第17話

案内板に書かれていた通りに進み、ウィルダネス寮が見えてくる。寮の入り口には女神の名前がついているだけあり、ウィルダネスの像が立っていた。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「い、いや。何でも無いです。気のせいだと思うので」


 俺は、入り口にあるウィルダネスの像……特に胸の部分に一瞬違和感を感じて思わず声が出てしまい、ヤツフサが話しかけてくるが何でもないと答える。

 いやね、鍛冶の街で見たのと同じなんだけどなんか胸の部分が違うような気がするんだよなあ。なんかもっとこう……小さかったような


「いてっ」


 俺がそんな事を考えると小さな石が俺の頭にぶつかる。誰が投げたのかと思い辺りを見回すが俺とヤツフサの他には誰もいなかった。俺は頭に疑問符を浮かべつつも先を歩いていたヤツフサに呼ばれて走って近づいていく。

 

 ウィルダネス寮は、シンプルな外見で白い壁で4階建ての建物だった。中に入るとロビーの様な場所に出て中央に眼鏡を掛けた中年の女性が受け付けらしき場所に座っていた。


「新入生ですか?」


 眼鏡の女性に尋ねられ俺とヤツフサは頷くと女性はコホンと咳払いをして口を開く。


「それなら、他の人たちが集まった時に纏めて説明しますのでロビーでくつろいでいてください。トイレは右側にあります。あ、階段は上らない様にお願いします」


 俺とヤツフサは言われた通りロビーでくつろぐことにする。ロビーにはふかふかの椅子とガラスっぽい材質のテーブルがあり、どことなくどこかのホテルを連想させるような造りだった。ヤツフサと他愛ない会話をしたりのんびりしていると次々と様々な年齢の子たちが入ってくる。頭が鳥の生徒や完全に2足歩行な猫の女生徒……はたまた、額に角が生えた鬼っぽい種族の生徒など人間以外の他種族もちらほらと居た。


 受付に居た女性が人数を数えると、予定人数が集まったのか説明を始める。


「まず、自己紹介をしますと私はここの寮長のネーヴェと申します。担当教科は薬学ですので薬学を選択した方は私の授業を受けることになります」


 薬学と言うのは、その名の通り薬に関連したことを教わる。マンドレイクの調合の仕方や回復の効果のある薬草などファンタジーらしい授業を教える……とパンフレットに書いていた。

 この学園では午前中は語学や歴史、算数(数学という程発達していなくあくまで簡単な計算程度)を教え、午後は魔法の講習や先程ネーヴェ先生が言っていた選択授業がある。

 選択授業は他にもいくつかあり、武器を扱った戦い方など様々な分野にわたり授業がある。この学園で学べば一通りの戦い方やサポートの仕方が学べると言うわけだ。ぶっちゃけてしまえば、魔術学園とはあるが、結構多岐に渡って教育を展開している。らしい。 らしいというのは、パンフや父さんなどから聞いただけだから今はどうなっているか正確には分からないからだ。

 あんまり変わってないと思いたいが、あのファンキーな学園長の事である。父さんが卒業してからどの程度変わったのか想像がつかない。

 俺がそんな事を考えている間もネーヴェ先生の説明は続く。


「まず、各自の部屋についてですが基本は4人1部屋となり様々な年齢の生徒たちと暮らしてもらいます。これは学園創始者の意向で多様な年代と一緒になる事で視野を広げようと言う意図があります。ちなみに、ここから男子寮と女子寮に分かれる為、異性と同室になるかもと考えていた方は残念でしたね」


 ネーヴェ先生なりの冗談なのだろうが、彼女自身はこれでもかというくらい真顔なので乾いた笑いがちらほらあるだけだった。


「次に、ロビーの使用は基本夜10時まで、教師の許可が無い限りそれ以降は自室で過ごしてもらいます。また、異性の寮に行くことも基本禁止です」


 まあ、普通と言えば普通のルールだな。


「基本的なことはこの寮生活のルールブックに書かれていますので、都度確認してください」


 ネーヴェ先生はそういうと並んでいる前列に何かを手渡すと前から薄い冊子が配られてくる。冊子には寮生活でのルールと書かれており中身は先程聞いた通りの事が書かれていた。


「そして自室についてですが、こちらに人員に空きのある部屋の番号が割り振られた紙が入っています。男子生徒はこちら。女子生徒はこちらから各自引いてください。紙に書かれていた番号が各自の部屋となります。またこの箱には魔法がかかっているので年齢が被る事は無いので安心してください」


