第60話

「先生……召喚術を……覚えたいです」


 七不思議騒動から数日後、エストレア先生の授業で俺は、そんな事を提案する。

 ちなみにあの日の夜見たことは、エストレア先生の名誉の為に見なかったことにしようという事で話が決まったのだった。


「召喚術ぅ?なんでまた急に」


 日課の砂風呂に入っていたエストレア先生は、もはや見慣れたスク水を着ながら怪訝な顔をする。

 あれだね、いかに素晴らしいスク水もほぼ毎日見てたら飽きるね。


「前に授業で聞いたんですけど、同じ属性なら召喚できるって聞いたので戦いの幅を広げるためにも覚えたいなって思いまして」


 というのは建前で本当は、ファンタジーっぽいから使ってみたいと言うだけだ。

 現状、俺は土魔法しか使えないので土魔法以外の魔法も体験してみたいのだ。


「ふーむ……まあ、特に断る理由もないし良いか」


 エストレア先生は少し悩んだ後、俺の申し出を了承する。


「召喚術って言っても、技術自体はそんな難しい物じゃない。ただ、注意する事があるけどな」


 床に、魔法陣を描きながらエストレア先生は説明する。


「それは、魔法陣を間違えない事。魔法陣って言うのは、入口と出口を繋げる通路みたいなものだ。どこか1か所でも間違えると繋がる世界が変わって、本来呼び出す存在とは違う存在を召喚してしまう事もあるから注意だ」


「魔法陣で世界を指定できるんですか?」


「現在、判明している世界ならな。図書室に、各属性の召喚術についての本があるから、説明が終わった見てくるといい」


 うーむ、話には聞いてたが異世界は結構な数があるっぽいな。


「まずは、私がお手本を見せてやろう」


 エストレア先生は、そう言うと魔法陣の上に立ち呪文を唱え始める。


「我と契約せし存在よ。今この世界に顕現せよ『ピリカ』!」


 詠唱が終わると、魔法陣が輝き始める。

 光が一層強くなったかと思うと、急速に光が収束していき先程まで居なかったソレがそこにはいた。

 蕗の葉を持った、体長20㎝程とアルディとあまり変わらない大きさのかわいらしい小人の少女でアイヌ民族っぽい衣装を身に纏っていた。


「やっほー!久しぶりだね、エストレア!なんか用だったー?」


「ああ、ちょっと私の生徒が召喚術を覚えたいと言うのでな。現物を見せる為に召喚させてもらったよ。アルバ、こいつはピリカ。コロポックルという種族だ。元の世界は……あー、どこだっけ?」


「やだー、エストレアったらもうボケ始まったのー?地球だよ地球」


「地球!?」


 コロポックルと聞いた時点で、まさかとは思ったがピリカという少女から直接聞いて俺は思わず驚いてしまう。


「ねえ、アルバ。地球ってあの地球だよね」


「あ、ああ……」


 アルディが、俺の耳元で尋ねてくるので俺も小声で答える。


「なんだ、アルバ。地球なんて珍しくないだろ。鬼や妖狐なんて呼ばれる妖怪っていうヤマトの国に居るような種族が住んでる世界で、結構召喚獣としても珍しくないぞ」


 エストレア先生は、さも当たり前と言わんばかりに説明する。

 えー……地球って、そんな魍魎跋扈した世界だったのか……。

 20年、地球で生活してて全く知らなかった。すっごい衝撃な事実である。

 地球って、結構ファンタジーだったんだな。


「え、あ、すみません。本当に異世界から召喚できるんだなって思って驚いてしまいました」


 とりあえず、それっぽい理由を話し謝って誤魔化すことにする。


「ふーん?まぁいい。とりあえず、私の場合は、既に契約してたからこうやってすんなり召喚できたが、実際は魔法陣の中に入って、自分の呼びかけに応える者を探す必要がある。どんなに強い者を召喚しようとしてもそれだけの価値が無ければ呼びかけに応えないからな」


