第59話

「なんで……こんな所に邪神の像が……」


 俺は、かつての記憶を思い出しながら近づいていく。

 七不思議の異次元に繋がる図書室と学園深部の邪神が繋がってるとすれば、得心がいく。

 異次元に飛ばされた経験者は居るのに、その先の情報が無いのは“これ”があったから。

 そりゃ、飛ばされた先に邪神の像がありましたなんて普通言えないわな。

 言ったとしても信じてもらえないだろうし、言った事で何かしらの危険があるかもしれない。


「これは、驚いたね……」


 エスペーロさんも驚いているものの、どこか感心したように言う。


「フォッフォッフォ、驚いたかの?」


「「「!?」」」


 邪神像に呆気にとられていると、後ろから聞こえて来た声に俺達は驚いて振り向く。


「が、学園長!?な、なんで此処にいらっしゃるんですか?」


 そう、そこには七不思議の1つ……じゃなかった、学園長が立っていた。


「いやな、誰かが図書室の転移罠に引っかかったようじゃったからな。様子を見に来たんじゃ」


「転移罠……?」


 一瞬、何の事か分からずに首を傾げていると学園長は愉快そうに笑いながら説明する。


「ほれ、噂であるじゃろ?異次元に繋がる図書室。それの正体は、ここに飛ばす転移罠じゃ。普段は、人払いの結界を張っておるから普通の人間は近づこうとは思わないがの」


 なるほど、カルネージやエスペーロさんが感じていたと言う嫌な気配の正体はソレか。

 人払いの結界は、文字通り人が近づかない様にするための結界だ。

 簡単に説明すれば、2人が図書室で感じていた気配の事だ。要は、何か知らないけど近づきたくないって思わせる結界だ。

 でも、なんで俺には効かなかったんだろうか?

 は!?まさか、実は俺には結界無効化能力とかラノベや漫画の主人公にありそうな能力の持ち主だったのか……?


「まあ、たまに居るんじゃよ。人払いの結界が効きにくい者がな。ちなみに、これは単に相性の問題じゃから多分、お主が考えているような特別な力は無いぞ?」


 ですよねー。

 まあ、知ってたけどね!知ってて、あえてボケただけだもんね!

 泣いてなんかないんだからね!


「えーと、それで学園長先生……これは、一体何なのでしょうか?なんで、学園にこのような像が……」


 俺が心で泣いていると、カルネージがおずおずと尋ねてくる。


「うーむ、どこから話したものかのう……。っと、そうじゃ、まずはこれにサインを貰えるかの?」


 学園長は、髭に手を当て思案していると何かを思い出したのか、ポンと手を叩いて懐から3枚の羊皮紙を取り出す。


「これは……契約書?」


 学園長が差し出してきたのは、かつて俺がブラハリーと決闘する前に署名した契約書だった。

 内容は、此処で見聞きしたものは一切他言無用というものだった。


「此処を見た者には例外なく、この契約書を書かせておる。まあ、単純に不要な不安を煽らないと言うのが目的じゃな」


 ああ、なるほど。

 これが原因で誰も喋らなかったのか。

 とりあえず、俺達には何の異論も無かったし、色々話を聞きたかったので3人とも迷わずサインをする。


「うむ、確かに……」


 俺達から契約書を受け取ると、学園長はそれを懐にしまって話を始める。


「まず、この像じゃが……この像の内部には邪神が封印されておる」


「はぁ!?邪神って、あの邪神ですよね!?」


 あまりにも、あっさりと言い放ったので俺は思わず大声を出してしまう。


「まあ、正確に言えば邪神の欠片じゃな。昔、五英雄が邪神を倒したと言うのは知っておるじゃろ?」


 学園長の言葉に俺は頷く。


 『串刺女帝』アヤメ・『万物召喚』ソロモン・『無敵の盾』ウォーエムル・『四元素の魔女』エレメア・『剣帝』クレイモージ

 かつて、この5人が邪神を倒したとされている。

 実際は、ベーチェルが言っていた通り完全に倒したわけではなく、分割して封印しているらしいが……その1つがこれだということか?


