第18話

「ん……朝か……いっ!?」


 窓から入ってくる太陽の光に目を覚まし、何気なしに起きて立ち上がった瞬間、ゴチンという音と共に頭に激痛が走り悶絶してしまう。


「いてて、何なんだ一体……」


 改めて状況を確認するとすぐ近くに天井が見えていた。寝起きで頭が働いていないため何で天井がこんな近くに有るのか思い出せなかったが、段々意識がはっきりしてくると現在の状況を思い出してくる。

 そうだ、昨日から魔術学園に居るんだったな。んで2段ベッドの上が空いてるから俺が使わせてもらうことになったのだ。

 時間を確認すると朝の6時だった。始業開始は9時からで食堂開放は7時からである。食堂と言っても好きに注文できるわけではなく、学校の給食の様に毎日決められたメニューが出てくるタイプだ。これは、学費の中に食費も含められておりそれこそ貧富の差が出ない様にと言う配慮だ。

 

 昨日知り合ったルームメイトの内ジョナンドさんとコーニール、アルディはまだ夢の中で、ランドリクさんはもう起きたのか部屋にはいなかった。俺は2人+1体を起こさないようにベッドから降りて制服に着替えるとロビーへと向かう。

 ロビーにはちらほらと他の生徒が歓談をしていたが、生憎知り合いはいなかったので空いていた隅のソファーに座り、ゆったりと落ち着く。

 何をするでもなくボーっとしていると玄関の扉が開いてランドリクさんが入ってきて俺に気が付くと軽く手を上げながら近づいてくる。


「おはようございます。ランドリクさん」


「おはよう……早いんだな」


 相変わらず無駄を省いた会話のランドリクさん。悪い人では無いってのは分かるのだが、自分から話題を振るのが苦手なためどうもこういうタイプとは会話が続きにくい。何か話題が無いか探っていると、ランドリクさんが汗だくなのに気が付いて質問をしてみる。


「ランドリクさんこそ、朝早くから何やってたんです?大分汗かいてるみたいですけど」


「……少し鍛錬をな。日々の鍛錬は自分を裏切らない。毎朝、鍛錬することで結果的に魔力増強につながる……気がする」


 気がするだけかよ。一瞬、俺も一緒にやろうか思ったじゃねえか。


「……俺なりの冗談のつもりだったんだが、やはり面白くなかったか」


 あ、冗談だったんですね。ああそうか、一応ルームマスターだし新入生の俺の気持ちをほぐそうとしてくれたわけか。なんだか申し訳ない事をしてしまった。どことなくランドリクさんが落ち込んでいるような気がしたので俺は何とか話を繋げている。


「え、えっと、じゃあ本当は何で鍛錬してるんですか?」


「俺は……昔病弱で虐められていたんだ……それが嫌で鍛えはじめたらそれが面白くて今はすっかり日課になったんだ……」


 病弱という言葉がまるで似合わない風貌のランドリクさんはそんな事を言う。一体、どんな鍛え方をしたら病弱少年からムキムキ少年になれるのだろうか。華奢にみられる俺としては凄く知りたい。

 まあ、どっちにしろまだ激しい運動は出来ないから鍛えるとしてもまだ先になると思うが。


 その後、ランドリクさんは汗を流してくると言って寮備え付けの浴場へと向かうのでその場で別れた。それから少ししてからジョナンドさんとコーニールが眠そうな顔をしながらやってきたので少し話した後は食堂へと向かうことにした。

 本当はヤツフサも待ちたかったがヤツフサはヤツフサでルームメイトと一緒に食事をすると思い、俺達は先に行くことにした。

 ランドリクさんは待たなくていいのか2人に聞いたら、いつも後から来るから先に行っているとのことだった。


 食堂に着くと既に中は、大勢の生徒であふれていた。食堂は全部で3つあるらしいが、それでもこの人数は流石マンモス校と言わざるを得ない。

 カウンターで朝食を受け取ると4つ空いている席があったのでランドリクさんの分を確保して俺達は椅子に座る。

 メニューは、パンにスープ、サラダといたって普通の健康的なメニューだった。一般階級ならこれでもいいが、豪勢な食事が多いであろう上流階級の生徒は文句を言わないのかと聞いたところ。