 あれか、レベル1の召喚士が終盤で手に入る召喚獣が召喚できないみたいなものか。


「ねぇねぇ」


 俺がエストレア先生の話を聞いているとピリカが手招きをしているので、俺は屈んでピリカに顔を近づける。


「どうしました?」


「……なあ、兄ちゃん。お嬢の事どう思ってるんじゃ?」


 ピリカが俺の肩に乗って顔を耳に近づけると先程とは打って変わってドスの利いた声で話しかけてくる。


「……へ?」


 あまりの態度の違いに俺は思わずポカンとしてしまう。


「だーかーらー、お嬢の事どう思ってるかって聞いてるんじゃ。好きなんか?うん?」


「えーと、先生としては普通に好きですよ」


「かーっ!そんな事聞いちょらんわ!異性として好きかって聞いちょるんじゃ!」


 異性として……か。

 最初は合法ロリ万歳って思っていたが、人となりを知ると異性としてはどうかなって思ってる自分が居る。

 普通に接する分には、エストレア先生は良い人だから俺もLIKEの方の意味で好きだ。

 ただ、恋愛方面で考えると何とも微妙だ。


「お嬢は、えらい男日照りでのう。生まれてこの方異性と付き合ったことが無いんじゃ。あんさんは、少々ナヨッとしとるが美形じゃ。どうじゃ?お嬢と付き合ってみんか?」


 下世話と言うべきか、主人想いと言うべきか……。

 ピリカの見た目とのギャップも相まって、ただただ困惑するだけだった。


「男ならはっきりせんかい!お嬢と付き合うんか付き合わないんか!?」


「お前は何を言ってるんだ!」


「みぎゃぁ!?」


 俺がまごまごしていると、しびれを切らしたピリカが怒鳴るがエストレア先生に叩かれて地面に落ちる。


「エストレア!私は“モテなくて可哀そうな”エストレアの為を思って……」


「余計なお世話だ!ほら、強制送還!」


「あ、ちょ……まだ話したいことがぁぁぁぁぁぁ……」


 ピリカは、何やら色々叫びながら魔法陣の中へと吸い込まれて消えていった。


「……」


「……」


 ピリカが消えた後、全員が無言になり何とも言えない空気が広がる。


「何も聞いてないよな?」


「へ?」


「さっき、ピリカから何も聞いてないよな?」


 エストレア先生は笑顔で尋ねてくるが、YESと答えないと一瞬でひき肉にされそうな程の殺気を放っていた。

 俺とアルディは、その殺気に押されてコクコクと頷く。


「……ならばよし。ほら、時間も無いからさっさと図書室に行って目ぼしいのを探してこい」


「了解であります!」


 俺は思わず、ビシッと敬礼しそのまま逃げるように図書室へと向かった。


「それにしても、ピリカって子キャラ濃かったねえ」


 図書室に向かう途中、アルディがそんな事を言う。


「まあ、あの見た目であの口調は確かにビビったな」


 そして、エストレア先生を推してくる辺りも凄かった。

 まさか、会っていきなりエストレア先生を推薦されるとは思いもしてなかった。


「でもまあ、キャラの濃さならアルディも中々負けてないよ?」


「それは、褒め言葉として受け取っていいの?」


 俺の言葉にジト目で見てくるアルディに、ハハハと笑って誤魔化す。

 その後も他愛ない雑談をしつつ図書室に到着する。


「数日振りの図書室だなぁ」


 図書室の中に入れば、生徒がちらほらと居た。

 例の場所を見れば、相変わらず結界が張ってあるのかその場所だけ誰も居なかった。


 まさか学園に邪神が封印されてるなんて思いもしなかった。

 学園長曰く、封印に関しては安心して良いと言っていたが、なんとも複雑な気分である。

 邪神復活を狙う組織もいくつかあるから、注意しろとも言っていたな。


「いや、今はそんなんで悩んでる場合じゃないな」


 邪神も重要だが、そんなのは主人公クラスの人達に任せればいい。

 モブの俺は、そっちよりも土属性の向上の方が大事だ。

 そして、今回の目的は召喚術である。


「と、思ったはいいけど召喚術のコーナーってどこだ?」


 図書室……と言ってはいるが、実際は図書館と言っても差支えないくらい広いのだ。

 しかも、図書室は七不思議も含めて2回しか来ていない。

 もっぱら実戦がメインで雑学は授業だけだっしな。


「何かお探しですか?」


 俺が召喚術の本を探していると後ろから声を掛けられる。

振り向いた先には、白銀の腰まで伸びる長い髪をなびかせた不思議な雰囲気の女生徒が立っていた。


「あ、えーと……土属性の召喚術の本を探してまして……」


 一瞬、その人の持つ雰囲気に圧倒されるも俺は目的を伝える。


「ああ、それでしたらこちらにありますよ。案内しますね?」


 女生徒は、そう言うと前に立ち歩き出す。


「あ、何かすみません……」


「いえいえ、気にしないでください。私はよく図書室を利用するので詳しいんですよ?」


 女生徒はそう言うと妖艶に笑う。


「そうなんですか……えーと」


「ああ、名乗るのが遅れましたね。私は、アコルス=カラムスって言います。高等学部3年です。アコルスって呼んでくださいね」


 俺がなんて呼ぼうか迷っていると、それを察したのかアコルスさんが名乗ってくる。


「あ、えと、僕はアルバって言います。高等学部1年です。それでこっちは精霊のアルディです」


