第53話

「うーん……」


「どうしたのー、アルバ?」


 休日、俺が自室のベッドで悩んでいるとアルディが話しかけてくる。

 ちなみにヤツフサとカルネージは出かけているので、部屋には俺とアルディだけだ。


「いや、ちょっとカルネージについてね。回復以外でも活躍できるようにしたいなって思ってね」


 あれから、何度か簡単な迷宮を攻略したが流石に難度10を攻略しただけあって高等学部と言えど難度が低い奴は楽勝……とまでは行かないものの結構楽に攻略できてしまう。

 スターディは、そもそも回復要らずだしヤツフサもそのスピードを活かして中々ダメージを受けない。

 俺やアルディ、フラムは後衛なので相手がよっぽど強くない限り回復しかできないカルネージには、やることが無いのだ。

 俺的には1人くらいは手持無沙汰が居た方がいざというときに対処できるから良いと思うが、それは攻撃手段がある奴の場合の話で攻撃手段を全く持たないカルネージに、その役割は荷が重い。

 

 ていうか、あんまり暇を与えすぎると何をしでかすか分からないから自衛くらいは出来るようにさせたいと言うのもある。

 少し……いや、かなり痛い奴ではあるがどこか放っておけないというのもありこうして、カルネージの戦い方について考えていたのだ。


「あー、でもカルネージって武器も使えないって言ってなかったけ」


 そうなのだ。

 試しにカルネージに短剣を持たせて、雑魚敵と戦わせようとしたら物凄いへっぴり腰でまともに戦えなかった。

 この学園……というか世界には飛び級はあるが、留年という概念は無い。

 つまり、どんな落ちこぼれでも必ず卒業できるのだ。

 自分が落ちこぼれだと自覚している奴は劣等感を感じて自主退学をしたりする奴も居たりするらしい。

 属性面で言えば、俺も落ちこぼれの部類に入るわけだが目標を考えるとここで挫折するわけにはいかないと言う気持ちもあるので頑張っているのだ。

 まあ、少数ながらも理解者が居るっていうの大きいが。


「そうなんだよなぁ……どうしたもんか……」


 回復魔法しか使えない奴の攻撃手段……ねぇ。


「あー!ダメだ!俺の頭じゃ思いつかん!」


 俺はガシガシと頭を掻きながら勢いよく起き上がる。

 

「うわわ!?もう、アルバ!急に起き上がらないでよー!」


 その勢いで胸の上に乗っていたアルディが転げ落ちてしまい、アルディからお叱りを受けてしまう。


「ああ、ごめんごめん。ちょっと気分転換に散歩行くけどアルディも一緒に行く?」


「行くー!」


 プンスカと怒るアルディの頭を撫でながら尋ねると、途端に笑顔になり両手を挙げてピョンピョンと跳ねる。

 ちょろ……いやなんでもない。


 俺達が寮の外に出ると、外はカラッと晴れておりとてもいい天気だった。


「久しぶりのいい天気だなぁ……」


 俺は、日の光に目を細めながら言う。

 ここ最近は、天気が崩れており昨日も雨と雷が酷かった。

 カルネージが雷が鳴る度に叫んで抱き着いてくるのは本当につらかった。

 可愛い女の子ならまだしも、何が悲しくて男に抱きつかれなければいかんのだ、まったく。


 水はけが悪いのか、あちこちに残る水溜りを避けながら俺達は、当ても無くぶらぶらと歩く。

 たまには、こういう目的の無い散歩もいいもんだな。


「ねえ、アルバー。水溜り入っちゃダメかな」

 

 大きな水溜りを見るたびにアルディがウズウズしながら聞いてくる。


「汚れるからやめなさい」


「ちぇー」


 知識を共有しているとはいえ、アルディの行動原理は無邪気な子供と変わらない。

 大きな水溜りがあるとバシャバシャやりたくなるという気持ちは正直分からないでもないが、それをやって汚れたアルディを連れて散歩したら俺が周りに冷めた目で見られかねない。

 そういう性癖の持ち主ならばいいが、生憎俺はノーマルだ。

 冷めた視線を受けたら心が折れる自信がある。

 