「分割して封印されていると言うのは有名な話じゃが……実は、その1つがこの学園というわけじゃ」


「なんで封印した場所に学園を?」


「それが一番安全だからじゃ。代々の学園長は、いずれも力があるものがなるしきたりでのう。当代の王と学園長と封印した本人しか知らん」


 まあ、確かに魔法学園の最深部にあるなんて普通は思わないわな。

 それに学園長じゃなくても魔法教師とか実力者も大勢居るし、わざわざリスクの高い此処を狙う必要もない。


「そして、なぜ学園を建てたかじゃが……お主等は、学園迷宮の魔物が何処から現れてるか知っておるか?」


 学園長の言葉に俺達は、顔を見合わせるが魔物の由来を思い出してハッとする。


「もしかして……この邪神の魔力ですか?」


 ゴクリと息を呑みながらエスペーロさんが、代表して学園長に尋ねる。


「その通りじゃ。いくら邪神の一部で尚且つ強固に封印していても、何かの拍子で封印が解けてしまうかもしれない。そう考えた五英雄は、学園迷宮の核にしようと考えたのじゃ」


 なんつー大胆な考えなんだ……


「難度毎に流し込む魔力を変えて魔物の強さを変える。そして、生徒がそれを倒すことで少しずつでも魔力を消費させ邪神自体を弱体化させようと考えたわけじゃ」


 なるほどな。

 邪神の魔力が強大なら、無駄に消費させればいい話だしな。

 どうやって魔力を流し込んでるか分からないが、多分そ五英雄が何らかの方法でシステムを確立させたのだろう。


「って、もしかして難度10の最下層で戦った魔物って……」


「うむ。難度10の魔物は、他の難度よりも多い魔力を使用している。通常は、獣程度の知能しかないが難度10は、流し込む魔力が多いため、人並みの知能を持っておる」


 そういう……ことか。

 あの異様な殺気は、邪神の一端だったってことか。

 そう考えれば、獲物を無駄にいたぶったりする残虐性にも納得がいく。


「じゃから、お主の両親やお主が一度で倒したと聞いたときは思わず驚いたものじゃよ」


「……ちなみに、両親は」


「うむ、瞬殺しとった」


 まじかよ、どんだけチートなんだ俺の両親は。


「とまあ、邪神が此処に封印されてる理由はこんなものじゃ。次に、他言無用なはずの邪神の噂が何故学園で流れてるか……じゃな」


 そういえばそうだ。

 契約書に縛られている以上、此処の事は知られることが無いはずだ。


「それは、まあわざとじゃな。そう言った噂を流すことで、わざと此処を見つけさせこうやって説明するんじゃ」


「それは何故です?」


「うむ。此処を見つけた生徒に、とあるお願いをすることじゃ」


「お願い……ですか?」


 カルネージが尋ねると、学園長は鷹揚に頷く。


「邪神は大きく分けて7つに分割して封印されておる。じゃが、細かい物を数えるとそれこそ無数にある。生徒達には、卒業後にそう言った物を見つけた際にワシに報告をしてほしいんじゃ。もちろん、強制はしないし生徒達に無理に対処してもらおうとは思っておらん」