「アルディだよー。よろしくねー」


「アルバ君とアルディちゃん……もしかして、アナタ達って初等学部の難度10をクリアした土属性の子?」


「あ、そうです。やっぱり有名なんですか?」


「まあ、そうですね。あの土属性で難度10をクリアするなんて凄い事だと思いますよ?」


 アコルスさんは、見つめながら素直な賞賛の意味を込めてそう言ってくる。


「で、でも……パーティに炎属性の子とか居たので僕なんかそんな大したことは……」


 不思議な魅力の瞳に見つめられ、俺は自分の顔が赤くなるのを感じながらそんな事を言う。


「うふふ、謙虚なのは良い事ですけれど、それも過ぎれば嫌味になっちゃいますよ?」


「き、気を付けます……」


 そんな感じで、居心地がいいような悪いような何とも言えない感覚で雑談をしていると、目的の場所へとたどり着いたのかアコルスさんが立ち止まる。


「はい、着きましたよ。借りたいのがあればカウンターに持っていけば借りれますからね?」


「ありがとうございました」


「いえいえ、それでは頑張ってくださいね?」


 俺が、お礼を言うとアコルスさんは笑顔で手を振りながら立ち去っていく。


「綺麗な人だったね」


「……うん」


 母さん以外で、初めて正統派な美人を見たかもしれない。

 スターディやフラムは美少女の類だし、年下すぎるしでそういう感覚はまず出てこない。

 エストレア先生は年上だがいかんせん残念すぎる。

 そう言う点から見てもアコルスさんは、今のところは欠点が見当たらない程の美人だった。


「って、そうだ見惚れてる場合じゃないや」


 俺は我に返ると、早速召喚術の本をあさり始める。


 そこには、獣人だけの世界や虫だけが存在する世界。はたまたゴーレムなどの魔法生物だけの世界など様々な世界について書かれた色々な本があった。

 どんな奴を召喚しようか迷っていると、俺は1つの単語が目に入る。


『グランド・ドラゴン』


 大地を司る魔竜で、その爪は黒曜石の様な黒い光沢を放っており硬く、そして鋭くあらゆるものを切り裂く。

 その眼光はあらゆるものを萎縮させ、その体表はあらゆるものをはじく大地の覇者である。



 そんな感じの説明が書かれており、挿絵こそ無かったがとても気になった。

 ドラゴン。

 ファンタジーのド定番で、どの漫画、小説、ゲームでも大抵強力な存在として描かれているモンスターだ。

 しかも、説明文には大地の覇者とある。

 土魔法の向上を目指す者として、これは召喚しない手はないのではないだろうか。

 いやまあ、俺にグランド・ドラゴンを召喚できるだけの器があるかどうかと言われたら無いと言い切る自信はあるが、ダメ元でやってみる価値くらいはある。

 とりあえず、試してみようと思いカウンターに向かいその本を借りることにした。

 アコルスさんに改めてお礼を言おうと思ったが、別の場所に居るのか近くには見当たらなかったのでそのままエストレア先生の居る教室に戻る事にした。



「グランド・ドラゴン……ねえ。これまた大きく出たな」


 エストレア先生に伝えると、案の定というかなんというか呆れた感じで言ってきた。


「あはは、まあ、ダメ元でやってみようかと思いまして」


「確かに失敗……というか、応じなかった場合のデメリットは特にないしな」


「ちなみにエストレア先生は、見たことあります?」


「ああ、あるぞ。と言っても召喚は流石にできなかったがな。大地の覇者というだけあって中々貫禄があったぞ。どんな姿かは自分で確かめてみるがいい」


 エストレア先生から、そんな感じの話を聞くと俺はますますやる気が出てくる。

 そんな凄い物を万が一にでも召喚できたら土魔法向上へまた一歩近づくことが出来る。

 ドラゴンを召喚するのでエストレア先生と一緒に外に出た俺は、本を見ながら魔法陣を描いていき呪文を唱え始める。


「我が名はアルバ。土の継承者なり……汝、我が声に応えよ……」


 魔力が別の世界に繋がる様な感覚が全身を駆け巡り、俺は集中力を乱さないようにする。

 だが、やはり俺には分不相応だったのか一向に応える気配が無い。

 しかし、俺としてもそんな簡単にあきらめたくないので何度も詠唱する。

 汗が全身から吹き出し、魔力もどんどん減少していくのを感じる。


「汝……我が声に……応えよ!」


 魔力も残りわずかになり、俺は最後の力を振り絞って全力で召喚を試みる。

 すると、反応が無かった魔法陣が光り輝き始める。

 まず魔法陣から現れたのは、本に書かれていた通りの巨大な黒曜石のような光沢を放つ鋭い爪。

 灰色の毛に覆われた巨躯につぶらな瞳、先端のピンク色の鼻がキュートなソレはなんというか……巨大なモグラだった。


「う……」


 俺はその、圧倒的な存在感の前に思わず後ずさりをしてしまう。


「ワシを呼んだのは貴様か……」


 巨大なモグラは、厳かな声で喋りながらジロリとこちらを睨んでくる。

 普通の人間ならば、それだけで畏怖しひれ伏していただろう。

 だが、俺は……


「…………モッフモフじゃああああああ!」


 その圧倒的なモフモフっぷりに心を奪われ抱き着いていた。

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