7-4.
業務がそろそろ終わるという頃、第三王子近衛隊の一人が、連絡のメモを持ってやってきた。
昨日と同じく二つ折りにされたメモには、
『開始十八時 来られるならできるだけ早く』
と走り書きされていた。
「お父さん、……やっぱり、行っちゃダメ?」
「ああ。何が起きるかわからないからな」
「そっか……」
槍の搬出を見てみたかったのか、イブキは少し残念そうにしていた。
「何があるのか知らないけれど、今回はイブキくんも仲間はずれなの? いいじゃない、私と一緒に、大通りの屋台を回りましょう」
隣で話を聞いていたソフィアが、ここぞとばかりに腕に巻き付いた。
「うん! そうだソフィア、屋台で夜ご飯買って、うちで食べない?」
家に一人でいるのが寂しかったのか、イブキがそう提案すると、
「!」
ソフィアの顔が、ぱあっと明るくなった。
「そうしましょう! 今日の夕飯は用意しなくていいって、伝えてくるわ!」
慌ただしく、マーケットの裏手へ走っていった。
*****
イブキたちを見送ってから、俺はマークと共に、一度家に帰った。
「ええっ、これからなんですか。もうてっきり、夜中や朝方の、人の少ない時間にでも運び出すのかと……」
マークは、帰路の途中で買った夕飯――割引になっていた惣菜とパンだが――を、俺の家の
「昨日まで何もなかったってことは、今日から明日の朝にかけて搬出があるのは、確定だからな。見物人もそれくらいわかってるから、遅い時間にやったって、人が減ることはないだろう。時間が押して作業が雑になるだけだ」
「どうして、こんなギリギリの日程で搬出するんでしょう……。昨日の、物覚えのいい眼鏡のお嬢さんも、毎年より遅いって言ってましたよね」
今回ばかりは、第三王子近衛隊の頑張りでどうにかなる案件ではない。大方、警備体制の見直しを進言するなどして、内輪で揉めに揉めた結果だろう。
「さあな」
余計なことは言わず、俺は大人しく、マークが食事を終えるのを待った。
倉庫の前でマークと別れ、博物館の様子を覗うと、搬出口には既に物々しい警備体制が敷かれていた。
目深に帽子を被り、槍を持って等間隔に並ぶ兵士たち。その外から、背伸びをしたり踏み台を使ったりして、見物人たちが中を窺おうと無駄な努力をしている。
気配を探ると、まずティアーナを見つけた。他の見物人と同じように、少しでも槍の行方を見ようと背伸びをしている。
更に、
「あんたも来てたのか」
「おや、先生」
観衆の中に、魔具屋の姿があった。
「見つかってしまいましたね。これでも現役の頃は、変装は得意なほうだったんですが」
帽子とマフラーに加えて、普段とは違う形の眼鏡で顔を隠し、庶民的な素材と形の服を纏っていた。魔素に覚えがあったから気付いたものの、見た目だけでは、シルバランス先代当主だと見破るどころか、貴族の隠居だとすら思うまい。
「第三近衛隊から気になる話を聞いて、居ても立ってもいられずに、つい」
「だからって、こんな所にいなくても。堂々と槍の側にいればいいだろう」
「私は引退した身ですから。手を貸さなくていいのなら、それが一番いい」
と言いつつも、その目には知将と呼ばれた在りし日を彷彿とさせる、鋭い光を宿していた。
その他にも、かなりの大人数が警備に当たっていることが窺えた。国王が移動するよりも厳重というのは、誇張や冗談ではないらしい。
「そういう第三の奴らは、見当たらないようだが」
「彼らは、昨夜ラインを外に出したのがばれて、城で謹慎中です」
「ばれるも何も、公認みたいなものじゃないのか」
今までだって、奴は幾度となく脱走している。この期に及んで取り立てるようなことではないと思うのだが。
「これ以上、第三をこの案件に関わらせたくないってことでしょう。誰が動いているのかは、聞いていませんが」
魔具屋は、呆れ果てた様子で首を振った。やはり、内輪揉めが起きているようだ。
「まあ、市中の厄介事の処理をするのは、近衛隊の業務ではありませんからね。あまり派手に動かれると、他の部署が困ります」
「……その割に、なんか目立つのが指揮を執ってるな」
一目で他の兵士たちよりも階級が上とわかる、ごてごてとした軍服の青年が、見回りの先頭に立っていた。帽子を被っておらず、明るい緑色の髪が、鳥の飾り羽のようなシルエットをしている。
「実は、あれも孫の一人なのです……。ヴィリッドと言います」
魔具屋は、珍しく困ったような顔で唸った。
「孫? ラインの上の二人は、別の王子の近衛隊じゃなかったか。ギルベルトの子か?」
「いえ、実はもう一人、よそに嫁いだ娘がおりまして……。その息子です。今回の、槍の移送任務の監督を任されているのです」
「……はあ」
つまり、シルバランスの権力を継承し損ねた男ということだ。詳しく聞かずとも、厄介そうな輩だった。
「まあ、ラインもサイも、隙を見て抜け出して来るでしょう。やんちゃ盛りですからね。ギルベルトは二人に習って、もう少し要領が良くなったほうがいい。昨晩抜け出したのは、今更ながら良い傾向だと思います」
息子や孫の成長を見守り、くくくっと肩を揺らす老獪も、昔はさぞ城の兵士たちを苦労させたのだろう。
和やかに話しているうちに、秋の夕日は急速に身を隠し、時計台が十八時を告げる鐘を鳴らした。
そして、搬入口の扉がゆっくりと開き、布の掛けられた細長い箱が、台車に載せられて厳かに出てきた。
その直後だった。
「うぉぁあああぁぁああ!!」
突然、見物客の男が雄叫びを上げ、近くの兵士に飛びかかった。
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