 要は、情報収集の要員か。

 実際に邪神を見せて、迷宮のシステムを説明することで改めて邪神の恐ろしさを再確認させて尚且つ、やるかどうかの判断をさせるってわけか。


「初等学部の生徒には、これらの事は荷が重すぎるから噂が流れないようにしていたってわけじゃ」


 あー、何か色々納得だな。

 色々ありすぎて、頭の中はゴチャゴチャしてるが……


「噂を流している理由は、他にもあるが……まあ、これは別に大したことないから良いじゃろう。さて、何か質問はあるかな?」


「あの……この邪神が今すぐ封印が解けてしまうという事はあるんでしょうか?」


 カルネージが遠慮がちに手を上げて聞いてくる。


「それは心配ないから安心せい。根拠は……ちとワシの口からは言えんの。運が良ければ、いずれ知るじゃろう」


 肝心なところが聞けていないが、学園長は自信満々に言うのでとりあえず、当面は大丈夫なのだろう。


「さて、そろそろ時間も遅い事じゃしこの場は、いったんお開きとしようかの。聞きたいことがあれば、直接ワシに聞きに来るがいい」


 学園長はそう言うと、何やら呪文を唱え始める。

 すると、此処に飛ばされた時と同じようなグニャグニャとした気持ち悪い感覚に襲われて、俺は意識を手放した。



「……てください!」


「んん?」


 体を揺すられて、何やら呼ばれているような気がして俺は目を覚ます。


「ああ!アルバ様、目を覚ましたんですのね!」


「急に居なくなるから心配したんだよ!」


 目の前には、心配そうな顔をしたフラムとアルディが俺の顔をのぞき込んでいた。

 周りを見渡すと図書室に戻ってきていたようで、近くにはカルネージとエスペーロさんがヤツフサ達に起こされていた。


「一体、どこに行っていたんですの?」


 フラムの問いに答えようとしたが、契約したのを思い出し俺は首を横に振る。


「ごめんね、ちょっと事情があってそれは言えないんだ。ただ、特に怪我はないから安心して、ね?」


 俺はそう言って、フラムの頭を撫でる。


「ふわっふぅ!?あ、あの……わ、分かりましたわ!」


 フラムは、何故か顔を赤くするとバッと離れてしまう。

 しまった。つい、妹に接するように接してしまった。

 もしかしたら、子ども扱いされて怒ってるのだろうか?


「あの……フラム、何か怒ってる?」


「おおおおお怒ってませんですことわよ!?」


 なんか、言葉がおかしいしやはり怒ってるのか?

