手紙、また一枚
ゆり、と、話しきれなかった色々なことを話しかけるような気持ちで、私は今日も、手紙を書く。今日、スクールで初めて見かけた男の子。彼は髪が真っ黒くて、真っ黒な眼鏡をかけていて、なんで治してしまわないんだろう、なんて、思ったこと。昔は、そうして目が悪くなった時には、眼鏡をするか、コンタクトレンズ、というものを目の中に入れるかしかなかった、ということは、前にゆりと話したから、覚えてる。でもその時代ならまだしも、手術してしまえばそんなものすぐに治るこの時代に、なんで。
そんな、他愛のない話。
ゆりにほんとうに伝えたいことを伝える勇気は、まだない。便箋を、そんなつまらない話で半分、埋めてしまってからは、私の手も進まなくなる。
伝えたいことが、たくさんあって。
でも、それを伝えてしまったら、私がゆりに手紙を書く必要が、なくなってしまう。それだけが、嫌だった。
ゆりを亡くして、私のこころには、ぽっかりと穴が開いてしまったのだ。彼女の笑顔も、声も、「はる」と私を呼びながら振り返る、あの寝癖でぼさぼさの頭も、もう、私の記憶の中にしかない。
記憶の中のその彼女に語り掛ける、その口実すら失ってしまったとしたら、私は、もうどうして生きていっていいかが、分からなくなってしまう。その予感はぼんやりとしているけれど確信に満ちていて、そして、そうでなければ、きっと私はほんとうにゆりのことを愛していたとは言えないのだろう、なんていう、脅迫じみた感覚も、あった。
ゆりにさよならを言う勇気は、きっとこれから先も、出ないのだ。
そんなことを思って、便箋の下半分を埋めないままに、それを封筒に入れて、あの百合の花のところへと、持って行く。柔らかな草花が、私のおしりの下に敷かれていたのからやっと自由になれる、とばかりに、私の立つのを助けてくれるような感じがした。
ばらばらに、私たちの目にはもう見えないほどに小さくなってしまったゆりは、もしかしたら、この蓮池にもいるのかもしれない。
なんて、ばからしいことを考えて。
百合の花の根元、私の積み上げた白い手紙の山の上に、見慣れない色の封筒があるのを見た時、はじかれたように見上げた空もまた、同じ色に染まっていた。
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