10-2.

 扉が閉まり、足音が遠ざかるのを確認すると、ラインは今し方マークが座っていた位置へさっさと移動し、腰掛けた。

 更に、

「失礼しますよ」

魔具屋が、そろりと入ってきた。

「お祖父様? どうしてこちらに」

急に現れた先代当主に、ヴィリッドが狼狽している。十分ほど前から部屋の外に気配があり、ラインやギルベルトが驚いていないところを見ると、おそらく第三近衛隊とは打ち合わせをしていたのだろう。

「いいから。少し場所を空けなさい」

「はい……」

魔具屋は軽い調子でしっしっと手を振り、ヴィリッドは慌てて机の上の調書を片付け、腰を浮かせた。一人困惑したままの孫の気持ちを置き去りに、さっさと座ってテーブルの上に資料を広げる。

「先生にあまりお時間を取らせては、イブキさんが寂しがるでしょうからね」

書類を俺の前に滑らせ、

「ヴィリッド。そわそわしていないで、お前も座りなさい」

呆れた様子で促した。

「はいっ」

魔具屋からしてみれば、ヴィリッドもラインも等しく孫なのだろうが、家名が違うとなると、気安い関係にはなれないらしい。隙間を広めに空けて端のほうに座ったヴィリッドに、少しだけやれやれという顔をしてから、魔具屋は気を取り直して口を開いた。

「まずは、現在の状況確認から参りましょう。昨晩捕らえられた強盗団についてですが、魔術師についてはなんとか話ができる程度に回復しました。体調を見ながら、随時話を聞いているところです」

マイムに凍らされた、哀れな魔術師か。

「ガルバンダの娘みたいなことにならないように、収容場所は非公開だけどな」

「魔物研究所の名前を出したら、顔色が悪くなりました。まだ否定していますが、末端の構成員のようです。いずれ吐かせましょう」

頼もしい言葉だ。引退したとは口ばかりで、その心は未だ現役そのもののようだ。

「他の九人は、汚れ仕事を請け負う傭兵団のようですね。……九人も雇うとなると、それなりの金額が動くはずですが、魔術師は金の出所についても黙秘しています」

忠誠心の高い人員の多い組織らしい。――まるで、熱心な宗教団体のような。

「ちなみに、生身のまま捕縛された三名、魔物人間に変化してから生け捕りにした一名、そして討伐された五名。魔術師を除いて、全員に同じ魔具が装着されていました」

指で、資料に描かれた人型の絵を示す。ちょうど胸の辺りに、丸い印が付けられていた。もしやとは思っていたが、あの魔具は完全に装着者の魔素と同化するらしく、探っても簡単に感知できないようだ。まったく、厄介なものを作ってくれる。

「湖で回収された死体に着いていたものよりも、若干の改良……、改良と呼んでいいのか、言葉に迷いますが……。とにかく、より魔素の吸収効率を良くするような、手が加えられていました。生身の三名はひとまず傷の手当中ですが、どこまで回復することやら。生け捕りにした魔物人間一体は、調査研究中です」

彼らに思い切り怪我を負わせたラインに一瞬視線を移しつつ、淡々と魔具屋は報告した。

「敵も日々進化してるってことか……。じいちゃん、なんで魔術師には、この魔具が着いてなかったんだろう」

自分の行いに対する反省など微塵も出さずに、ラインは聞き返した。

「囮、ではないかと思うよ。作戦が失敗した場合、術者役が軍内部にいるとわかってはマズいから、彼に役を押しつける予定だったのではないかな」

一人だけ魔具を装着しておらず、そいつが魔術師となれば、何の疑いもなく首謀者だと思うだろう。マイムの顕現によって順番が狂ってしまったのは、向こうにとって痛い誤算だったはずだ。

「容疑者の見当は、さすがにまだ付いていないか」

「今、当日現場にいた隊員を洗ってるところ」

ラインが首を振った。

「……直前に起きた暴動の原因は」

「先生から聞いた、魔法式って奴で間違いないと思う。収容された市民たちも、その時のことは記憶が混濁してて、よく覚えてないってさ。何人かは、夢の中で誰かに箱を奪えって命令されたって言ってる」

催眠系の魔法式。クォーツは再現できず、人間には広まらなかった魔法のはずなのだが。

「歩き売りの行方は?」

「ティアーナさんの証言から似顔絵を作成し、行方を追っているところです。彼女の記憶力は本当に素晴らしいですね。個人的に仕事を頼みたいと言ったら、快く承諾してくれましたよ」

何しろ、常に極貧なのだ。貴族からの依頼は割がいい上、彼女の愛する人類史を作った家の一つ、シルバランスの先代当主となれば、それはもう二つ返事で請け負ったことだろう。それこそ、自分の危険を顧みず。

「じゃあ……。倉庫の持ち主の、なんとかって貴族については」

ダレル・ハドルストンとか言ったか。ラインの反応を見た限り、かなりきな臭い貴族のようだったが。

「もちろん全力で否定してるよ。倉庫の管理人のことも、そんな求人を出していたことも知らないってさ。今はこれ以上の追求は難しい」

関わりがないわけがないのだが、素直に答えるわけもない。

「ちなみにボドワンも、目下行方不明。本当、逃げ足の速い集団だ」

額に傷のある大男。目立つ外見のくせに、どこへ消えたのだろうか。

「まだまだ、騒ぎは収まりそうにないな……」

うーん、と各々が唸り、室内は重い沈黙に包まれた。

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