 ネーヴェ先生がそう説明すると男子と女子に分かれるように誘導する。俺はヤツフサの後ろに並んでいると列を確認していたネーヴェ先生が口を開く。


「あら?そこの貴方」


 最初、誰に向かって喋っているのか分からず、俺は誰だろうと辺りを見回していたがネーヴェ先生の視線がこちらを向いていることに気づく。


「え?僕ですか?」


「ええ、そうです。一応確認なのですが男子生徒の制服を着てるので男子生徒でよろしいのですよね?」


いきなりこの先生は何を言い出すのだろうか。


「あ、あの……アルバ君は男ですよ」


 俺とネーヴェ先生が会話をしていると前に居たヤツフサが入ってくる。ネーヴェ先生は、俺の顔を間近で見ると申し訳なさそうな顔をする。


「ああ、やはりそうでしたか。ごめんなさいね、髪の毛が長くて可愛らしい顔をしていたので見間違えてしまったわ」


 女ならば可愛らしいと言われて喜んだかもしれないが、生憎俺には可愛いと言われて喜ぶ趣味は無い。まあ、髪を伸ばしてた俺にも責任があるし、気にしないで下さいと答える。

 ネーヴェ先生は、その後もう一度謝罪した後列の確認が終わると箱の前まで行き、1人ずつクジを引かせる。


「ね、ねえ……僕ってそんな女の子に見えます?」


 俺が小声で前に居るヤツフサに聞くとヤツフサは苦笑しながら言う。


「よく見れば男だって分かるけど、髪が長いし綺麗な顔してるからパッと見は間違えちゃうかもね。お、俺も最初女の子かと思ったけど匂いで違うって分かったし」


 匂いとな。そんな匂うのかと思い、自分の体の匂いを嗅ぐがヤツフサは慌ててフォローしてくる。


「あ、ち、違うよ?アルバ君が匂うとかじゃなくて……ほら、俺ってワーウルフでしょ?ワーウルフって鼻が良いから男と女の匂いの違い位は普通にわかるんだ」


 あー、なるほど。狼も犬だしな。犬ってのは学校のプール2杯分の水にスプーン1杯の砂糖を入れても分かるって聞いたことがあるし、きっと人間では分からない様な性別特有の匂いがあるのだろう。

 俺は1人で納得しつつ、自分の順番が来たので箱に手を入れて最初に触れた紙を掴んで取り出すと中を開く。

 紙には314号室と書かれており、ヤツフサのを聞けば315号室と隣だったようだ。


 クジを引いた人から各自、自分の部屋へと向かっていたので俺とヤツフサも部屋に向かう事にする。部屋は3階にあり扉に書かれた番号を確認しながら各々、目的の部屋の前に立つ。

 俺の部屋のネームプレートには既に3人の名前が入っており俺で4人目だったようだ。ヤツフサの方は2人だったので後からもう一人来るのだろう。

 とりあえず、扉をノックすると「どうぞー」と声が上がったので中へと入る。


「うお!?女の子!?ねえ、女の子が入ってきたぞ!」


 部屋に入るなり、いきなり叫ばれて俺は思わず体が硬直してしまう。べ、べつにビビってなんかないんだからね!

 声の主は、ソバカスが特徴的な金髪の15歳くらいの人懐こそうな笑みを浮かべる少年だった。


「ここ男子寮だけど間違っちゃったかな?あ、僕はジョナンド!14歳彼女募集中だよ!一応貴族だけど下級貴族でしかも六男だからあんまり権力とか無いけどね。ねえねえ!君可愛いね!名前なんていうの?」


 初対面にも関わらず中々図々しいジョナンドと名乗る少年はグイグイと話しかけてくる。俺は、若干諦めながらも口を開く。


「僕はアルバと申します。僕も一応貴方と同じ下級貴族です。よろしくお願いします。ちなみに僕は“男”ですので間違えないでくださいね」


「へ?男?本当に?」


 俺の言葉に信じられないと言う顔をするジョナンドさんに俺は頷くとジロジロと俺の顔を眺めたりペタペタと胸を触るとあからさまにがっかりした表情を浮かべる。


「……まあ、そりゃそうだよな。女子がこっちに来るなんて間違いをあの“冷徹”ネーヴェがやるはずないもんな。そもそも男子の制服着てるしな」


 テンション駄々下がりのジョナンドさんは自分の椅子らしき場所に戻るとそのまま腰を掛ける。何ともまあ、色々とストレートな人間だ。まあ、個人的には裏表ある奴よりは好感が持てるが。