「あら、アルバ様じゃありませんの。それにアルディさんも。何をしてらしたの?」


 膨れるアルディを宥めながら歩いていると、向こうからフラムがやってきて声かけてくる。


「やあ、フラム。ちょっと考え事が纏まらないから気分転換に散歩をね」


「ねえねえ、フラムー。アルバったら汚れるから水溜り入っちゃダメって言うんだよー」


 アルディは、先程の事を告げ口しながらフラムの方にフヨフヨ飛んでいく。思わず、子供か!とツッコミたくなったのは仕方ないと思う。


「それはアルバ様が正しいですわよ。折角可愛いんですから汚れたら台無しですもの。ねえ、アルバ様?」


 飛んできたアルディを抱き留めながらフラムは微笑んで優しく諭し俺に同意を求めてくる。


「そうなの?アルバ」


「まあ、そうかな」


 本当は違うのだが、折角のフラムのトスなので話を合わせることにして答える。


「えへへー、そっかー。じゃあ仕方ないね!」


 俺の言葉を聞いてアルディは、機嫌を治してニコニコと笑う。

 

「そういえば、フラムは何でここに?」


「私は、魔法銃の弾を買いに行ってましたの。そろそろ予備が無くなりそうでしたから」


 そう言うと、フラムは皮袋に入った弾薬を見せてくる。


「まあ、それは置いといて……あの、もしアルバ様さえ良ければ私もご一緒してよろしいですか?」


 フラムは、弾薬をしまうと顔を赤らめモジモジし始める。

 くっ……これで子供じゃなかったら籠絡されていたぜ……!