「ああ、食事に文句を言うと食堂のおばさん達から食事禁止令が発動されるから誰も文句は言わないんだよ。この学校では特に権力は通じないからね」


 俺の問いかけに対しコーニールが説明してくれる。何それ怖い。

 どのくらいの期間食事禁止になるのか分からないが、人間の3大欲求の1つを禁止されると言うのは、かなりきついものがあるから誰も逆らわないのだろう。

 周りを見ても、なんか金の装飾がやたらとゴテゴテしたローブを羽織っている自己顕示欲が高そうなお坊ちゃまなんかも特に文句を言わず食べている。表情はひどく不満そうだが。


「ああいう、制服を改造するのっていいんですか?」


「んあ?ああ、それは特に禁止されては無いな。建前は身分平等を掲げてるけど結局自分の力を誇示したい貴族連中が多いからな、ああやって趣味の悪い改造をしてるのが結構いるんだ。俺も貴族だけどああいう無駄に派手なのって好きじゃないから俺はやらんけど」


 ジョナンドさんはパンを頬張りながら貴族の息子とは思えない発言をする。性格こそ軽薄だが、こういう奴が意外と人望が厚かったりするんだよな。モテるモテないは別として。

 その後、さっぱりしたランドリクさんも交えて食事をし一旦寮に戻って準備をした後、アルディを連れて部屋を出る。


「あ、アルバ君。おはよう」


 丁度部屋を出たとこでヤツフサと鉢合わせた。


「おはようございます。今から校舎に向かう所でしたか?」


「うん、朝食も食べたからね。もし良かったら一緒に行かない?」


「いいですけど……そちらのルームメイトの方と一緒には行かなくていいんですか?」


「うん、俺の方は全員先輩達だったからクラスは別なんだ」


 状況的には俺と一緒か。詳しく話を聞くとヤツフサの部屋は新入生はヤツフサだけで部屋は3人で使っているらしい。

 まあ、丁度良く人数がそろっているわけでも無いだろうしそんなもんだろう。

 俺とヤツフサはお互いに自分のルームメイトの話をして盛り上がる。ヤツフサの方は人間は居らず、猫と鳥の獣人達で同じ獣人仲間として仲良くなれそうだと話していた。

 俺の方も、良い人たちばかりでルームマスターが土属性だと話すとヤツフサは自分の事の様に喜ぶ。


「よ、良かったね!同じ土属性の先輩が居て」


「はい。機会があれば土属性の先輩として色々教えてもらおうと考えているので丁度良かったです。寡黙な人ですけど凄い良い人なんですよ」


 俺達は、そんな話で盛り上がりながら校舎へとたどり着く。昇降口ではクラス表が張り出されており、俺とヤツフサは一緒のクラスだった。

 寮といいクラスといい、こうまで一緒になるなんて少し作為的な物を感じるが偶然という事にしておく。友達と一緒というのは素直に嬉しいしな。


「もう校舎についたの?」


 俺がクラスの割り当てを確認しているとアルディが鞄からひょっこり顔を出す。


「ア、アルバ君……その子は?」


 ヤツフサは、アルディを見て驚いたような顔をして尋ねてくる。あー、そういえばヤツフサはアルディに会うのは初めてだったか。

 俺は、昨日ランドリクさん達にしたのと同じ説明をする。ヤツフサも最初は驚いていたが、すぐに感心したような表情に変わる。


「アルバ君は凄いなあ。精霊と契約できるなんて……俺も精霊と契約はしてみたいんだけど中々精霊に会えなくてね」


「ヤツフサさんは後天属性は何か持ってるんですか?」


「うーん。俺は風属性だけだよ。後天属性なんて覚える予定無かったしね」


「なら、きっと素敵な精霊といつか絶対契約できますよ」


「そうそう!ワンちゃんからは優しい魔力が出てるからきっと精霊もそのうち寄ってくるよ!」


 アルディは、フワフワ浮くと陽気に笑いながらヤツフサの頭を撫でる。


「はは、ありがと。精霊さんにそう言って貰えたら自信が出てくるよ」


「……僕の言葉じゃダメなんですね」


「え?あ!ち、違うよ!アルバ君の言葉でも自信が出て来たけどもっと出て来たって意味だよ!」


 俺は、ヨヨヨとわざとらしく泣き真似をすると言葉の意図に気づいたのかヤツフサは慌てたように弁解してくる。


「冗談ですよ」


「もう!冗談でもびっくりしたよ!」


 ヤツフサは語気を強めるがそれでも本気で怒ってないという感じで叫んでくる。俺は、軽く謝りつつ会話を続ける。こういう友達との何気ない会話って言うのが懐かしい気持ちを抱きながら俺達は教室へとたどり着く。

