第23話
エストレア先生の初授業の翌日。寮の裏でランドリクさんの訓練を受けていた。
「最初は……激しく動くのはやらない……俺の地域に伝わる体操からやる……」
そう言うとランドリクさんは、ゆったりとした動きで動き始め、俺に真似するように言ってくる。ランドリクさんの動きがゆっくりだっというのもあるが、その動きを見たことがある俺は難なく真似することが出来た。
というか太極拳だった。ランドリクさん曰く出身の国に昔から伝わる体操で血行がよくなり、魔力の流れもよくなるらしい。
まあ、地球でも爺ちゃん婆ちゃんが早朝からやってるのを見たことあるし、中二時代、中国拳法カッケーって思ってて俺自身もわざわざ本を買って覚えたくらいである。
ちなみになぜ太極拳かというと、一番覚えやすかったと言うのもあるがゆっくりな動きが強者って感じでかっけえ!って思ってたからである。
ただ、健康用の太極拳はゆっくりなのだが、本来の戦う方の太極拳は普通に動きが速いらしい。俺は見たこと無かったが。
そんなこんなで30分程太極拳を行う。地球でもやりはじめた当初、ゆっくり動くからと侮っていたがこれが中々汗をかくのだ。
その後、シャワー室で汗を流し先に飯を食べてたジョナンドさん達と合流し朝食を済ませた後は、いつも通り準備をしてヤツフサと一緒に登校する。
「昨日はどうだったの?」
どうだ、というのはおそらく魔法の授業の事だろう。
「どうやら、僕の学年では僕1人しか受けてないみたいでしたね。まあ、その分、1対1で教えてもらえるから僕としてはありがたいんですけどね」
「へー。俺の方は、それなりに人数が居たかなあ。ただ、風の方が多かった気がする。あ、そういえば魔法具は決めた?」
「とりあえずは杖にしましたね。そこから戦い方は色々考えて行こうかと思いまして」
「そうなんだ?俺は、ちょっと迷ったけど腕輪にしたなあ。ワーウルフって魔法よりも肉弾戦が得意だからね。腕輪の方が色々動きやすいし。とりあえず届くまでは学校から魔法具を借りて授業だよ」
ヤツフサも腕輪か。ランドリクさんも腕輪だったし肉体派はやっぱり体に付ける装飾品タイプの方が良いのだろうか。まあ、杖持ちながら戦っても落としたり奪われたりしたらあれだしな。大きさ的には杖の方が大きいし、サイズが大きい程、仕込める魔石の量も増えるし典型的な後衛タイプなら杖の方が都合がいい。
俺は、とりあえずオールレンジで戦えるようになりたいとは思っているが、土魔法にどういうのがあるかにもよる。なんせ、土魔法に関しては家にも本が無かったしな。
その後、ヤツフサと一緒に教室につき午前中はいつものように普通の授業を行い、午後は魔法の授業を受ける為、昨日の教室へと向かう。
「おう、来たな」
今日は、砂風呂には入らなかったのかスク水ではないエストレア先生が立っていた。まあ、スク水ではないが、ニッカズボン(鳶職の人が履いている裾がダボついたあれ)を短くしたような奴に、フサフサの毛が着いたチュニックのようなのを着て、その上に白衣を羽織っていた。
なんというか……白衣のせいで子供が無理して大人ぶっているようにしか見えない。俺は空気が読める子なので言わないが。
「魔法具だが、さっき丁度届いてたぞ。確認するといい」
エストレア先生の目線の先には大体1.2m程の杖が机の上に置かれていた。
デザインはシンプルで全体的に白いまっすぐな棒という感じで頭の部分には赤いガラスの様なひし形の物体がはめ込まれていた。そして、棒の部分には何やら色々刻み込まれていたのでこれが魔力増幅の術式なんだろう。
いざ、持ってみると見た目に反して少し重い。恐らくは、中に魔石が入ってるからだと予想する。量産品とはいえ、自分だけの魔法具に少しだけテンションが上がり思わずポーズをとってみる。
「あー、嬉しいのは分かるが授業を始めていいか?」
生暖かい目でこちらを見ているエストレア先生に気づくと俺は、顔が赤くなるのを感じながら席に着く。めっちゃ恥ずかしいんですけど。
「さて、魔法具が届いたから今日から本格的に魔法について教えていきたいと思う」
俺は、待ってましたと言わんばかりに頷くとエストレア先生は説明する。
「と言っても、お前も知っていると思うが土魔法はろくに研究がされていないから使える攻撃魔法というのがない。まあ、建築関係くらいには使える魔法なら結構あるがな」
「え?じゃあ、どうするんですか?」
攻撃魔法が無いとなると1か月の勝負はまずいことになる。不安そうな俺を見てエストレア先生は口を開く。
「まあ、安心しろ。伊達に土魔法の教師をやっていない。私も攻撃魔法くらいは持ってるさ。ただ、あくまで個人の範囲だから、うちの授業は基本は魔法の開発とか戦いの練習くらいだな。なにせ、土魔法の生徒数自体が少ないからな。お前以外には、ランドリクとルームメイトのジョナンドくらいか」
まさかの全体で3人だったでござるの巻。しかもどっちも知り合いと言う世間の狭さっぷり。
「あの……どっちも僕のルームメイトなんですけど。ていうか3人しか居ないんですか?」
「私の受け持ちが全員知り合い同士とか世間は狭いな。まあ、これが土魔法の現状さ。少なくともこの学園に来るやつで土魔法を習おうってのは物好きな奴くらいだけさ」
