10章:事情聴取

10-1.

 俺とマークは、事情聴取をするには随分と上等な部屋に通された。ラインとギルベルトは背後に立ち、サイは一際上等な一人掛けの椅子に、人形のようにちょんと座っている。

 どちらかというと応接間のような、と思いながら部屋を観察しているうちに、奥からヴィリッドが現れた。丁寧に整髪剤で撫でつけても尚、外に跳ねている黄緑の髪は、明るい場所で見ると一層派手だ。南に生息する鳥を彷彿とさせる。

「招集に応じていただき感謝する。ああ、挨拶はいらない、楽にしてくれ」

ヴィリッドは慌てて立ち上がろうとしたマークを見て苦笑し、手で合図して再度座らせた。見た目や仕草よりも気さくな人物のようだ。

「あの時は名前も聞けなかったが、王子たちと知り合いだったとは」

対面の椅子に腰掛け、主にマークに向かって愛想良く話しかけるヴィリッドと、

「いえ、知り合いというほどでは……」

あの時という言葉に覚えがなく、気弱な笑顔で曖昧に返事をするマーク。

「……なんだか、雰囲気が違うような」

ヴィリッドのほうも違和感を感じたようで、首を傾げた。

「先日見た時はもっとこう、猛々しい感じだったというか……。本当に同一人物か?」

「槍を盗られないように必死だったんだろ。貴族の作法もわからないんだしさ。多少の無礼は許してやってくれ」

後ろからラインがフォローを入れる。

「それはもちろん。始めに受けた博物館周辺に怪しい動きがあるとの報告から、槍を奪い返すまでの一連の立ち振る舞い。貴君がいなければ槍は守れなかった。改めて礼を言おう」

メイドが淹れた茶を優雅に飲み、ヴィリッドは更に続ける。

「君と一緒にいた青年兵士にも、是非礼を言いたかったのだが。暗がりだったせいで、顔がよく見えなくてな。……誰も知らないと言うんだ。おかしいだろう? 貴君なら、彼の所属を知っているのではないか?」

「いえ、その、偶然近くに居たので協力しただけで、私も名前までは」

これは、聞かれたらそう答えるように、予め言い含めていたことだった。どうしてシルバランス家という大貴族の息子の功績を隠さねばならないのかと不思議そうにはしていたが、平民にはわからないややこしい事情なのだろうと察して、深く聞かずに従ってくれた。

「そうか……。そちらの方は、王立の先生ということでしたな。こちらのマーク氏から聞いた話を不審に思い、王子たちに伝えてくれたと聞いています」

「ああ」

「おかげで我々も、事前に対策が打てた。礼を言わねばなりますまい」

このヴィリッド、複雑な身分の割に随分と友好的だ。自ら運転する車の助手席にサイを乗せていたことと言い、第三王子近衛隊とも懇意のようだが。

「マーク氏には、褒賞が贈られることになるかと思う。とは言っても、槍が奪われそうになったなどとは、公には言えないからな。何か別の理由を付けての褒賞になるが、早急に叙勲の手続きを進めているところだ。……引き留めることになって申し訳ないが、こちらで宿を手配した。日頃の疲れを癒やしてもらえるよう、できる限り良い場所を用意させてもらったから、気兼ねなく滞在してくれ。土産でも食事でも、好きなものを用意させよう」

「ええっ?! そ、そのような贅沢は」

「遠慮するな。……護衛の意味もあるのだ。ご理解願いたい」

マークは敵に身元が割れている。しばらくは、王国軍の保護下に置かれることになるとのことだった。おそらくは故郷に戻っても、護衛が付くのだろう。


 その後、当時の状況をつぶさに訊ねられ、しどろもどろになっているマークを、ラインと俺でフォローする。

「ヴィリッド。マークも仕事帰りで疲れてるだろうからさ、今日はそれくらいにしておいてやれよ」

おそらくは自分も疲れてきたからだろう、ラインが聴取に熱中するヴィリッドを制止した。

「ん? ああ、もうこんな時間か。そうだな、続きはまた後日。ホテルまで送らせよう」

時計を確認してはたと気づき、すっかり冷めてしまった茶を飲むヴィリッド。控えていた部下に合図すると、

「どうぞ、こちらへ」

兵士は速やかにマークを誘導する。

「それじゃあ、また明日だな」

「はい、失礼します」

そして、恭しく先導する兵士に恐縮しながら、マークは部屋を出ていった。

 結局負担を掛けることになってしまったが、褒賞の働き分と思って、我慢してもらいたいところだ。

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