第15話

 パーティーの翌日から俺のリハビリ生活がスタートした。

 なにせ、3年間も眠っていたのでろくに動けないのだ。魔術学園は入学の年齢に規定は無いから、とりあえず1年をリハビリに充ててその時の状況次第では秋の入学式に参加という事になる。

 魔術学園は春と秋の2回入学式があり、今は夏なのでリハビリに1年費やし少し多めに見積もっても来年の秋の入学式に間に合う計算だ。

 もっとも、あくまで現在の予想なのでもしかしたらもっと遅くなるかもしれないが……

 

 リハビリというだけあって、特に面白い事は無かったので省かせてもらう。強いて内容を説明するとすれば、まずは少しずつ体を動かす練習をし動けるようになったら歩く練習、そして軽い運動と段階的に運動量の幅を上げていったくらいしかない。

 リハビリの最中もハインさんがお見舞いにと色々な国のお菓子を持ってきてくれた。ハインさんは本来は商人だが、なんと商人ギルドのギルド長でもあるらしい。


 ギルドとは先ほど言った商人たちの集う場所や、冒険者の依頼などを斡旋したりするファンタジーでは定番のあれだ。ギルド長になれば、中級貴族と同等の権力が得られるらしい。

 ちなみに父さん達は下級貴族だ。本来ならば中級以上でもおかしくないのだが、貴族特有の醜い争いを嫌い昇格を断り続け下級貴族に収まっているとのことだ。地位的にはハインさんの方が上だが、フラムの件もあり両親とハインさんは、この3年間ですっかり仲良くなったらしい。

 

 ハインさんがお見舞いに来るたびに色んな国の話を聞いた。魔法の代わりに白兵戦や兵器に特化した武闘派な国や魔法の先進国家の話。此処とはまた違った文化体系を築く極東の国など色々な話をハインさんはしてくれた。

 俺は、いつかそんな国々を周ってみたいと思いながらリハビリに励んだ。


 リハビリ開始から1年経ち、俺は9歳になっていた。1年間リハビリを頑張ったおかげで何とか元の体力くらいは取り戻した。激しい運動はまだ無理だが、日常生活を送る分には問題ないと判断され入学許可も両親からもらった。そして入学1か月前まで迫ったとき、母さんに呼ばれ部屋に行くと何やら制服のようなものを持って笑顔で話しかけて来た。


「あ!来たわね!見て見て、アルバ!魔術学園の制服よ!」


 そういえば結構前に採寸したが、やっと出来たのか。そうそう、採寸して気づいたのだがどうやら俺の身長はあまり伸びなかったようで小柄の部類に入るらしい。まあ、それはいい。3年間全く動かなかったし食事もとってなかったからな。ただ……フラムより小さかったのは正直ショックが大きかった。フラムの身長が130㎝程度で俺の身長が124㎝くらいだった。女の方が身長が伸び始める時期が早いとはいえ流石にショックを隠し切れない。

 これから一気に伸びてくれるのを期待するしかあるまい。

 

 そんな悲しい事実を思い出しながら母さんから渡された制服を広げてみる。地球で言う所のブレザーに近い形で魔導士を意識したローブもセットになっている。

 中世っぽい世界観には似合わない制服だが学園の創始者がデザインしてから伝統の制服らしい。まあ、それはいい。それはいいんだけども問題が一つある。


「あの、母様……なぜ、女性用の制服なのでしょうか」


 そう、俺が受け取った制服には何故かズボンではなく膝丈くらいまでの長さのスカートがあったのだ。


「だってほら。アルバったら髪伸ばしてて女の子みたいでしょ?実は私、最近は娘も欲しいなって思ってね?」


 思ってね?じゃねーよ!息子に女装させるとかどういう神経してんだこの人は。


「……母様」


「や、やーねー。冗談に決まってるじゃない。ほら、こっちが本物よ。だからそんな睨まないでよ」


 俺がジト目で見ていると母さんは俺から女子用の制服を受け取り、慌てたように別の制服を渡してくる。確認してみると今度こそ男子用の制服だった。全く……もう30近いんだからこういう変な茶目っ気は出さないでほしい。

 母さんに催促されたので俺は一旦部屋に戻り制服に着替えると、母さんの部屋に帰ってくる。


「中々似合うじゃない。やっと貴方の制服姿を見れて母さん幸せだわ」


 母さんはそう言うと優しい笑みを浮かべ抱きしめてくる。母さんや父さんは無茶をした俺の事を責めることはせず、このリハビリの1年間もひたすら支えてくれていた。俺はふと目頭が熱くなり誤魔化すように母さんを抱きしめ返す。


「私も制服着たい!」


 俺の制服姿に感化されたのか床でアルディがピョンピョン飛び跳ねて催促すると母さんは待ってましたとばかりに目を光らせて口を開く。


「ふふふ、アルディちゃんの分ももちろん用意してるわよ!」


 そう言ってガサゴソと何かを探すと先程の女子用制服をそのまま小さくしたような制服を取り出す。


「アルディちゃんに似合うと思って作っちゃいました!実はさっきの女の子用の制服は前もって用意しててアルディちゃん用のモデルとして使ってたのでした」


 なんという金の無駄遣い。制服と言えば決して安い物じゃないだろうに。

 ……もしかして、あわよくばマジで俺に着させようとしてたんじゃないだろうな。いや、親を疑うのはやめておこう。

 母さんから制服を受け取るとアルディは嬉しそうに着替えるとクルクル回る。


「アルバ!どう!?私、似合う?」


「うん、とっても似合ってるよ」


「ほんと!?えへへー♪アルバとお揃い!」


 アルディは俺の言葉に満面の笑顔を浮かべると浮かんで俺の首に抱き着く。アルディは飛ぶことが出来るのだが、人形ボディに入っていると飛ぶ際に余計に魔力を使うので普段は節約しているらしい。