「別に良いけど……ただの散歩だよ?」


 俺はロリコンじゃないと内心で呟きながら平静を装って答える。


「構いませんわ。折角いいお天気なのですからぜひご一緒にと思いまして」


「まあ、フラムがそれでいいなら……」


「! ありがとうございますわ!」


「あ、じゃあ私はちょっと用事が……」


 アルディは、何かを察したような顔をすると何処かへ飛び立とうとする。


「ちょっ、お待ちくださいな!」


 フラムは、飛び立とうとするアルディを必死の形相でガシッと掴むと何やら小声で話し始める。


「アルディさん?どこに行こうと言うのですか……?」


「え?いやほら、私居たら邪魔かなって」


「ふ、二人きりだと間がもちませんの!一緒に居てくださいな」


 二人が小声で話しているせいで、内容はよく聞き取れないがフラムは真剣な顔で何やらアルディに頼んでいるようだ。

 少ししてから二人が顔を離すとアルディは、俺の肩に戻ってくる。


「あれ?用事はいいの?」


「うん、別に大したことじゃないから」


 アルディに尋ねると、アルディは何でもないと言う風にパタパタと手を振る。

 ふむ、まあ本人が大したことじゃないと言うのなら深く突っ込むこともあるまい。

 俺達は、そのままフラムを加えて散歩の続きをする。



「……平和ですわねぇ」


 散歩を始めてからしばらくした頃、フラムが口を開く。


「学園の外に行けば、邪神を崇める組織があったり、魔物が暴れてる地域があるなんて信じられませんわよねぇ」


 確かに、学園内でもいざこざはあるが概ね平和だ。

 のどかな雰囲気の中、こうして両手に花の状態で歩いてるなんて前世では考えられなかったことだ。


「私が、こうして変われたのはアルバ様のお蔭ですわ。あの時、助けてくださらなかったら私は……偏見に囚われたまま死んでいましたわ」


「そんな……あの時は、結局僕だって完全に助けることは出来てなかったよ。結局、アルマンドにはやられちゃうし、そのせいで逃がしちゃうしで……」


 父さん達とは、手紙とかで連絡を取って救済者グレイトフル・デッドのその後を聞いたりしているが、アルマンドに関しては完全に行方が分からないらしい。

 父さん達が本気になって探してはいるが、色んな所に根を伸ばしているせいで全容がつかめず、潰せているのは末端だけらしい。

 このまま、学園を卒業して冒険者になればアルマンド達とまた対峙することになるかもしれないな。

 あの時、父さん達が助けに来なければ……と考えるといまだにゾッとする。


「それでも、私はアルバ様に助けられたと感じ……恩を感じていますわ」


 フラムは、2、3歩テテテと前に出るとクルッと振り返り、笑顔で見つめてくる。


「当時5歳だったにも関わらず、私を助けようとしてくれたその勇気はとても尊敬していますわ」


 フラムの笑顔と素直な賞賛に俺は少し心が痛くなる。

 見た目は確かに子供だが、中身はいい大人である。子供では出来ない事が出来て当然なのだ。

 そんなズルをしてるからこそ、フラムの純粋な好意に対して後ろめたくなる。


「それで……アルバ様さえよろしければ……これからも私と仲良くしてくださいね!」


「……うん、こっちこそよろしくね」


 フラムは、顔を真っ赤にしてそう言うと俺は、ズキズキと痛む良心を抑え込んでそう返事をする。


「私も!私もずっと仲良くするー!」


 アルディは、俺の肩の上ではしゃぎながら叫ぶ。

 俺は、アルディの無邪気な行動に少しばかりホッとした。


「って、改めてこう言うと凄い恥ずかしいですわ!」


 フラムは、パタパタと自分の顔を仰ぎながら俺の隣へと戻ってくる。


「そ、そういえば!先程、考え事って言ってましたけど何を考えていたんですの?」


 なんとも言えない空気になったその場の雰囲気を変えようと、フラムが話題を振ってくる。


「ああ、カルネージさんの事でね……」


 俺は、今朝考えていたカルネージの戦闘手段について話す。


「んー、確かに攻撃手段はともかくとして自衛できるようにはしたいですわね。いざというときに守れるとは限りませんし」


「何か良い方法無いかな」


「光属性なら、他にはないような攻撃魔法もあるのでしょうけど、生憎私は詳しくありませんの……申し訳ありませんわ」


 フラムはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやいや、フラムが謝る必要はないよ。念の為聞くけど、アルディも知らないよね?」


「うーん、土属性だったら分かるんだけど他の属性はその精霊に聞かないとなぁ」


 アルディもやはり分からないようだ。

 こうなったら、どこぞの便利な猫型ロボットよろしく学園長を呼ぶか?

 いやでも、流石に休日に呼ぶのはなぁ。


「って、あら?」


 俺が悩んでいると、フラムは何か見つけたようでそちらへ走っていく。


「何か見つけたの?」


「ええ、此処の花なのですが……」


 フラムの視線の先を見るとそこには花壇が有り、何の花かは分からないがかつては綺麗に咲いていたであろうそれが今は、すっかり萎びてしまっていた。


「先日までは、綺麗に咲いていましたのに……」


 悲しそうな顔をするフラムの隣にしゃがみこみ花壇の様子を確認すると水はけが悪いのか、花壇には水溜りがいくつかあり土もかなり湿っていた。


「あー、これは根腐れしちゃったかなぁ」


「ねぐされ……ですの?」


 俺の言葉にフラムが、不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「えーとね、文字通り植物の根が腐っちゃうことだよ。原因はいくつか考えられるんだけど大抵は水のあげすぎとか土の水はけが悪いとかなんだ。ここ最近、ずっと雨だったしね」


「水をあげるのは良い事なのに、ダメになってしまいますの?」


「うーん、なんていうのかな。どんなに体に良い物でもそれを与えすぎると逆に毒になっちゃうこともなるんだ」


 薬も過ぎれば毒となる。ってことわざが地球にもあるように何でもやり過ぎは良くない。

 って、ん……?


