破恋隊手~誰も知らないその想いは~

宮国 克行(みやくに かつゆき)

第1話 君や僕やあの子やこの子の想いすべて

「ふぅ」

「ため息なんかついてどうした」

「なんか……」

「ははーん。当てられたな」

 先輩は、ニヤリと笑って言った。

 当てられるとは、他人の感情に触れて影響されてしまうことだ。

「あれほど、〝手〟だけで触れろって言っただろ」

 そう言うと先輩は、薄く光る右手を掲げて、開いたり閉じたりした。すると、そこから、色とりどりの燐光のようなものが瞬き、そのひとつひとつがゆっくりと天に昇っていき、途中で消えた。それは、今まで集めてきた人々の感情の塵であった。

「〝手〟で触っていましたよ。でも、あまりに綺麗なので、ついよく見ようと顔を近づけただけです」

 手は、そういった感情の共鳴現象を避けるために与えられた手袋だ。

 お前が覗いてたやつどれ、見せてみ、と先輩は言った。

 俺は、袋の中から、黄色く光る水風船のようなモノを取り出した。それは手のひらで頻繁に形を変えて内側から薄く光っているように見える。

 先輩はそれに顔を近づける。

「なるほど。『幸山美夏 17歳 中学からの片想い 手作りチョコレートを徹夜で作るも、先を越され渡せず』か」

 光る物体から顔を離して先輩は言った。

「それだけではないんです。これも」

 袋から、今度は青く光るモノを取り出した。

「ほー。どれどれ『関川ますみ 27歳 不倫 彼の嘘を知っていたが今日、とうとう別れを告げた』」

「これも」

「『村野弘文 35歳 遠距離恋愛 5年の付き合いであったが、今日、別れを切りだした』」

「これも」

「『鈴木剛 15歳 一目惚れ 自分には不釣り合いだと思っている同級生に片想い。彼女が笑うのを見ているだけでいいと自分に言い聞かせる』」

 先輩は、あきれ顔でこっちを見た。

「これだけ見てれば、〝手〟以外で触っていなくても当てられるわ!」

 先輩の言葉に、それはそうだと、頭を掻きながら、俺は苦笑いをした。

「先輩。どうして俺たちは彼らの想いを集めているんですか?」

「ん?さぁな」

「だって、幸せな想いじゃないじゃないですか。どの人も皆、悲しい想いだけだ」

「そりゃ、俺たちは『破恋隊ばれんたい』だからだよ。幸せな想いを集める『晴恋隊ばれんたい』とは違う」

「だったら幸せな想いだけ集めてれば良いじゃないですか」

 先輩は面白がるような表情で俺を見ると、突然、あたりをキョロキョロと見渡した。そして、ああ、あったと呟くと、ついて来いと歩き出した。

「これを見てみな」

 しばらく歩いて移動した先で先輩が示したのは、白光するモノであった。

「これは……」

 それは驚くほど深く濃く輝いていた。今まで見てきた中でも最高の輝きであった。

「顔を近づけてみ」

 先輩の言葉通りにする。

「ああ」

 それしか言葉が出なかった。

「『原 伸江 68歳 一言 ありがとうの一言が嬉しい』」

 先輩が代わりに読み上げた。

「今のこの人の感情は、俺たち『破恋隊』が集めるモノじゃなくて、『晴恋隊』が集めるべきモノだ。だけど、昔はよく『破恋隊』がこの人のモノを拾い集めていたんだよ」

 俺は頷いた。頷くことしかできなかった。

「あまり、顔を近づけすぎるなよ。なんてたって中身が濃いからな」

 そう言うと先輩は、カラカラと笑った。

 しかしもう遅かった。俺は完全に当てられていた。なぜなら、輝きの中に、数多くの、それこそ、数え切れないほどの哀しみや苦しみが存在していたからだった。でも輝いていた。これまで見たどのモノよりも透きとおって光っていた。

「先輩、これって……」

「ん?ああ。つまりは、そういうことだ。幸せじゃない想いは、やがて幸せな想いをより一層光り輝かせる。まあ肥やしみたいなモノだ」

「肥やし……」

「そう。肥やしよ。だから俺たち『破恋隊』はその肥やしを集めてせっせと上に持っていくのさ」

「上に持っていってその後は?」

「うーん……その先は知らないけど、噂によると個人それぞれの壺に蓄えられているらしい」

「それがいつか、幸せな想いに変わるまでですか?」

 先輩はさあね、とでも言うように、ひょいと肩を上げた。

「よし!一度、上に上がって袋を空にしよう。今日はまだまだ忙しいぞ」

 先輩はそう言うと、袋を肩に担ぎなおし、らせん階段を上るように何もない中空を歩いて行った。俺も続く。あるところまで行くとフワリと風に乗るような感覚がして、体が上へ上へとあがっていく。

「綺麗だ」

 思わず呟いた。

 眼下に広がる無数の住宅の屋根。そこは、赤、青、緑、黄、橙、紫、白、ピンク……色とりどりに光っていた。それはもちろん、今日2月14日に感じた人々の感情が漂っているのだ。

 俺たち『破恋隊』は、そこから幸せじゃない想いだけを拾い集める。いつか、幸せな想いに変わるのを信じて。

 

 2月14日――幸せな想いを感じた人は、ひとまずおめでとう。幸あれ。幸せじゃない想いを感じた人は、俺たち『破恋隊』がその想いを拾い集めて上に持っていくよ。だからそれ以上悲しまないで欲しい。いつか、きっと……ね。



                              了

















 

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