蓮池にて
魚倉 温
線、一本
赤、という色が、昔はあったのだそうだ。
それは人間が怪我をしたときに見えたりだとか、あとは、不気味にすぎるけれど、そんな色をした花すらあったりだとか、道を渡ってはいけないときに、その色の光がともったのだとか、そういう話を、本で読んだことがある。
データベースから拾ってくる「本」に当たり前のように描かれている「赤色」というものがどうしても理解できなくて、何度調べたかしれない。もし紙という媒体が今の時代まで生き残っていたならば、もしかしたら、その「赤色」も、紙に残っていたのかもしれないのに。僕は、そんなことを考えながら、ぼんやりと蓮池を眺める。
蓮池にて
蓮池は、僕の家からモノレールでだいたい五分のところにある。黄色や桃色、緑や水色のいろとりどりの花に囲まれて、とうめいな水の上にぽつり、ぽつりと、僕の頭くらいの大きさはありそうなまっしろの蓮が、咲いている。ここはどこよりも静かで、そしてどこよりも気持ちが落ち着くから、僕は好きだった。
池のへりに座って、水に脚を浸しながら、今日も僕は、蓮の絵を描く。白い紙に、白いインクで、インクのふくらみで落ちる影を頼りに。
あんまりにもまっしろな蓮を描くすべを、僕はこれしか、知らないのだ。
絵は、やさしい。
僕の作ったものだから、絶対に僕を否定しない。声を発することがないから、怒鳴ったりもしない。そして、蓮の絵を描いているかぎり、ぼくは蓮に睨まれることももちろんなければ、視線を気にする必要だって、ないのだ。
とろり。
整形シリコンの瓶に詰めて持ってきたインクに同じ素材のペン先をつけると、何でできているのか分からない白いそれが、糸を引く。
この間読んだ「蜘蛛の糸」という本を、思い出した。この糸も、誰かを救ったりするのだろうか。
まるい風が吹く。僕の髪が揺れる。
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