第68話

「いってらっしゃいませ、ご主人様ー」


 大学園祭が始まり、数時間ほどが経過した。

 客の入りは、ボチボチと言った所で暇すぎると言うわけでも無く忙しすぎると言うわけでも無い。

 

「意外とお客さん入るねー」


 店内の客が居なくなり、暇な時間が出来たところでヤツフサが話しかけてくる。


「そうだね。ただ……反応は微妙かなー」


 一応、ここに入るお客さんには最初にこの店のコンセプトを説明している。

 萌えについて分かりやすく説明しそれに特化した店だという事を伝えておかないとドジっ子は百歩譲って許せるとして、ツンデレなんかリアルだとタダのムカつく奴なので普通に怒らせてしまう可能性があるからだ。

 そのおかげもあってか、一応そういうものだとして受け入れてもらってクレームは今のところない。

 無いのだが、逆に絶賛されるといったこともない。

 珍しがられるのだが、そこまでで反応的には「お、おう」って感じなのだ。

 まあ、まだ初日だしあと6日もあるしで焦る必要もないんだけどな。


「なあ、やっぱ俺達がメイドって無理があったのかな」


「今更ですか?」


 元凶のベーチェルがぐったりしながら言ってくる。

 まあ、無理もあるまい。

 その格好で接客してれば肉体的にも精神的にも疲れるからな。

 プロデュースしたの俺だけどな!

