戸惑いと温もり

カゲトモ

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「うおっ」

 掃除の最後に裏口を開けると、すっかり男の格好に着替え終わったミケが立っていた。

「なに、どうした」

 こんな寒い中、俺が開けるのを待っていたとでも?

「おつかれさま。今はなちゃんとこ行こうと思っていたのよ」

「ふーん、ほら入れよ」

「お邪魔します」

「何って出せるもんないけど、なんか飲む?」

「温かいのがいい」

 営業終了後のガランとした薄暗い店内にミケを招き入れてケトルのスイッチを押す。温かいもの、ウイスキーの湯割りでいいか、暖まるし。用意をして振り返ると、ミケはカウンターに座ってぼうっとしていた。

「何かあったの」

 ミケに差し出したステンレス底のマグからふわりと湯気が立ち上る。Vネックのニットを着たミケは口を開かずに「ん~」とだけ答えた。

 まぁ別にいいんだけど。とりあえず早く着替えたくてバックルームへ向かう。

「あ、チョコならあるけど食べるか?」

 視線の先にある机の上にはいくつかの小箱。バレンタイン当日が定休日だったから、今日も何人かにチョコを貰ってしまった。普通に商売しているだけなのに恐縮だ。

「チョコ? あんた相変わらずモテモテなのね」

「モテてねーよ。全部義理だって。常連のお客さんと商店街のおばちゃんからだし」

「本当に一つも本命ないわけ?」

「・・・ねぇ」

「その間はなによ、その間は」

「何でもねぇって。で、食べる?」

 駄菓子屋のおばちゃんから大袋のチョコを貰ったし、まだ家にもあるし。

「いらない」

「ミケもいっぱい貰ったわけ?」

 一度手に取ったチョコを置いてバックルームを出る。制服を脱いだ俺たちはただのおっさんだ。

「まぁね、店の子達からも貰ったし、あげたし」

「お前んとこはみんなマメだな」

「オネェはイベントが好きなのよ」

 オネェには限らんだろ、と思いながら湯割りを一口。ゴクンと通った喉から段々と温まってくる。

「んで。今年は本命、あげてないの?」

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