 この学園は入学時の年齢がその特性上バラつきがあるため、偏らない様に振り分けられる。

 つまり1クラスに最年少と最年長が一緒になっていると言うわけだ。年齢は違っても習う内容は一緒なのでこういう形になっている。

 もっとも、この学園には飛び級と言うのもあるそうなので優秀であればすぐに学年が上がることが出来る。

 学年は下級学部6年 上級学部3年に分けられており学年が上がるほど習う内容がより高度に、そして専門的になる。基本は15歳で卒業だが俺のように後から入学したものは飛び級でもしない限りは15歳以上になって卒業という形になる。

 地球で言う所の小学校から中学までが一緒になったエスカレーター式と思ってくれればいいかもしれない。

 そして学年が上がるほど魔法の授業の比率も多くなるとのことだ。


 しばらく待っていると始業のベルが鳴り朝のHRホームルーム的な物が始まり定番の自己紹介が始まる。

 何人か自己紹介が終わり俺の番になったので立ち上がる。


「えーと、アルバ・フォンテシウム・ランバートです。先天属性は土属性となります」


 土属性と聞いた途端、クラスではどよめきが起こり場所によっては小声だが笑い声が聞こえてくる。

 一応、理解しているつもりだったがやはり土属性というのは馬鹿にされているらしい。覚悟はしてたつもりだが、やはりストレートに悪意をぶつけられると少し堪えるものがある。

 ヤツフサは、何か言おうとしてたが引っ込み思案な性格が邪魔をして何も言えないでいた。まあ、彼の性格は分かってるし、ここで助け船を出せなかったからと言って恨む気は毛頭ない。むしろ、ここで下手に助け船を出して変な奴に目を付けられても大変だ。


「やいやい!お前ら失礼だぞ!」


 俺がこの状況をどうするか考えているとアルディが怒ったように鞄から飛び出し宙に浮きながら叫ぶ。


「アルバはね、とっても凄いんだからね!馬鹿にしてると痛い目に合うんだから!」


「ア、アルバ君……それは?」


 教室の状況を傍観していた若い男の教師はようやく口を開く。経験が浅くて口が出せなかったのか、それとも自分も土属性を馬鹿にしてたから傍観してたのか……真意は分からないが少なくともあまり頼りたくないタイプの教師である。


「この子はアルディ。僕の友達で大地の精霊です。ちなみに“契約”もしてます」


 その言葉に先程とはまた違った意味のどよめきが教室内に起こる。契約は後天属性を持たない先天属性のみの者だけが出来るというのは、この世界では常識である。

 つまり、アルディと契約をしているという事は自動的に先天属性である土属性しか扱えないという事に他ならない。いつかアルディに聞いたことがあるが、契約した後に後天属性を覚えると魔力に不純物が混ざって契約が打ち切られてしまうのだと言う。


「おいおい……大地の精霊と契約って事はあいつ土属性だけでやってくって事か?」


「……ある意味勇者だね」


 先程までの嘲笑の雰囲気は消え、驚きと少しだけ賞賛の言葉が聞こえてくる。アルディの登場が意図せずプラスの方向に働いたようだ。


「土属性を馬鹿にするのは構いません。しかし、僕はその土属性を極めるつもりなのでよろしくお願いします」


 俺は、この流れに乗っかり……というか雰囲気に流されて大きい事を言ってしまう。内心、なんてことを言ったんだと後悔していたが表面上は涼しい顔をして着席する。

 その後、クラス内は困惑した空気に包まれながらも自己紹介が終わり、今日は初日という事で教科書の配布や1日の流れについての説明だけで半日で終わりとなった。


 ……やっぱり少し調子に乗っちゃったかもしれない。

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