 俺も最初はきつかったが、意外と楽しくなってきた。

 まあ、このまま男の娘になる気はないがな。期間限定だからこそと言えるだろう。


「えー、そのままなっちゃえば良いのにぃ」


 黙れオカマッチョ。

 あとそのクネクネをやめろ、気持ち悪いから。 


「まあでも、執事の方は成功っぽいですよね」


「あー、そこは流石俺だろ」


 ミリアーナを無視しながら話題を変えるとベーチェルが元気のない顔で親指をグッと立てる。

 ベーチェルに賛同するのは癪だが、確かにこいつの提案なのは事実なので女装メイドはともかく男装執事は成功と言っていいだろう。

 このカフェでは、給仕をしてほしい人を指名できるのだが意外なことにフラムが女性陣に人気があったのだ。

 身内目線もあるかもしれないが、フラムは普通に美少女で男装したら美少年というチートなので人気があるのも頷ける。

 ちなみにフラムのコンセプトは、妖艶系。

 不思議な雰囲気を放つ執事という感じで演技指導したらこれまた見事にハマってるのだ。

 フラムの流し目にやられた女性は多い事だろう。

 かくいう俺も女だったらやられてたと思う。


「流石はフラムって感じだよね」


「アルバ様のご指導の賜物ですわ」


 俺が褒めるとフラムは顔を赤くしてモジモジと照れる。


「アルバとヤツフサも人気だったよねー」


 アルディが俺の肩に乗りながら口を開く。


「アルバさんは納得ですねー」


 そこへスターディもやってきて、納得したように頷く。

 スターディのコンセプトは癒し系執事。

 スターディ自身がほんわかしてるので癒し系と相性が良いのだ。

 ただ、 スターディはなんというか隠し切れないアレが主張していて女性客よりも男性客に人気があった。

 むしろ、スターディはメイド服着た方が人気出るんじゃないかと思ったがそうするとこのカフェの趣旨から外れてしまう為、それは考えないことにする。


「アルバは可愛いからね! 当然だよ!」


「あんまり嬉しくないなぁー」


 メイドは意外と楽しいが、心の底から男の娘になったわけじゃないので素直に喜べない。


「アルバは納得だけど、俺が意外と好評なのがびっくりだよ」


「ヤツフサはね、なんか許せちゃうんだよね」


 ヤツフサのコンセプトはドジっ子メイド。

 ガタイが良いので女の子には到底見えないが、天然物の犬耳メイドという強みとドジをした後のオドオド具合がお姉さま方の心を鷲掴みにしている。

 危うく、一部のお姉さまにお持ち帰りされかけたのは驚いたが。

 そんなこんなで1日目は終了した。

 俺とフラムは、どちらも責任者だったので1日目は流れを掴む為、ずっとカフェに掛かり切りだった。

 少し大変だったが、おかげで問題なく終了したので良かったとしよう。

 客の中には貴族なんかも居たが、大学園祭は無礼講という事もあり特に嫌な客は来ず気の良い人達ばかりだった。

 まあ、問題のある連中は教師達が何とかしてたのかもしれないが。

 軽く掃除と後片付けをして寮に帰ってくるとカルネージがベッドに倒れ込んでいた。


「あー……お帰りなさい~……」


「あらぁ、元気ないわねぇ……お姉さんが慰めて……あ! やめて! 塩は投げないで!」


 元気のないカルネージに舌なめずりしながら近づこうとするミリアーナに塩を掛けて追っ払う。


「元気ないけどどうしたかしたの?」


 ミリアーナを隅に追いやった後、俺は心配して声を掛ける。


「お化け屋敷で疲れたんです……。体力的には良かったんですけどやっぱり暗い所が怖くてですね……精神的に疲れちゃったんですよね」


 あー、確か暗所恐怖症だったもんな。


「それってクラスの皆には言ったの?」


「言ってないです……頼られるのがうれしくて言うタイミングが無かったんですよね」


 カルネージのその気持ちはよく分かる。

 皆から期待されたり頼られたりすると出来ませんって言えなくなっちゃうんだよな。

 特にカルネージなんかは、あの仮面を付けてた時ならまだしも今は素の状態だから尚更だろう。


「今からでも暗い所は無理だって言ってみたらどうかな?」


「……いえ、いつまでも苦手なままにしておいてもイケないのでこのまま頑張ります」


 ヤツフサの言葉にカルネージは首を振って答える。


「おー、カルネージ偉いねー」


「ふふ、ありがとうございます」


 アルディが、カルネージの頭を撫でるとカルネージは力なく笑う。


「そういえば、カフェの方はどうでした?」


「ばっちりだったよ! アルバとヤツフサが凄い人気だったんだから!」


 カルネージの言葉にアルディは、自分の事の様に自慢げに答える。


「へー、流石ですね。今日は、ボクの方は忙しくて行けなかったんですが明日以降は余裕があると思うので行ってみますね」


 知り合いに見られるのは少し気恥ずかしいが、来るなとも言えないので俺達もカルネージの方を見に行くと無難に答える。

 その後も、今日の感想で盛り上がり消灯時間になったのでそのまま就寝したのだった。


 大学園祭2日目。

 恐れていたことがついに起きてしまった。


「お帰りなさいませ。ごしゅじ……」


 もはや言い慣れた挨拶をして出迎えようしたところで俺は固まってしまう。


「来ちゃった♪」


「おー、ホントにメイドだな。くくく、良く似合ってるぞ」


 そう、俺の両親がついに来てしまったのだ。

 来るとは聞いてたが、いつ来るかまでは教えてもらってなかったので完全に不意打ちである。


「……」


 俺は、突然の出来事に開いた口がふさがらずパクパクと口を動かすことしかできなかった。


「お久しぶりですわ」


「きゃー! フラムちゃん、カッコいいじゃない!」


 執事服を着たフラムを見た母さんは、黄色い声を上げてフラムに抱き着く。


「あう、メリエラ様、苦しいですわ。」


 そう言いつつもフラムは満更でもなさそうな顔をする。


「へー、あの人たちがアルバのお父さんとお母さんか。優しそうな人だね」


 ああ、そういえばヤツフサはまだ会った事無かったっけか。


「おいアルバ。俺の見間違えじゃなければあの2人ってメリエラ様とメルクリオ様じゃないか?」


 俺とヤツフサが話していると、ベーチェルが小声で話しかけてくる。


「そうですけど……知ってるんですか?」


「ばっ……! お前、メリエラ様とメルクリオ様って言ったら有名だぞ! 元王国騎士団第4騎士団長に現魔導兵団所属で王国騎士団志望の生徒だけじゃなくて戦闘系に進む奴にとっての憧れなんだぞ!」