これは、想像以上に厳しい案件かもしれない。土魔法の地位向上を目指すとは言ったが、学園に居る間だけでは難しいかもしれないな。
「全く嘆かわしい事じゃのう。土魔法を専攻する教師もエストレア君の他には2,3名ほどしかおらんし……土魔法って案外便利なのじゃがなぁ」
突然聞こえて来た声に驚いてそちらを見ると、もじゃもじゃの白い髭を生やした老人が俺の隣に座っていた。ていうか学園長だった。
「が、学園長先生!?なんで、こんなところにいらっしゃるんですか!?」
「アルバー、この人さっきまで全然気配無くて急に出て来たよ?」
俺が驚いて思わず叫んでいるとアルディがそんな情報を教えてくれる。もしかして転移魔法とかも使えるのか?流石に学園長っていうのは伊達じゃないのか。
「いやなに、入学早々決闘を申し込んだ土魔法使いの生徒が居ると聞いての。見覚えのある名前じゃったし気になってな」
「学園長、仕事はいいんですか?」
「……休憩じゃ休憩。仕事ばかりしてたってつまらんしの」
俺の問いに答える学園長にエストレア先生がツッコミを入れるが休憩と言い張る学園長。それでいいのか学園長。まじではっちゃけてるぞ学園長。
「オホン!それでアルバ君じゃったかな?お父上はメルクリオ・フォンテシウム・ランバートじゃろう?」
俺の冷めた視線にゴホンと誤魔化すように咳払いをする学園長はそんな事を聞いてくる。
「はい。そうですが……」
「実は、あやつが生徒だった時からワシは学園長をやってたんじゃよ。あやつは学生の時は無駄に才能がある分、手に負えない問題児でのう……。それで首席で卒業したって言うんだから厄介じゃわい」
学園長は感慨深そうにしみじみという。
あの親父、そんなだったのか。まあ、あの性格からすれば大体予想はつくか。
「それで、今度はその息子が入学早々に決闘を申し込むじゃろ?気にならない方が無理というものじゃ。血は争えないものじゃな」
「お前……まだ魔法もろくに習ってないのに何やってんだ……」
学園長の言葉にエストレア先生が呆れた口調で言ってくる。
「いや……なんていうか、向こうから喧嘩を売ってきたのであとくされの無いような方法が無いかと思っていた所に決闘を思い出したのでつい」
「……まあいい。決闘を申し込んだって言うなら授業も戦い方を中心に教えた方が良いな。決闘はいつなんだ?」
「1ヵ月後です」
「1ヵ月後かぁ……これまた時間が無いな」
エストレア先生は俺の言葉に顎に手をあて渋い顔をする。何やら、今後のカリキュラムについて考えているようだ。
「それで?おぬしから提案したと言うが勝算はあるのかの?」
「まあ、一応は……。あ!確認なんですけど精霊と一緒に戦うってのは大丈夫なんですか?この子、アルディって言って僕と契約した精霊なんですけど」
「よろしくモジャモジャ!」
アルディはまたしても失礼千万な呼び方で学園長を呼ぶので俺は慌てて訂正させようとするが、学園長は構わないと言ってくれた。
「まあ、精霊との契約も本人の才能の1つだからのう。ルールとしては有りじゃよ」
よし、学園長直々に許可をもらったので心置きなくアルディに協力をお願いできる。
「それにしてもおぬし、その髪……」
「ああ、これですか?ちょっと事情があってしばらく意識不明だったんですけど、目が覚めたら魔力が増えてて髪の毛も伸びてたんですよ。あ、学園長先生なら理由は分かります?」
俺の問いに学園長は長い髭を撫でながら思案する。
「ふーむ、意識不明か。期間はどれくらいか覚えておるかの?」
「3年くらいですね」
「3年も意識不明って一体何が有ったらそうなるんだ?」
「まあ、色々です。そこは深く突っ込まないでもらえると助かります」
エストレア先生が不思議そうにツッコんでくるが俺は愛想笑いを浮かべながら誤魔化す。
「まあ、大体予想はつくのう」
「本当ですか!?」
ついに明かされる俺の髪の毛の謎に俺は若干興奮気味に叫ぶ。
「予想はつくが……残念じゃが教えることは出来ん。それはおぬしが魔力が増えた原因を忘れておる事にも起因しておるの」
俺が忘れている?どういう事か学園長に尋ねようとするが学園長はおもむろに立ち上がる。
「さて、あまり長居をして授業を邪魔してもいかんしの。ワシはそろそろお暇することにしよう。決闘、楽しみにしておるぞ」
気になる事を言うだけ言って学園長は、俺が止める間もなく煙のように消えてしまう。
俺が一体何を忘れていると言うのだろうか……?自分の記憶を探っても何を忘れているかが分からないが、何故か心の内が締め付けられるような気分になる。
「はいはい、思わず邪魔が入ったけど授業つづけるぞ。とりあえず魔法具を使って魔法の練習だな」
学園長を邪魔って言い放つのは中々肝が据わっているお人だ。もしかして恋人が出来ないのもこれが原因じゃないのだろうか?
「何か言った?」
「イイエナンニモ」
意外と鋭いエストレア先生に睨まれつつ俺は、魔法の授業へと入っていった。
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