 下手に刺激して、さらに機嫌を悪くさせても困るので、ほとぼりが冷めたら改めて謝る事にしよう。


「って、そうだ!カルネージさんの事なんですが……」


 フラムもこの空気は良くないと考えたのか話題を変えてくる。


「もしかしてなんですが……ジルコニア様……ですわよね?」


 え?あー、カルネージの仮面外れたまんまだったか……

 一旦落ち着いた後、学園最深部での詳しい事はぼかしてカルネージのことも一緒に説明した。


「うう、すみません。フラムちゃん……皆、今まで黙ってて」


 カルネージの仮面は結局見つからなかったため、素のカルネージのままで彼はフラム達に謝る。


「驚きましたが、気にしてませんわよ。おひさしぶりでございますね、ジルコニア様」


「あ、え、と……アルバ君にも言ったんですけど……これからも、カルネージって呼んでくれると嬉しいです」


「ふふ、分かりましたわ。カルネージさん」


「へー、あの痛い言動のカルネージの素顔がこんな可愛かったなんてなぁ。それで男って反則だろ」


「あうう」


 王族と知っても態度が変わらないベーチェルの軽口にカルネージは、顔を真っ赤にさせる。

 うーん、ある意味大物かもしれない。


 フラムやヤツフサ達も驚きはしたものの、カルネージの人となりはパーティを組んで知っていたので以前と変わらず接していた。

 当人もホッとしていたようで、どうやら丸く収まったようだった。


「はいはい、改めて結束したところでもう夜も遅いし帰ろうか」


 先程まで、優しく見守っていたエスペーロさんがパンパンと手を叩く。

 時間を確認すれば、もう深夜と言っても差支えない時間だった為、俺達は急いで図書室を後にした。


「いやー、それにしても結構な数の七不思議が実在したみたいだなぁ」


 廊下を移動中、ベーチェルがそんな事を口にする。


「えーと、あと見てないのがすすり泣く女、人食い少女、永遠の生徒会長だっけ」


 ヤツフサは、指で数えながら思い出すように喋る。

 8個中5個遭遇か……結構な遭遇率だったな。 

 まあ、ほとんどがホラーじゃなかったが。 


「そういえば、あの初代学園長の像って結局何だったんでしょうか~」


 スターディが、顎に手を当てながら考える。


「ああ、あれがまだ謎が分かってなかったね」


「あ~、あれね。あれは……」


 うううううぅ……


  俺がスターディの質問に答えていると、アルディが何かを喋ろうとすると、廊下の先から呻くような声が聞こえて来て全員がピタリとその場で止まる。


「今の声……」


「また、カルネージ?」


「ちょ、ボクじゃないですよ!」


 ベーチェルのセリフに続いて俺がボケると、カルネージが慌てて否定してくる。


「うううう……ヒック」


 まるですすり泣くような女の声が、ヒタヒタという足音共に近づいてくる。

 俺達は、全員そろっているので俺たち以外の誰かという事になる。

 全員が身構えながら、その場で立ち止まっているとやがてその姿が明らかになった。


「うううう、なんで私が毎晩見周りなんぞしなきゃならんのだ……独身者限定ってトコに悪意を感じるぞ……」


 そこには、ワインの瓶を片手にベロベロに酔っぱらった合法ロリ……もといエストレア先生が居た。


「くそう、飲まなきゃやってられん……ふぎゃ!?」


 千鳥足のエストレア先生は、何にもない所で躓くとそのまますっころんでしまい、ワインをぶちまけてしまう。


「うええ、ベタベタだぁ……勿体ない」


 中身は、レッドワインだったのかワインに思いっきりダイブしたエストレア先生は、全身を真っ赤に染めており、ペロペロと体についたワインを舐めており、まるで人でも食ったかのような異様な風貌になっている。


「おーい、マッセー!マッセはどこだー!」


 エストレア先生は、俺達に気づいていないのか大声で誰かを呼ぶ。

 すると、金属音を鳴らしながら例の学園長の像がやってくる。

 その光景に俺達は、更に警戒を強めるがエストレア先生は気にした様子は無く、そのまま学園長の像に抱っこされて何処かへ行ってしまった。


「えーと……今のは」


 先程の衝撃の展開からようやく立ち直ると俺は口を開く。


「さっきの像ね。中に入ってたの私と同じ大地の精霊だよ。マッセって言うみたい」


「ちょ、なんでそれ早く言わないの!」


 無駄にビビっちゃったじゃん!


「だって、言おうとしたらアルバが後でって言うんだもん」


 いや、確かに言ったかもしれないが……ちょっと皆、そんな冷めた目で見ないで。心折れるから。


「それでね、私達精霊は、直接意思疎通出来るんだけど……生徒は驚かして帰らせるっていう命令を受けてたみたい」


 んじゃ、あれか。

 あれは単に、俺達に危害を加えようとしてただけじゃなくて帰そうとしてただけって事か。


「あはは、エストレア先生は相変わらずだなぁ」


 エスペーロさんが、苦笑しながらそんな事を言う。


「え?相変わらずって、どういうことですか?」


「ああ、エストレア先生ね。基本、巡回教員なんだけどほとんどああやってやさぐれてるんだよね。見回り自体は、やってるんだけどあの調子だから俺がいつも仕事多くなっちゃうんだ」


 エスペーロさんは、頬をポリポリ掻きながら困ったように話す。

 ほとんど、あんな感じ……?

 あれ?ちょっと待てよ……えーと。


 動く初代学園長の像→中身は合法ロリの契約した精霊

 すすり泣く女→独身を嘆く飲んだくれドワーフ

 人食い少女→レッドワインぶちまけて全身に被ったダメドワーフ


 うん、まあ……あれだ。

 1つだけ言うとしたら……


「8個中3個がエストレア先生じゃねーか!」


 そんな俺の魂の叫びは、夜の校舎に虚しく響くのだった。 

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