街にて(2)
もう正午は回っている。深い森を歩くにつれ、ラファルの顔には疲れが現れてきていた。魔女の後ろをついていくのがやっとで、やや遅れがち歩いていた。魔女はそうして、こどもに合わせて歩くことの、難しさを改めて思い知る。しかし手間のかかる、自分の思い通りにならない――そのもどかしさすら、いとしさに還元されてしまうのだった。
「もう少しだ」
暗くじめじめした森の先に、わずかに光が兆す。そちらを魔女は指さした。まっすぐ行くと、街の壁門に続く道へと合流できる。
森の茂みから出る前、一瞬だけラファルは躊躇した。森の中のしっとりした空気から解放されるのが、なんだか落ち着かなかった。
「フードはかぶったか」
魔女に言われて、慌ててラファルがそれをかぶる。
――そうだ、僕は狐憑きなんだ。
街でその、ふさふさとした耳や、体に釣り合わない長い尻尾を見とがめられれば、命はないのだ。一歩、森の外に出てみると、何とも言えない疎外感が首を絞めてくるようだった。世界は、彼を乾いた、よそよそしい風でもって出迎えたのだった。
彼らは日の差す通りを街のほうへ進んでいった。大人二人分の高さがある壁の門前には守衛がいて、通る者それぞれを誰何している。ラファルの心に不安が募っていく。
――お母さんも人間じゃないなら、通れないよ。どうするつもりなんだろう。
魔女とて世間から疎外された存在なら、ばれてはまずい。ラファルの心配をよそに、平然として、立派に胸を張って進んでいく魔女。ぐずぐずしていると、手を引っ張られた。半ば引きずられるようにしながら彼は歩く。
「できるだけ、元気がなさそうな顔をしていてくれるか」
そう言ってラファルを一瞥した。緊張しきった表情に、つい魔女は笑ってしまう。守衛から声をかけられた。少年は幼心には状況を把握すると、背筋が凍るような思いをしながら、ふっくらした頬をへこませて見せる。
「やあ、最近見かけなかったじゃないか」
「研究で忙しくてね」
親しい口調で話しかけてくる守衛は、魔女が手を引いている少年に目を向ける。
「今日の病人はそいつか、これまたえらく小さな子だ」
「ま、そんなところだな。薬の材料を仕入れにきた、通してもらいたい」
「税さえ納めれば、お安い御用だ……そう言えば、医者のルークがこの前、死んだ。そのせいで施療院はやせ細った子供たちであふれてるよ」
「そうか……子供の面倒を見るのが得意だったものな」
その名を聞いて懐かしい思いがした。若いころ、よく同じ師に教えを乞うていた。彼は魔女より一回り幼く、それゆえ率直な質問をして師によく褒められていたものだ。
――彼もまた、この世を去ったのか。この前会った時はぴんぴんとしていたが、全く老いとは人にとってままならないものだ。
「施療院の子たちを診てやってはくれないか……と、市の有力者たちがもらしたらしい」
「あくまで噂だな?」
魔女は衛兵に向けて、にやりとした。かなわない、といった風にはにかみながら、衛兵はうなずいた。
「……わかった、弔いついでに行っておこう」
魔女は衛兵と握手を交わす。ラファルにはそのしぐさが、税金を納めたものだと思った。
「いまお金、渡したの?」
「渡すわけがないだろう」
キョトンとした少年の様子に、けらけらと魔女が笑う。笑いの波が途絶えず、腹筋を引きつらせながら門を通った。
「さて、アマンダのところへ行こう」
魔女が少年の温かい手を引いて、街の栄えたほうへと足を進めていった。少年の目に、見たこともないような、頑丈そうな建物の群れが飛び込んできた――。
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