2-4.

 サイの勘の良さは、時々寒気がするほどだ。

「手前? って、どういうこと?」

ソフィアが聞き返す。するとサイは、

「……絵を描いてもらう時みたいに、六人が枠の中に収まるように、立ち位置を指示した人が」

言いながら、フォトの正面から数歩、後ろに下がる。

「多分この辺りに、いたんじゃないかって、思って」

指で四角い枠を作り、振り返って不思議そうに見ている三人とティアーナ、そして俺を覗き込んだ。

「……みんな、その人とも、すごく仲が良かったんじゃないかな……。違う?」

枠を俺の顔に合わせて、訊ねた。

「どうしてそんなことがわかるのよ」

答えない俺の代わりに、ソフィアが聞き返す。

「……よく知らない人が近くにいたら、こんな風に笑わないんじゃないかと、思って……」

俺の眉間の皺が深くなり、イブキが不安そうに見た。

「そこまでは知らん。……他に興味があるものがないなら、そろそろ、次の部屋に行くぞ」

妙な話をしているせいで、先ほどから他の来館者が聞き耳を立てている。振り向くとあからさまに顔を逸らしたので、子どもたちも気付いてフォトの前から移動した。


*****


 それは、目玉の付いた木箱、のようなものだった。

「これが、魔導写真機カメラ?」

クォーツが、不思議そうに箱の中を覗き込む。

「ちゃんと動いてくれれば、目の前の光景をそのまま写し取ってくれるはずなんじゃ」

ヴァルテッリは、赤ら顔を満足げに上気させ、新作魔具の説明を始めた。

「はず、って。まだ試してないのか」

俺も、反対側に付いた覗き穴や、押しボタンの付いたコードなどをしげしげと観察した。

「本体の設計よりも、景色を写す魔法式を漉き入れた、専用紙を作るのが難しゅうて。結局、一枚しか成功しとらん。けど、折角なら良い画が撮りたいけ、暇人の多い日を待っとったんじゃ」

独特の訛りは、ミゼット語と人間語の発音の違いからくるものだ。これでもヴァルテッリは、ミゼットの中では人間語が上手いほうである。

「なるほど。確かに今日は、珍しくみんな仕事が一段落して、予定が空いてるね」

 日当たりの良い窓際に寝転んで丸くなり、興味なさげに欠伸をしているラスト。暇人と言われ、読んでいた本から顔を上げて半眼で睨むが、反論はしないローズ。俺は一番働かないので、いつでも暇だ。

 休暇の過ごし方は様々だが、することがないと何故か皆、研究所に集まってしまうのだった。

 クォーツの首に纏わり付く水精霊が、興味深そうにレンズを覗き込んだ。

「アタシも写るノかしラ?」

「わからん。それも実験じゃ」

上級精霊は、精霊自身が姿を見せようと思った相手か、魔法の素養がある者にしか見えない。仲間たちには全員見えていたが、クォーツにベタベタするところを不特定多数に見せつけられないのが、時々不満そうだ。絵として記録に残るなら、しめたものだと思ったのだろう。

「紙が一枚しかないなら、みんなで集まって撮るかい?」

「そうじゃな。おい、椅子の荷物を退かせ」

研究所には、古いソファが運び込まれていた。貴族が捨てようとしていたものを引き取ったもので、決して綺麗とは言えないが、クッションはまだへたっていない。布を掛けて汚れや破れを隠し、騙し騙し使っている。

