに無理矢理笑顔を作って答えるとドアノブを握り中へと入るのだった。
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