4-4.

 「ディル先生のお話は、何と言いますか……。実践的ですよね。紛争地帯で兵士でもやっておられたのですか?」

今度は、ハインリヒからの質問だった。

「傭兵みたいなことをしていたことはある」

クォーツに誘われて、商人の護衛や村を襲う山賊を追い払うくらいの規模なら、時々請け負っていた。人型のまま、ヒト種を相手にする戦い方は、その頃に培ったものだ。

「傭兵ですか……。なんだか、納得しました」

すると、アリアもしきりに頷く。

「やっぱりディル先生は、私の知らないことをたくさん知っていらっしゃるのですね……。知識だけでなく、経験も積まないといけませんね」

「そうだな。身体を動かしてみると、新しく気付くこともある。……次からは、実習形式で何かするか」

今日は散々邪魔が入ったせいで、これから何かを始める時間はないが、次回もこんな調子ではないはずだ。はずだと信じたい。

「また授業をしていただけるんですか?」

「こんなにぞろぞろ連れてこないならな」

「はい……。すみません」

釘を刺すと、アリアはしゅんと項垂れた。

「そんなこと言わずに、私も参加させてもらえませんかー? 面白そう」

「僕も参加したいです」

案の定、シエナとハインリヒが元気に挙手した。


 アリアに魔法を教えてやる気になったのは、普段から世話を掛けている謝意と、イブキへの良い影響を期待してのことだ。他の人間に教えてやる義理はない。断ろうと口を開きかけて、ふと思いつく。

 イブキが自立するにつれて、俺がイブキの傍にいられないことも増えるだろう。周辺の人間たちを鍛えておけば、駆けつけるまでの時間稼ぎくらいにはなるか。

「……わかった。じゃあ、今挙手した二人と――。あんたはどうする」

「えっ?!」

気まぐれにマイヤーを見下ろす。

「いや、新入りのやる授業なんかには、興味がなかったんだったな」

「いえ! 参加させてください!」

ようやく立ち上がれるようになったようで、慌てて背筋を正した。

「しょーがないですねー。今度は邪魔しちゃダメですよ!」

俺より先に、何故かシエナが偉そうに答えた。


*****


 翌日から、放課後に予定が入っていない日は、四人に稽古をつけてやることになった。

「ちゃんと避けるか叩き落とせ。見えてるだろうが」

「見えてても、身体が追いつかないんですよ!」

マイヤーが一人前に文句を言う。全員、普段のローブ姿ではなく、滅多に見られない運動着姿だ。

「口は動くじゃないか、休むな!」

入学試験の時にアリアが使った、オレンジ色のボールの入った水の球が、修練場の中を飛び回る。速度は入試の比ではなく、当たればそれなりに痛い。

「ふええ、口は悪いけど教え方は優しいって、聞いてたのにー」

濡れて萎れた髪から水滴を飛ばして逃げ回りながら、シエナが愚痴を零した。誰から聞いたのだ。

「それぞれに合った教え方ってもんがある。あと、口が悪いは余計だ」

人間の大人は、軍人やスポーツを趣味仕事にしている者でもない限り、子供よりも運動量が少ない。学者気質なら尚のことだ。故に、体力作りも兼ねた訓練が必要だった。

 というわけで、杖の携帯は可、ただし魔術の使用は禁止、水の球を避け続けろと命じた。


 「アリア先生、危ないです!」

シエナが叫ぶ。あまり運動は得意ではないと言っていた通り、既に息切れしているアリアの正面に、水球が飛んでいった。

「ひゃうっ?!」

反射的に顔を腕で庇った瞬間、直前まで迫った水の球が、透明な壁に当たって弾けた。

「……はい?」

腕に当たると思っていたボールが力なく地面に落ちた音で、アリアは恐る恐る、構えを解いた。

「あいてっ」

気をとられて一瞬止まったハインリヒの後頭部にボールが当たり、つんのめって倒れた。俺は水球の速度を緩めた。

「今、どなたか助けてくださいました?」

アリア自身はぽかんとして、他の教師たちの顔を順に見る。が、びしょ濡れのシエナも、セットした髪が台無しのマイヤーも、倒れて眼鏡のずれたハインリヒも、首を振った。

「もちろん、俺も何もしていない。アリア先生が、自分で防いだんだ」

俺は床に座り込んだアリアの元に歩み寄る。

「私が、自分で……?」

全く心当たりがないという様子で、首をかしげた。

「今、何を考えてた?」

「え、ええっと……。当たったら痛いので、とにかく、防がなくちゃって思って……」

他の教師たち同様、アリアもずぶ濡れと言っていいくらいに、何度も水の球の餌食になっている。見えないところに青あざくらいはできているかもしれない。

「魔術が使えたら、盾で防ぐのにって」

「それだ。強く思えば、言葉にしなくても魔素は応える」

全く魔法の素養がなければ何も起きないだろうが、彼女は魔法学の教師だ。盾を思い浮かべれば、同時にそれを使う感覚まで思い出されるのは当然と言えた。――故に、魔素は彼女が思い描いた形に変換された。

「今の感覚、忘れるな。何度でも思い出して、緊急時じゃなくても同じことができるようにするんだ」

一度感覚を掴めば、そこからはきっと、基礎から学ぶ人間よりはずっと早い。子どもたちと違う教え方をするのには、一応理由がある。

「……ゆっくり教えるのが面倒臭いからじゃ、なかったんですね」

シエナがぼそりと言った。聞こえなかったふりをする。

「十分休憩したら、再開するぞ」

「ええー!」

不満を漏らす、他三人。生徒には見せられない光景だ。

 一方アリアは、

「強く思えば、魔素は応える……」

正座で座り直し、真剣な顔でぶつぶつと呟いていた。

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