「命令しないでくださる?」

「なんじゃ、嫌なら写らんでええがよ。おいが用があるんは椅子じゃけ」

「嫌とは言っていませんわ」

つんと澄ました顔のローズも、新しい魔具に興味がないわけではない。

 「お茶が入りましたよー」

身のない意地の張り合いを和らげるように、良いタイミングで給湯室の扉が開いた。茶葉の香りが、埃っぽい部屋に広がる。

「なんだか楽しそうですね。何を始めるんですか?」

若い人間の女が、カップとティーポットを乗せたトレーを運んでくる。ローテーブルに置き、人数分のカップに、均等に茶を注いでいった。

「新しい魔具のお披露目会だよ」

クォーツが礼を言ってカップの一つを取り、答えた。

「へえ! 今度はどんな魔具なんですか?」

緩くウェーブの掛かった黒い長髪を、水仕事をするために簡単に纏めた女は、目を輝かせてヴァルテッリの説明を聞く。

「このボタンを押すとな、レンズと中の魔導回路に魔素が通って、この紙に絵が写るはずなんじゃ」

「なるほど……。あの、良かったら私、ボタンを押す役目がやりたいです!」

「一緒に写ラないノ?」

水精霊は、相変わらずべたべたとクォーツに巻き付きながら、首を傾げた。

 水精霊は元々人型をしているわけではなく、擬態や変身もあまり得意ではない。彼女はクォーツに惚れているため、頑張って同じような形を取っているだけだ。ほとんど透明な上、顔にはヒト種ほどの表情がないが、それでも少し残念そうな雰囲気は伝わってくる。

「写ってみたくもありますが、このボタンを押してみたい気持ちのほうが強いと言いますか」

既に、両手でしっかりとボタンを手に握り、押す気満々だ。

「そんなに押してみたいなら、任せようか。いいかい、ヴァルテッリ」

「ぬしがそれでええなら、ええがよ。どうせ、おいじゃあ魔素が足らんけ」

ミゼットは通常、人間以上エルフ未満程度の魔素生成器官を持っているのだが、ヴァルテッリは並の人間以下の魔素量しか、作ることができない体質だった。魔具の開発に余念がないのも、人並みに魔法が使ってみたいという、純粋な好奇心からだった。

「じゃあ、早速やりましょう。ソファの周りに集まってください」

「クォーツが真ん中ヨ!」

「はいはい」

そして、ソファの背もたれよりも背が低いヴァルテッリと、その次に背が低いローズが、クォーツの両側に座る。俺は背もたれの後ろに立った。

「ラストもおいでよ」

「おれは別に……」

寡黙で内向的な猫獣人は、窓際から動こうとしない。

「一枚しかないんだよ? みんなで写ったほうが、面白いのが撮れそうじゃないか」

「……クォーツがそう言うなら」

手招きされると、渋々、俺と水精霊の横に並んだ。

「どうかな、全員入りそう?」

「えーと……。あら?」

レンズを覗き込んだ彼女は、不思議そうな声を出した。

「どうした」

訊ねると、

「レンズを覗くと、何故かマイムちゃんが消えちゃうんですよ」

水精霊のことを、クォーツと彼女はマイムと呼んでいた。

「なんじゃと。……本当じゃ」

急いでレンズを覗きに行ったヴァルテッリが、唸った。

「エエ? どうしてヨ?!」

「後で詳しく調べるけど、推測するなら……。レンズは、マイムの魔素を検知できないんじゃないかな。だって、生物でも魔物でもないからね」

「そんナァ」

しょぼくれて、不定形に戻りかけるマイム。

「とりあえず撮ってみようよ。もしかすると、紙には写るかもしれないし」

「そうネ……」

なんとか人型を取り直したが、先ほどまでの元気がない。

「他の皆さんの立ち位置は大丈夫ですが……。押していいですか?」

「ええがよ」

ヴァルテッリも、もはや投げやりだ。精霊が写らないことへの解決策で頭がいっぱいなのかもしれない。

「じゃあ、三つ数えて押しますよ。三、二、一」

「ふふっ」

ボタンに親指の力が掛かった瞬間、あからさまにテンションの下がった二人を見ていたクォーツが、つい吹き出してしまった。

「お兄ちゃん! ボタン押しちゃいましたよ!」

「ごめん、堪えきれなくて。ふふふっ」

「一枚しかないって、自分で言っていたくせに」

俺が呆れ、ローズが肩をすくめている中、ラストは無言で日向に戻っていった。


*****


 「お父さん、大丈夫?」

イブキが上着の裾を引き、小さく訊ねる声で、我に返った。

「ああ」

眉間の皺を揉みほぐし、先ほどの部屋よりも天井の低い、次の部屋の中を見回す。

 『近代の部屋』は、世界大戦以降発展した魔術と魔具についての展示がほとんどだった。

「この辺はなんか見たことあるなあ。多分、じいちゃんが寄贈した奴だ」

恐らく、ラインは既に飽きるほど説明を受けている。イブキは興味深そうにしていたが、特筆して珍しいものはなく、あまり時間を掛けずに通り過ぎた。

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