3章:午後
3-1.
ようやく辿り着いた『未来の部屋』は、とても殺風景だった。
中心にぽつんと、照明の当たるガラスケースが置かれている以外、何の展示もない。
「……これが隕石?」
ケースの中には、一抱えほどの大きさの石が鎮座していた。
「思っていたより、地味ね」
ソフィアの感想が全てだった。
溶けたようにつるりとした黒い表面に、ティアーナが言っていたとおり、虫食いのように穴が空いていて気味が悪い。おそらくは研究のために平らに切断された内部には、丸い粒が詰まっていて、外側ほど黒くはなかった。
「隕石というのは、落ちてくる時の衝撃で外側が黒焦げになってしまうことが多いんだそうです」
「内側の色が、元の石の色ってことか」
隕石と認定されるまでに紆余曲折あり、その過程がまさに人類の発展であるとティアーナが熱弁を振るう中、俺はちらりとイブキを見た。イブキも同じことを考えていたようで、俺を見上げていた。
例の拾った石と、あまりにも違いすぎる。魔素も纏っていないし、特別な力は何も感じられない。
ということは、今首からぶら下がっている赤い石もまた、規格外ということだ。黙っていようと改めて目配せをして、小さく頷いた。
*****
展示室の外に出るなり、ラインは大きく背伸びをした。
「割と楽しめた。たまにはこういうのもいいな」
「うん! 面白かったー」
イブキも満足気だ。初めて聞くことも多かっただろう。
「……もう、十二時過ぎてる」
エントランスホールに掛けられた大きな時計を見上げ、サイが呟く。
「お腹空いたね」
「足も疲れたわ。お昼ご飯にしましょう」
博物館には、レストランが併設されている。王立の名前を冠した博物館の中にあるだけあって、メニューも値段も一級品だ。
入り口のメニュー表に書かれた値段を見て、ティアーナがサッと青ざめた。普段は、外の手頃な店で済ませるらしい。
「心配しなくても、案内してくれた礼に、ティアーナの分はこっちで払うから」
ラインがため息をついた。
恭しいウェイターに六人掛けの席に案内され、ティアーナが一番挙動不審になっていた。
各自メニューを見て注文した後、大きな窓の外の往来を楽しそうに見ていたイブキが、ふと訊ねた。
「ソフィア、スカートってそろそろ、寒くない?」
今日は、この時期にしては少し気温が低いようだ。街路樹が散らした葉を、木枯らしが巻き上げ転がしていく。強い風が吹く度に、道行く人々は襟元を塞ぎ、体を縮こまらせて歩いていた。
そんな中ソフィアは、頑なに短いスカートを穿き続けている。
「おしゃれは我慢なのよ?」
「やっぱり寒いんじゃないかよ」
ラインが呆れた。
ちなみに、ソフィア以外の三人は、学校の制服もハーフパンツからスラックスになっている。イブキは寒さに強いが、首都勢の意見を素直に聞いた。
「まだ平気よ。建物の中は暖かいし」
首都は山と違って、雪が積もるほど降ることはあまりない。雪が積もると街の機能が麻痺してしまうので、クォーツは夏場の暑さに目を瞑り、雪害の少ない地域を選んだのだ。
「それに今年はね、今までよりも温かい靴下なの。新製品なんだから」
ふふん、と自慢げに胸を張る。そういえば今日は、膝上まである長い靴下を履いていた。
「どう違うの?」
「寒い地域にだけ生息してる、温かい毛を持ってる羊の家畜化に成功したの。その毛で編んである靴下なのよ」
地元民が都度捕まえて毛を刈っていた半野生の羊を、人工的に飼育し、十数年掛けて数を増やしたのだそうだ。ようやく大量生産体制が整ったため、今秋に初めて首都に卸されるらしい。
「帽子やマフラーもあるわ。王家とシルバランス家が使ってくれたら、きっと貴族からたくさん発注が来るわね! プレゼントしてあげる」
相変わらず商魂たくましい。
「そりゃありがたいな。宣伝くらいはしてやるよ」
「もちろんイブキくんにもプレゼントするわ。靴下も必要?」
「宣伝できないけど、いいの? ありがとう」
にへへ、と嬉しそうに笑うイブキ。
「ティアーナさんは……。聞くまでもなく、必要そうね」
「いいんですかあ?! 申し訳ないですう」
ティアーナはわざとらしく恐縮しながら、ぱあっと顔を輝かせた。初めて会った時には随分しおらしかったくせに、知り合いから物を貰うのには、抵抗がないらしい。
「ちゃんと、服も買えよ?」
ラインにも呆れられている。まともな職に就いて経済状況は良くなっているはずだが、彼女は未だに、洗い晒してくたびれたシャツやセーターをよく着ている。――どうもこの女、研究者気質によくいる、生活を切り詰めてでも趣味に散財するタイプのようだ。
と、ソフィアの靴下をじっと見ていたサイが、突然口を開いた。
「……もう少し短い靴下、ある……?」
「ええ、もちろん。サイバーくんも、靴下がいい?」
むしろ短いほうが主流よ、と言いながら、ソフィアは質問の意図がわからず首を傾げた。
「……成人女性のサイズが欲しい……。……母さん、寒がりだから……」
「エーリカ王妃の分?! 特級品を手配しなくちゃじゃない」
美しいと評判の王妃が身に付けるとなれば、最強の広告塔だ。何より市販品では失礼に当たると、ソフィアが狼狽える。しかし、サイは首を振る。
「普通のでいい……。気に入ったら、自分で買うと思うから……」
「そ、そう? 本当に?」
「うん」
再度確認するも、サイは薄く頷くだけだった。
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