「うふふ、二人は本当に兄妹みたいに仲がいいのね」


 俺とアルディの様子を見て母さんは微笑みながら言う。まあ、確かにアルディは友達だが何処となく妹の様にも感じ守ってあげたい気分になる。


「ねえ、アルバ。いつか、アルディちゃんにもっと大きい体を用意してあげなさいな。そうすれば私もアルディちゃんにもっといろんな服を作ってあげあげられるし」


 母さんは、完全にアルディを娘扱いしているようでそんな事を提案してくる。ふーむ、不可能ではないと思うが、問題はアルディの魔力がどれくらいかにもよるな。今の体は問題なく動かせているがもし人間と同じ大きさになった時に果たして今と同じように動けるかが肝となる。


「うーん、とりあえず目途がついたら考えてみますね」


 現状では可能かどうかも分からないので魔術学園に入って落ち着いたら考えてみようと思う。等身大の魔導人形……名前だけ見れば中二心をくすぐる言葉だ。


「私、アルバと同じ大きさになれるの?」


「とりあえず、入学して落ち着いてから考えてみるけどあまり期待はしないでね?」


「私、このままでもアルバと一緒に居られて幸せだから無理しないでね?」


 アルディはそう言うと俺に頬ずりをしてくる。

 くっ……こいつ、あざと可愛いぞ!ますます兄心が強くなってくる。そんな会話をしつつその日はアルディと軽く遊びながら過ごして1週間が過ぎ、ついにその日はやってきた。


「いつ見ても大きいなぁ……」


 俺は今、体感的には1年ぶり……実際には4年ぶりの魔術学園の前にやってきていた。今日は入学式なのであちこちで新品の制服にローブを羽織った子供たちがやってきていた。

 魔術学園は全寮制で入学式が終わった後4つの寮に振り分けられる。別にどこぞの有名な魔法学校の様に喋る帽子で振り分けるのではなく教師たちが決めているらしい。

 魔法学園の入学式は独り立ちの第一歩と言われている為基本、親の同伴は無しで子供だけで参加することになる。

 俺も途中までは送ってもらったが現在は、1人(アルディは目立つといけないので鞄の中で大人しくしている)で入学式が行われる講堂まで向かっている。

 入学する際の年齢は18歳以下であれば何歳でも入学できるため、俺の周りには同年代や年上の子供など様々な奴らが講堂へと向かっていた。


「あいた!」


 俺は、おのぼりさんの如くキョロキョロと辺りを見渡していると何かにぶつかり尻餅をついてしまう。


「あ、ご……ごめん。大丈夫?」


 俺がぶつかった先からどもるような喋り方で話しかけられ見上げると、180くらいはありそうなガタイの良い兄ちゃんが手を差し伸べていた。


「ごめんね、周りの人に圧倒されててボーっとしちゃってたんだ」


 明らかに俺からぶつかって、非は俺にあると言うのに兄ちゃんはそんなお人好しなことを言いながら俺を立ち上がらせてパタパタと土埃を払ってくれる。


「い、いえ……こちらこそすみませんでした……よそ見をしてしまってて……」


 俺は謝りつつも兄ちゃんの頭と尻の方で動くとある物体に目を奪われていた。兄ちゃんの頭には真っ黒な髪の毛から同じく黒い毛に覆われた三角耳がピョコピョコと動いており尻の方では同じく黒い毛に覆われたふっさふさな尻尾がゆらゆら揺れていた。

 ……ケ、ケモフサ様じゃあああああ!

 やべえ、なにあの尻尾めっちゃモフりたいんですけど!実は結構動物好きなんですけど! やべえ、ガタイの良い兄ちゃんからこんなのが生えてるとかギャップ萌えってレベルじゃねーんだけど。

 ……ふう、落ち着け俺。予想外のケモフサにちょっとテンションがおかしくなっていた。


「あの……大丈夫?」


 急に黙った俺に兄ちゃんは心配そうに話しかけてくる。とりあえず、俺の現在の心情を悟られないように笑顔を浮かべて俺は答える。


「あ、ああ。すみません、大丈夫です。貴方も新入生ですか?」


 先程も言った通り18歳以下なら何歳でも入学できるのでこのように年が離れていても何も不思議ではない。俺の問いに兄ちゃんは、やはりオドオドしながら頷く。


「そ、そうなんだ。お、俺には魔法の才能があるからって村の人たちが学費を出してくれたんだ。あの人たちの為にも俺は、此処で頑張らないといけないんだ」


 兄ちゃんはそんな事を言いながら拳を握りしめる。なんだか、人の好さがにじみ出てる兄ちゃんだ。


「だったら、一緒に講堂まで行きませんか?此処で会ったのも何かの縁ですし」


 あわよくば尻尾を触らせてください。なんて事は言わず、俺は兄ちゃんを誘ってみる。


「……あ!お、俺で良ければ」


 そう言って兄ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら俺の申し出を了承する。そして二人で他愛ない会話をしながら講堂へと向かうのだった。

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