 改めて部屋を確認すると部屋の左右に2個ずつ勉強机があり、その奥に左右1つずつ2段ベッドが置かれていた。

 俺が部屋の中を確認していると残りの2人が自己紹介をしてくる。まず1人目が俺と同じような長さの緑色の髪を後ろに1つにまとめた、そっちの趣味のお姉さまなら思わずお持ち帰りをしたくなりそうな愛くるしい顔の少年だ。


「僕の名前はコーニール。一般階級の庶民だよ。年は12歳だよ。よろしくね

。ちなみに僕の先天属性は氷だよ」


 そういうとコーニールは猫の様に笑う。そして最後にこれまたヤツフサに勝るとも劣らないガタイの良い褐色で金色の髪の毛を短く刈り揃えたムキムキ兄ちゃんが口を開く。


「……ランドリク。17歳……平民。先天属性は土。一応、ここのルームマスターをやっている。ルームマスターは最年長がやる決まり……。連絡事項があった時などの連絡係」


 中々寡黙な兄ちゃんだが、俺はそれよりも先天属性の方が気になった。


「あの……今属性は土っておっしゃいました?」


「あ!お前!ランドリクが土だからってバカにすんなよ!確かに俺の親父とか兄貴たちは土はダセェって見下してるけどな。こいつは誰よりも優しくて頼りがいがあるんだ。コイツを馬鹿にするのは俺が許さねーからな!」


 さっきまで意気消沈だったジョナンドさんは急に元気になるとそんな事を叫ぶ。当然俺は馬鹿にしているわけではなく、初めての同じ属性の仲間に嬉しかったのだ。


「あ、誤解です誤解!えと、僕も土属性なのでお仲間に会えてうれしかったんですよ。それにしても……土は不遇だって聞いたんですが、ジョナンドさんは優しいんですね」


「ばっ……!そんなんじゃねーよ!ただ、皆が土は建築くらいにしか役に立たない地味な属性だって言うけど俺はそう思わないってだけだ!こう見えて俺の後天属性は土だしな。あ!先天属性は炎な」


 なるほど、ただの軽薄少年かと思ったが意外と友情に熱い所があるらしい。それに貴族と言う割には砕けた雰囲気で、貴族=意地悪と言う主にフィクション作品による俺の固定観念を壊してくれた。


「こほん。えーとでは改めて自己紹介します。僕の名前はアルバです。今年9歳になりました。先天属性は先程も言った通り土なのでよろしくお願いしますね」


 そう言ってペコリと頭を下げると3人は暖かく迎えてくれる。俺は良い部屋に当たったなと思っていたら、その部屋に似つかわしくない声が俺のカバンから聞こえてくる。


「ふわーぁ。よく寝た。ねえ、アルバ!もう学園に着いたの?」


 その声の主は俺のカバンの中で熟睡ぶっこいていたアルディだった。


「お、おいアルバ!その小さな女の子はなんだ!?」


 案の定、3人は驚いたようで(と言ってもランドリクさんは、軽く眉を動かした程度だったが)ジョナンドさんが叫ぶように質問してくる。

 どうでもいいが、小さな女の子と言うと誤解を生むからもう少し言い方を選んでほしい。

 まあ、いずれは紹介する予定だったし俺は心を落ち着かせるとアルディについて説明する。


「えーと、この子はアルディって言って僕と契約した大地の精霊で友達です」


「アルディって言うよ!アルバと大親友なんだ!よろしくね!ソバカス!ムキムキ!ショタ!」


 アルディは無邪気な笑みで初対面の相手にいきなりぶちかましてくれる。

 ショタとかそんな言葉どこで覚えたのかと思ったが、そういえば俺の知識を共有したんだと思い出す。それと同時にアルディに訂正するよう窘める。


「す、すげえ!アルバって精霊と契約してんのかよ!」


「でも、精霊って普通契約した本人以外には見えないんじゃなかったっけ?」


「……(コク)」


 上から、ジョナンドさん、コーニール、ランドリクさんの順だ。


「えーと、皆とも会話を出来るように粘土で作った人形に入ってもらってるんです」


「へー、よくわかんないけど凄いんだな」


「うん、まずその人形の体に入れるって発想が思い浮かばないよね」


「……(コク)」


 3人は先程と同じ順番で口々に喋る。ていうかランドリクさん喋ろうよ!寡黙にも程があるぞ。

 

 どうやら、俺の心配は杞憂だったようで3人はアルディを受け入れてくれているようだった。

 その後も3人とは色々な話で夜遅くまで盛り上がったのだった。

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