3-3.
まるで初めから予定していたように、午後はバイオレット邸へ向かうことになった。ティアーナは午後も博物館を見て回るというので、博物館の前で別れた。
サイとラインについては、
「俺たちも行っていいか? 商人の家って、なかなか入る機会ないからさあ」
「そう言うと思って、さっき言っていたプレゼントも、出かける前に準備しておいたわ。エーリカ王妃の分もすぐに用意させるから、安心してちょうだい」
「さすが、気が利くじゃん」
とのことで、保護者としてギルベルトを伴い、ついてきた。
*****
バイオレット邸は、首都の郊外にあった。貴族街にあっても全く遜色ない、手入れされた広い庭を持つ屋敷だった。
「ただいま」
「おかえりなさいませ」
きっちりと制服を着て髪を撫でつけた初老の男性が、ドアを開けて一礼した。庭にいた数人の使用人はこちらの姿を見て慌てていたが、彼は一切動じなかった。
「言っていた通り、お友達と先生を連れてきたわ。お父様はどこかしら」
「すぐにいらっしゃるかと」
言葉の通り廊下の奥から、すぐに足音が聞こえてきた。
「やあやあやあ! ようこそいらっしゃいました!」
仕立ての良い服を着て、ソフィアと同じ髪色をした大柄な中年男性が、にこやかに我々を出迎えた。この年代の人間としては引き締まった体つきをしており、日に焼けた肌から白い歯がニカッと覗く。
「お父様、紹介するわ。イブキくんと、サイバーくんと、ラインくん。それに、イブキくんのお父さんのディル先生と、近衛隊のギルベルトさんよ」
紹介された子供たちが口々に挨拶をすると、
「初めまして。ソフィアの父の、クリストフです。王子、わざわざご足労頂き恐縮です」
バイオレット商会会長、クリストフ・バイオレットは、膝を突いて子供たちに目線を合わせてから挨拶し、まずは身分が一番高いサイに、握手を求めた。
「……こちらこそ……。……急にお邪魔して、すみません」
手を握り返し、たどたどしくも自発的に喋ったサイに、ラインとギルベルトが一瞬、驚いた顔をした。
「とんでもない。王家に新商品の広告塔になって頂けるなんて、思ってもみませんでしたからね。自分の葬式でもキャンセルしてお迎えしますよ」
既にそういう話になっているらしい。狡猾だ。
「お父様なら、本当に生き返りそうで怖いわ」
一代でバイオレット商会を築き上げた、誰よりも商魂逞しい男は、娘からの呆れ声の突っ込みを受けて、大きな声で笑った。サイが驚いて、少しだけ肩を震わせた。
*****
応接間に通されると、クリストフが直々に、アルバイトの説明をしてくれた。イブキは焼き菓子屋の売り子、俺には警備員をしてほしいのだと言う。
「警備員と言っても、基本的には、指示通りの場所に立っていていただくだけなんですがね」
「警備を付けてまで、焼き菓子の露店を出すのか。妙なことをするんだな」
バイオレット商会のような大きな商会が、何故わざわざ、手間のかかる焼き菓子を売ったりするのだろう。
「毎年やっている試みでして。焼き菓子を作るのも売るのも、十歳以上、十五歳以下限定という募集なんです」
十五歳というと、成人していない子どもだけということになる。
「儲けよりも、お金を貰って働くということを学んでもらうための場というか……。慈善事業のようなものですよ」
「なるほど」
「もし優秀な子や意欲の高い子がいたら、成人後や学校卒業後に、商会で正式に雇い入れることもあります」
むしろ、そちらのほうが重要な目的のようだった。どの界隈も、後進の育成に余念がない。
「とは言え、子どもたちだけと分かると、妙な客が来ることもありますもので。そういった輩への牽制の意味で、大人を警備員として置くことにしているんです」
事情と内容は理解した。イブキの勉強にもなることだし、そういうことなら、手伝ってやらんこともない。
「本当に立っているだけでいいんだな」
「ええ、もしも何か起きたら、裏に責任者が控えておりますので、連絡して頂くだけです。ソフィアから聞いた通り、先生のお顔なら、全く問題ありません!」
「お父様! 正直に言いすぎだわ!」
何を吹き込んでいたのか、クリストフの良い笑顔に、ソフィアが慌てふためいている。娘が娘なら、親も親と言うべきか。
「さあ、お話は決まりでいいわね! イブキくん、制服のサイズを測りましょう。こっちよ」
「あ、うん」
呆れている俺の視線から逃げ出すように、ソフィアはイブキの手を引いて出て行った。
クリストフは閉まった扉を見て、穏やかに目を細めた。
「素直で、可愛らしいお嬢さんですね」
「先生は全然素直じゃないのにな」
「うるさいぞ」
ラインがすかさず茶化してきた。サイは、出されたハーブティーの香りが気に入ったようで、大人しく飲んでいる。ギルベルトは、ずっとそこにある置物のように、部屋の端に控えていた。
「ソフィアは、皆さんにご迷惑を掛けていませんか?」
「大丈夫。ちゃんと上手くやってますよ」
代表してラインが答えた。
貴族の多い学内では、平民と言われて差別されることも少なくないが、不満そうにしながらも気持ちに折り合いを付けている。最上級貴族であるサイとラインが、彼女に和やかに接しているところも大きいようだ。
「本当ですか? 魔法学がある初日に喜び勇んで登校したと思ったら、悔しそうに涙目で帰ってきたものですから、心配していたんですよ」
「ああ、それは……」
俺を見て苦笑するラインと、無言で見つめるサイ。それを見て、クリストフはああ、と頷いた。
「なるほど。あんまりアリア先生にご執心していたせいで、ディル先生に一発喰らわされたんですね。学校説明会でアリア先生の魔術を見て以来、絶対にあの先生に魔術を習うんだと意気込んでいましたから」
再び、大きな笑い声。察しがいい上に寛容で何よりだ。
「ディル先生とも、一度お話をしてみたいと思っていたんですよ。ソフィアが『顔が怖いし貴族よりも偉そうだけど、教えてくれることはとても面白い』と言っていましてね」
「的確だなあ」
先程から、ラインの相づちが癇に障る。
「ここだけの話なんですが、今年の焼き菓子屋の店長は、ソフィアなんです」
ひそひそと、聞こえてはいけない誰かがいるかのように、クリストフは小さな声で囁いた。
「一番の目的は、ソフィアの修行ってことか」
「そういうことです。今年は、予算組みも店の飾り付けの企画も資金の管理も、すべて彼女に任せています」
悪戯を企てる子どものような悪い笑顔で、くっくっと笑う。愛娘が店をどう監督するのか、楽しみで仕方がないという感じだ。
「さて、もう少しお話ししたいところですが、私はそろそろ、仕事に戻らないと。……もしソフィアに何か頼られたら、できる限りで構いませんから、協力してあげてください」
時計を見て立ち上がったクリストフは、深々と礼をして、部屋を出て行った。 商会長としては期待の従業員だが、親としては心配な部分もあるようだ。わざわざ時間を空けて出迎えたのには、様々な理由があった。
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