 うちの両親、そんなすげーのか。

 って、そうか。難度10の迷宮クリアしたり首席で卒業したりってのは前から聞いてたな。

 この世界では強い奴が優遇される世界だから父さん達が憧れの的になるってのは納得かもしれない。

 よく見てみれば、クラスの連中も父さん達を見てざわついていた。


「へぇー、アルバきゅんのご両親って凄いのね」


 俺の後ろでミリアーナが感心したように言う。


「冒険者なのに知らなかったのか?」


「まあ、私はそれより前に死んだしね」


 ああ、そういえば防具屋のおっちゃんが爺さんの時代には既にあったって言ってたな。


「噂では色々聞いてたけど、実際に見てみると中々私の好みじゃない」


 ミリアーナは、父さんの方を見ながら涎を拭く。


「言っておくけど、父さんは母さん一筋だから無駄だぞ」


「そこはほら、私の魅力でどうとでもなるわよ」


 その見た目で一体どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。



「よし、それじゃ早速アルバに給仕してもらおうかな」


 ミリアーナと会話していると、父さんは、すっごい良い笑顔を浮かべながら俺の肩を叩いてくる。


「じゃあ、私はフラムちゃんに給仕してもらおうかしらね」


「わ、私ですか!? もっと、他の方でもよろしいのではないでしょうか?」


 まさか自分が指名されると思っていなかったのか驚いたような表情を浮かべるフラムは、周りから嫉妬と羨望の眼差しで見られ萎縮しながらそんな事を言う。


「あら? 私の相手はしたくないって事かしら? 私って嫌われてたのね……」


 フラムの言葉に母さんは、わざとらしく泣き真似をする。


「そそそんなことありませんわよ! 分かりました! お相手いたしますから泣かないでくださいませ!」


 純粋なフラムは、母さんの泣き真似にあっさりと引っかかってしまう。

 ……俺は見逃さなかった。

 フラムの言葉を聞いた母さんが、計算通り……! という顔をしていたのを。


 その後、父さん達がカフェに居ると言う噂をどこから聞きつけたのか学園のOBやら一般客やらがカフェに流れ込んできて昨日よりも遥かに忙しくなった。


「ひぃー。忙しいよぉー」


 ヤツフサ達もバタバタと忙しそうに教室内を駆け巡っている。

 俺とフラムは、父さん達の指名という事でクラス全員から全力でもてなせとのお達しでつきっきりである。

 そうこうしている内に客が代わる代わる父さん達に話しかけ、父さん達は慣れたように対応をする。

 すると、そこへ学園長までもがやってくる。


「ふぉっふぉっふぉ、久しぶりじゃのう」


「うげ、ジジイ……」


「お久しぶりです、学園長先生」


 学園長の姿を見て、父さんは嫌そうな顔を隠そうともせず母さんは笑顔を浮かべて手をひらひらと振る。


「メルクリオは相変わらず失礼な奴じゃのう。息子のアルバ君は礼儀正しいと言うのに」


「ふん、お前なんかジジイで充分なんだよ。生徒の時は勝てなかったが、今なら余裕で勝てんだからな」


「何かあったんですか?」


 父さんのセリフに俺は不思議に思い、話に割って入るのもどうかと思ったが聞いてみる。


「こやつは、学生のころは血気盛んでのう。当時、ワシに勝負を挑んで見事に負けてるんじゃよ。それ以来、こうして会うたびに噛みついてきおってな。ワシに勝つには50年は早いと言うものじゃ」


 あの父さんを普通に打ち負かすなんて、学園長のチートっぷりを改めて思い知らされる。

 ていうか、まじで俺の周りにチートが多すぎる気がする。

 俺、本当に土属性の地位向上なんかできるのだろうか。少し自信なくなってきた……。


「それで、何の用だよ。まさか、俺達にわざわざ会いに来たってわけじゃないんだろ?」


 父さんは、学園長を睨みながら乱暴な口調で喋る。

 仮にも貴族なのだから、公の場でくらい取り繕っても良い気がするのだが、父さんはそれを気にする様な性格じゃないと分かっているので俺はあえて何も言わないで静観する。


「まあ、半分はお主達に会いに来たというのが理由じゃな。元教え子との再会は教師にとっては嬉しい事じゃからな。そのついでにアルバ君に会いに来たんじゃよ」


「僕ですか?」


 わざわざ、学園長が会いに来るなんて何の用事だろうか。


「エストレア先生に聞いたんじゃがアルバ君は武闘大会に出るじゃろ?」

 

 学園長の言葉に俺は頷く。


「召喚獣と精霊は基本禁止だという風に聞いてたと思うんじゃが……」


「あー、そう言えばそうだったわね。まあ、それでも当時は私が優勝したわけだけど……ね!」


 母さんは当時の事を思い出しながら、俺の方を見てドヤ顔を披露する。

 まあ、純粋な戦闘力なら確かに母さんなら普通に優勝できるだろう。


「それじゃつまらんとワシは判断し、精霊と召喚獣を解禁することとした。後ほど、大々的に告知する予定じゃがメルクリオ君達に会いに来るついでにアルバ君に伝えておこうと思ってな」


「え! じゃあ、アルバと一緒に戦えるの!?」


 学園長の言葉を聞いたアルディが顔を輝かせる。

 ていうか、そんなつまらないからって理由で解禁していいのかよ。

 俺がそのことを聞くと。


「ワシがルールじゃ!」


 と、地球で言おうものなら炎上しそうな発言をする。

 それが許されるのは学園長と言う人柄とその影響の大きさのおかげだろう。

 理由はともかく、召喚獣と精霊が解禁になったのは有り難い。

 契約したものの空気になっているグラさんやアルディと土トリオで公の場で活躍すれば土の地位も鰻登りに違いない。

 それに、俺1人じゃ不安だったので素直に嬉しい。


「ふふ、その性格は相変わらずですね」


「全くだ。その思い付きでいつも俺達は振り回されてたからな」


 昔から、こんなはっちゃけてたのか。

 ……よく学園長になれたなぁ。


「ふぉっふぉっふぉ、これがワシじゃなからな。自分の信念を曲げたらそれはワシでなくなるからのう」


 いや、カッコいい事言ってるけど要は面白おかしくいきたいってだけだよな。


「さて、これ以上ここに留まっても邪魔になるだけじゃしワシは立ち去るとしよう。明日からの学園祭……頑張るんじゃぞ?」


 学園長はそう言うと、珍しく転移魔法を使わず普通に歩いて教室を出ていった。

 その後、休憩で抜けて来たカルネージがやってきて可愛い物好きの母さんの餌食になったりと中々騒がしい1日を過ごしたのだった。

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