回想(3)
――元気にしていたか?
――二コラ、二コラだ!
彼の快哉の叫びを聞きつけて、瞬く間に二コラの周りに人だかりができる。案外、彼ら特有の、薄暗い雰囲気を感じさせないことに気づく。
――お前たち、なんだか元気になったな。
――そうだ、隣の森に住んでいる魔法使いが、俺たちの世話をしてくれているんだ。二コラがいなくなってすぐにやってきて――魔法で健康になったり、命を救ってもらったやつもいる。もう、頼りっきりだよ。
「魔法使い」と称す人々の存在は、修道院で習ったので知っていた。ただし、教義に仇なす存在、忌避されるべき存在としてのことだった。異端扱いされ、正しい裁判にかけられる権利すらない存在。特に異常なのが食習慣で、子供の肉など、好んで食することが多いと聞いていた。
その魔法使いが、彼らを助けるとは到底思えず、何か裏があるに違いないと思った。
――あまりその人に頼りすぎないようにしなさい。
アマンダはそう言ったが、
――命の恩人を、どうしてそんな風に言うのさ。
まっすぐ濁りのない瞳でそう返され、返答に困ってしまった。
二コラは、ともかくその人に会ってみたいと思った。裏があるといえ、元々いたところの人々を救ってもらった存在には、感謝をしないといけない。
――その魔法使いには、どこへ行けば会える?
そう、二コラが問いかけるが早いか、あたりに闇が集まってくる。
異様な光景に、思わず頬を引きつらせるアマンダ。
――そう、恐れずともよい。私は君たちに敵するつもりはない。
闇が人型をなし――やがて、壮年の男の姿をとった。
三人は少し話し込んだ。二コラとアマンダ、それから魔法使いの、ちょっとした感謝の言葉を述べるだけの会話であったが、東方の医学、異教としての魔法使いの立ち位置、そして各地の風俗――その魔法使いが、いかに教養深いのかを知るのには十分すぎる話を交わしていく。どれも、修道院生活では手に入らなかった知識だった。
二コラは、不思議な魅力に取りつかれ、その呪術の特徴を研究してみようと考えたのだった。
修道院の図書館で、邪教や風俗にかかわる書物を読み漁り、少しずつ魔法使いのことを知っていくにつれ、二コラにはますます、彼らが悪者であるとは思えなくなった。
修道院の学問は、しょせん余裕のある人間のものに過ぎない。
今すぐに助けを必要とする存在に対し、手を差し伸べられるのは、魔術だ。それが、たとえ神に歯向かうものであったとしても――ものにしたい。
二コラは狂ったように魔術について調べていった。彼女が師と仰いだその魔法使いを、訪れたのはそのすぐ一月後だった。アマンダに頼み込んで、外出許可をもらってのことだった。
魔法使いは街の外れで、快く二コラと対面した。古びた部屋に通され、そこにある何に使われるか想像もつかない道具の数々が、二コラの知識欲を刺激した。質問をしたいことを、羊皮紙にたくさん端書きしておいた二コラは、一つずつ質問を重ねていく。魔法使いも、飽きることなく彼女の質問に答えていく。
――どうして、あなたは子供たちを助けたのですか?
――気まぐれさ。自分の魔法がどの程度のものか、試したくなったまでだ。
魔法使いに呪術を教わり、たくさんある禍々しい道具の使い道もおぼろげながらわかるようになってきていた。そのころにはもう、二コラに修道院で学ぶ意欲はなくなっていた。
アマンダは、二コラの取りつかれたような魔術への熱意に驚いた。しかし、彼女も魔道や呪術の類もまた、世界の事象を扱う力として認めなければならないと悟っていた。
そこでアマンダも、一度彼の講釈を聞いてみた。そうして魅力に取りつかれる二コラにも納得した。
そしてそれからあまり日が立たないうちに、二コラは院を脱走した。もはや、そこで学ぶことはないと確信したのだった。
しかし。
アマンダも、魔法使いとかかわりを持ったとして院を追放されてしまうことになった。
街に出るときのいつもの付き人が、こらえきれずふと院の人間に、魔法使いとかかわっていることを漏らしてしまったのだ。
彼女の博識ぶりから、追放を惜しむ声も多かった。二コラも失意に打ちひしがれ、必死にアマンダに謝った。が、彼女は意外とけろりとして、二コラに、
――こうなったらこうなったで、幸せを見つけるまでよ。正直、勉強には飽きてきていたし、魔術なんて、面白いものにかかわれたのは儲けもの。それに――二コラ、あなたと一緒に過ごすことができるのだから、それでいいのよ。
二コラは涙を流して、互いに永遠に、友人でいようと思った。
そのために、不老不死となれる『遷魔の儀』を二人で乗り越えようと思った。アマンダもまた、魔法使いのもとへ通って呪術を学ぶようになったのだ。
年月が経ち――魔法使いとなり、不老不死の体を得るための『遷魔の儀』を行う段になった。
魔法使いにより長い呪詛が唱えられ――二コラは名を捨てて『魔女』となった。
しかし隣にアマンダは、いなかった。結局、アマンダは身に沁みついた信心を捨てきれなかった。それもまた、正しい選択だということを、魔女は当時なかなか認められずにいた。何より、アマンダは寿命という人の定めから脱することができないのだ。それはつまり、いずれは別れが来るということだった。
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