「あーーーーー!」


 俺は、まるで天啓のように閃くとガバッっと立ち上がる。


「ちょ!もう、アルバ!また急に立ち上がるー!」


 アルディが俺の肩から転げ落ちてしまい、文句を言っていたがそれどころではない。

 なんでこれを思いつかなかったのだろうか。


「きゅ、急に大声を出してどうしたんですの?」


「フラム!ちょっと聞きたいんだけど魔物に回復魔法って効くの?」


「え?えーと、確証はありませんが効くと思いますわよ?まあ、誰もわざわざ魔物を回復させようとはしないですが」


 フラムの言葉に、自分の考えでイケるのではないかと思い始める。


「フラム、明日はちょっと迷宮攻略で実験させてね。ちょっと思いついたことがあるんだ」


 俺は、自分の思いついた考えをフラムに伝えた後、散歩を切り上げて夜に帰ってきたヤツフサとカルネージにも伝える。


「そんな方法で本当に上手く行くのか?そんなの聞いたことが無いぞ」


 まあ、普通は敵をわざわざそこまで回復させようと思わないからな。

 俺も地球での知識が無かったらまず思いつかなかった。


「まあ、まだ予測の段階なので失敗するかもしれませんけどね。とりあえず、明日の迷宮での実験次第です」


「ふん、そこまで言うのなら試してやろう。家来の願いを聞いてやるのも主の務めだしな」


 誰がいつ家来になったよ。

 と、普段ならツッコむところだがここでカルネージにへそを曲げられて明日実験できなかったら意味が無いのでグッと堪えてその日はそのまま過ごした。


 翌日、俺達は難度1の迷宮に来ていた。


「とりあえず、効果が見たいから魔物が出たら倒さない程度に攻撃してくれる?」


「うん、わかったよ」


 ヤツフサは、俺の言葉に快く頷く。

 複数の敵を相手にすると手加減が難しいので単体で行動している敵を探し、俺達は実験に移る事にする。

 遭遇した敵は、初等学部でも見かけたことのあるでっかいミミズの魔物だ。


「それじゃあ、お願い」


「任せて」


 俺の言葉に、ヤツフサは軽やかに走りミミズに一撃を与える。

 上手い事ダメージが入り、死んではいないものの瀕死で動きが鈍くなっている。


「それじゃあ、カルネージさんお願いします」


「うええ、気持ち悪いよぉ……」


 ウゴウゴと動くミミズの魔物にカルネージは、情けない声を出しながら近づく。


「良いですか?俺が良いって言うまで回復は絶対やめないでくださいね」


「わ、分かった……」


 カルネージは、へっぴり腰になりながらもミミズに回復魔法をかける。

 すると、ヤツフサから受けたダメージがみるみる内に治っていく。


「ふええ、魔物にも回復魔法って効くんですねぇ」


 スターディは、感心したように呟いている。

 うむ、とりあえず回復魔法については問題ないようだ。

 問題はここからだ。

 傷が完治し、ミミズが再び活発に動き始めるもカルネージは、俺の言いつけを守って回復魔法を掛け続けている。

 当然、元気になったミミズもこちらを襲ってくるので、スターディに盾になってもらう。


「おい、まだか!?」


 回復魔法を掛けながらカルネージが叫んでくる。


「もう少し……お!」


 ミミズの様子を探っていると、先程まで元気に動いていたミミズの動きが遅くなる。

 何やら苦しそうにのたうち回ったかと思うと、ビクリと一瞬震えた後、死んだ証拠である光の粒子に包まれ始め、少しすると完全に消滅する。




「どういうことか説明してくれるんだろうな?」


 実験も成功し、迷宮から出るとカルネージが詰め寄ってくる。


「説明も何も、昨日したじゃないですか」


「えーと、過剰回復……だっけ?」


 俺の言葉に、ヤツフサが昨日の説明を思い出しながら喋る。

 昨日の花壇の根腐れを見て思い出しのだが、通常回復魔法は傷を癒す魔法だ。

 ならば、なぜ傷が癒えるのか?

 大抵の回復魔法は、体の組織を活発化させて治癒速度を速めるというものだ。

 この世界での魔法は、イメージによる補足が大きい。

 が、それはあくまで大きいというだけで全部ではない。

 この世界の魔法の法則は分からないが、イメージ以外に働いている法則があるはずだと俺は予測を立てたのだ。

 もし、回復魔法も傷を治すと言うイメージの他に、体の組織を活性化させて治癒速度を速めるという法則もあるのならば、回復魔法を掛け続けることで過剰に体の組織を活性化させて逆に組織を破壊できるのではと考えたのだ。

 

 まあ、これはあくまで俺の漫画での知識の元に立てた予想なので、そもそもが間違ってるかもしれない。

 結果としては、上手く行ったので良しとしよう。

 俺は、過剰回復について分かりやすく皆に説明する。


「ああ、昨日の花壇を見て思いついたのはそれだったのですね」

 

 俺の説明を聞いて、フラムは納得したような顔をする。


「しかし……光の回復魔法でまさか、こんな非道な魔法を思いつくとはな……アルバ、貴様も中々闇の素質があるな!」


 カルネージは、まるで仲間を見つけたようなテンションでビシッと指を差してくる。

 やめろ!俺を中二仲間に引きずり込むな!

 その後も、やたらと仲間認定したがるカルネージをあしらいながら、過剰回復の訓練を続けたのだった。


 カルネージは、攻撃手段を手に入れた!

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